最終話 勇者の告白
そして五月七日がやってきた。
へばりつくように止めてくるメラニーを何とか引き剥がし、俺は指定された場所へと向かった。
やはり勇者と悪役貴族。エタソにおける宿命のライバルは戦うことになってしまうのか。
呪われし運命としか言いようがないが、まあ仕方ない。ここまで来たら戦うとするか。覚悟は決まった。
場所はあそこで間違いないだろう。俺は先の戦いでお世話になった長剣を引っ提げ、コロッセオ前で待っていた。
どれほど時間が経っただろうか。階段を登ってくる小さな影が目に止まった。ミナは俺の姿を確認すると、微笑を浮かべて駆けてくる。
だが、彼女の服装は俺が想像していたものとは全く違っていた。白い肌と同じ色をしたミニ丈のワンピースを纏い、さらには茶色のブーツ。この格好で俺を倒そうと考えているとは、どうにも。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「気にするな。俺としても落ち着く時間は必要なのでな」
「あ……は、はい」
なんだ? なんか歯切れの悪い反応をされたが。
「そういえば、剣を持ってらっしゃいますが、何かあったのですか」
「ん?」
え、そりゃ持ってくるだろうよ。これから戦うんでしょ?
「あ、あの。ちょっとだけ場所を変えてもいいですか」
「ああ、どこでも構わん」
どうもミナの様子がおかしい。徐々に顔が桜色になってきたというか、全く戦う気がなさそうというか。
彼女に誘導され、俺は裏側にある展望台へとやってきた。そうだ。確かここで告白されたカップルは幸せになれるとか、そういう逸話があるんだっけ。
ミナが手すりに細い体を預け、神妙な面持ちになっている。俺はその隣で立っているだけだったが、明らかに普段とは異なるオーラが発生していた。
違和感が徐々に膨らみ、だんだんと居心地が悪くなってきた頃、うつむきがちになっているミナが言葉を紡ぎ出した。
「この一年、とてもいろいろなことがありました。私が勇者なんて呼ばれるようになってしまって。兄が辛そうに落ち込んじゃったり、学園に通って、いろんな行事に参加して、友達もできて……」
なんか振り返り始めたな。総集編かな。
もしかして、やっぱり俺を討伐するための前口上だろうか。とりあえず言うに任せておくと、突如彼女は体ごとこちらに向けた。息を軽く吸いこんでいる。
「でも、私にとって一番大きなことは、グレイド様に出会えたことだと思っています」
「……俺に?」
「はい。実は初めてお会いしたのはもっと前なのですけれど。グレイド様の馬車の前に私が飛び出してしまって……覚えておられますか?」
馬車の前に飛び出した?
ああ、もしかして! 憑依転生した初日のことか。
あの時はゼールばかり気にしていたから、近くにいた長い髪の女子のことは忘れていた。あの子がミナだったと言うことを、今更ながらに知って驚いてしまう。
「ああ、覚えている」
「凄く、申し訳ない気持ちでした。私が悪かったのに、兄がグレイド様に抗議してしまい。でもあの時からです。グレイド様が気になっていたのは」
この感じ……なに?
俺は明らかに戸惑い始めていたと思う。話がどこに終着するのか全然見えてこない。
「それから、グレイド様のお母様のパーティに参加した時もお会いしていました。でも、一番最初にお話したのは、図書室の時でしたね」
ミナはスカートを軽く握っていた。俯きがちになっているので表情が分かりづらい。
「学園でお会いするようになってから、毎日が変わりました。とても楽しくて、心躍るような日々で。私、ずっと前から……多分、気づいていたんだと思います。グレイド様が……あの……好き、でした」
「……う、うむ」
ちょっと待って。心拍数が加速度的に上がってきた。今の今まで、俺を欺く狡猾な罠だと思われていた好意の数々。それらが全部、本当だったってこと!?
やばい。頭の中が真っ白になってくる。
もしかして人生で初めて。俺、告白されてるんじゃないの!?
「グレイド様。よろしければ私と、交際……していただけないでしょうか」
我が耳を疑ってしまった。こんな美少女に、勇者なはずの女子に告白されている。信じ難い事件だ。
そして心拍数だけじゃなくて体温も上昇し、明らかに正気じゃなくなってる自分がいた。普通に考えれば交際するだろう。いや交際したい。
でも待ってほしい。この世界じゃ十五歳の俺と十四歳の彼女だが、実際の年齢差はもっと離れている。
俺の魂はれっきとした三十路である。年齢にれっきとしたも何もないが、とにかく中身はおっさんである。そんな俺が今年十五歳になります、なんて女子と付き合うのってヤバくね!?
いや待て。魂のことはもういいか? いや良くはないか? どっちだろ。
驚く間にも無言の時間が流れる。明らかに彼女の潤んだ瞳は、俺の答えを待っている。
「……俺は、君……」
「!」
言いかけて詰まってしまった。よ、よし。とにかく何か言わなくては。愛らしく上目遣いで見上げる女子へ顔を向けた。
「俺は——」
「勇者様ー!」
だが、そこに突如として声がかかった。いかにも騎士という男、プリーストっぽい女、魔術師風の女がこちらにやって来たのだ。
「探しましたぞ。お急ぎ下さい。魔王討伐の命が、勇者様に出ています」
「え? 私に?」
「はい! 我々王都の精鋭とゼール様が、勇者様のお供を命じられました。魔王の暗躍が大陸中で見つかり、王様は一刻も早く対処しなくてはならないとお考えでござる。どうかお急ぎを!」
「で……でも」
ミナの視線が落ち着きなくこちらに送られている。この状況ではまともな返事など望めないが、多分何も答えなければ切り替えは難しいだろう。
勇者にはこの先、魔王討伐という使命がある。鼓舞する意味も含めて、俺は重い口をようやく開いた。
「これは何よりも名誉な使命だ。急いだほうが良いぞ。それとさっきの件だが、前向きに検討しておく。……帰ったらな」
その時だった。ミナは感極まった顔になり、少しの間両手で口元を覆っていた。丸く形の良い目が開かれ、まるで俺達は時が止まったようだった。
だが時間が止まることは決してない。それを教えるように、ゆっくりと涙が彼女の頬を伝っている。そして次の瞬間、サファイアを思わせる瞳をいっぱいに輝かせ、光あふれる笑顔を見せた。
俺はきっと、この時見た笑顔を忘れることはないだろう。
誠也だった頃を含め、今まで生きてきて、こんな熱い眼差しを受けたことは一度としてなかっただろう。
「——はい! 道中では手紙を書きます。できる限り早く戻ります。それまで待っていて下さい」
「あ、ああ……」
……しかしやけにオーバーなリアクションだな……?
と思いつつ、軽やかな足取りで去っていくミナの後ろ姿を見送った。途中律儀にも振り返り、また礼をしてきたりする。
その後、一人で中途半端なタイミングで馬車に戻ってきた俺は、早速カンタに捕まった。
「坊ちゃん! さっきミナさんが王都の有名な戦士達と出ていったみたいですけど」
「ああ。どうやら魔王討伐のメンバーが決まり、王様に会いにいくそうだ」
「そうだったんすね。あーあ、今日こそなんかあると思ったのになぁ」
変に勘のいいやつだな。ちょっと恥ずかしくなった俺が顔を背けると、めざといカンタは気づいてしまう。
「もしかして、なんかあったんすか?」
やっぱり訊いてきたよ。もういいや、コイツしつこいから正直に言おう。
「告白された。付き合ってほしい、そう言われたな」
「こ……ここ……マジっすか!? で、返事はどうしました?」
「前向きに検討すると言った」
すると、世話係が唸りつつも、「うぉっしゃあ! 決まった!」と叫んだ。
「まだ決まったわけではないぞ。答えは保留にしたのだ」
「え? 決めたじゃないっすか。前向きに検討するってことは、同意するって意味ですし」
……え?
あ、そうか。エタソの世界では、そういう常識だったっけ。
ああ……だからあの娘、あんなに嬉しそうだったのね。手紙も書くとか言ってたな。
いやいや! でも俺実際はおっさんだし、どうしよう。加速する困惑に脳がついていかない!
運命の日を乗り越えた俺は、今度は生まれて初めて受けた告白に頭を悩ませる毎日を過ごすのだった。
まさか自分がこんな状況になるなんて。そう考えつつも日常は続く。
現在も学園に通いながら、あいも変わらずエリン先生の授業も受け、メラニーやカンタと一緒になんだかんだ慌ただしく、でも楽しく暮らしている。
そういえば今日もミナから手紙が届いた。
どうやら彼女は相当頑張って腕を上げているようで、手紙の内容はいつもはつらつとしていた。
手紙の返事は悩みつつも返しているが、たまに書いてることに戸惑うことがある。
もしかして……好きっていうのを通り越して愛されているのではないか、と思うような文章があるのだ。まあさすがにそれはないと思うけれど。
他にもいくつか話したいことはあったが、とりあえずはここまでにしておこう。グレイドの運命は変わった。
行動次第で、どんなに過酷な運命だって変わることがある。だけど、ちょっとばかり出来過ぎだな。今の暮らしは、俺には過ぎた贅沢のような気がしてならない。
「おにーさまー! ねえ遊んでー!」
もしかしたら、こういうのが幸せかもしれない。ぼんやり考えつつ庭のベンチでくつろいでいた俺は、可愛い妹からの要望に応えるべく立ち上がった。
ポーン家には今日も笑顔が溢れている。
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後書き:
今話で完結となります。
皆さま、ここまでお読みいただきありがとうございました!
そういえばなんですが、いくつか伏線回収できておらずすみません。
(夢に出てきた女性のくだりとか、残っちゃってましたがここまでとさせてください汗)
誤字脱字も多くなってしまって申し訳ないです( ;∀;)
もうけっこう小説書いてるんですけど、なかなか気づかないことが多くて、
ご連絡いただき感謝してます!
また、沢山のコメントをいただけて、とても励みになりました!
私も楽しめたので、とにかくありがたかったです。
あとギフトを送付してくださる方がいらっしゃいまして、とにかく感謝しかありませんmm
もしよろしければ最後に、星をいただければとてもありがたいです。
改めまして、ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
ゲームの悪役貴族に転生した俺、なぜか討伐に来たはずの女勇者に告白される コータ @asadakota
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