第48話 しゃかりき打ち出し受け囃子

 十兵衛はカーキ色のコートを翻すと、腰に差されてあった漆の鞘を露わにさせる。

 彼の愛刀、業物『蓮楔はすくさび』だ。

 十兵衛はその鍔を握りしめた状態で、風歌を睨みつける。

 殺気立った彼の視線を受け止めた風歌が、ニイと笑みを浮かべた。


「随分と都合の良いタイミングだ。隠れて待ってたのか?」

「今来たところだが、都合の良いタイミングなのは間違いないな。頼まれて、ここに来たのだから」


 十兵衛は落ち着いた様子で受け答えを行う。

 

「宗重さんに、『椿骸を持った自分が暴走したら、お前が止めてくれ』って頼まれてたんだ。認めたくはないが、貴様は強い。貴様と戦った後の状態なら、俺でも倒せるほど消耗しているだろうと」

「へえ、そこまで強くなったんだ」

「まあな」


 宗重が椿骸を奪うという事は、既に描かれていた作戦だったのだ。


「そして、もう一つ」


 十兵衛は宗重の頼みに内包された、2つ目の要望を口にする。


「『もし椿骸を使っても勝てず、自分の方が殺されたら。その時には……』」


 そう口にする十兵衛は、刀を握る手が強くなっていた。


「『お前が辻斬り太刀花を殺してくれ』と、頼まれたんだよ」


 そう言った十兵衛は、刀を握る手をゆっくりと動かす。

 金属の擦れ合う音が響き、はばきが鞘から離れていく。

 その姿を見た風歌も、静かに腰の椿骸へ手をかけた。

 

「頼まれてする仕事にしちゃ、ちょっと命がけじゃない?」

「ただ頼まれたわけじゃない。これは……俺自身が望むことだ。お前を倒すという事をな」


 言葉を返した十兵衛は、深い姿勢で構えを取った。

 そして、呟くように宣戦布告をする。


「『威太刀鮫』佐々木 十兵衛。いざ尋常に……参る」


 土煙が吹き、金属音がかち合った。

 同時に抜かれた両者の刀は風歌の眼前でぶつかり合い、痺れるような衝撃を響かせる。

 

 風歌は切り返して放たれた十兵衛の刀を弾くと、その顔面に前蹴りを放った。

 十兵衛は身体を反らせながら低く姿勢を取ることで回避した後、片足立ちの状態になっている風歌の脚へ足払いを放つ。

 片足を攻撃されてバランスを崩した風歌に、縦一文字の刀を繰り出した。


「ちいッ!」


 風歌は崩れた姿勢のまま刀を振り上げ、十兵衛の刀を弾き返す。

 しかしその反動に負けてしまい、大きく転んでしまった。

 すかさず放たれた十兵衛の一撃を、寸でのところで受け止める。


「かなり疲れている様子だな」

「まぁね。さっさと休ませてほしいな……ッ!」


 十兵衛の言葉の通り、風歌はかなり消耗していた。

 宗重との戦闘、椿骸との戦闘、そして十兵衛との戦闘。

 連戦をするには、あまりにも強すぎる相手達だ。


 宗重によって左まぶたの上を抉られたせいで血が視界を覆っているし、椿骸には体を何か所も斬られている。

 血液は今も風歌の体から出て行っており、現在進行形で体力を擦り減らされていた。


 刀を弾いた風歌が斬り込みを放ち、十兵衛を牽制しつつ立ち上がる。

 玉鋼の音を響かせ、2合打ち合った。


「はあッ!」


 十兵衛は袈裟斬りを放つが、後ろへ下がった風歌に回避されてしまう。

 彼の刀を弾いた後、風歌は一回転して刀を放った。

 

 が、しかし。

 前転でそれを回避した十兵衛が、立ち上がりつつ低い姿勢からの突きを繰り出す。

 突きは風歌の着物を破り、胸のすぐ下を裂いた。


「ぐう……ッ!!」


 鋭い痛み。

 肋骨がギリギリ触れない位置に、大きな傷が刻み込まれた。

 まるで出口を求めて殺到するように、鮮血が次から次へと溢れ出していく。

 滲むような痛みが、風歌の首筋に汗を作った。


 十兵衛の刀を弾いて致命傷を逃れたものの、出血によってうまく力が入らない。

 風歌の体は、続く十兵衛の刀を弾くたびに揺らいでいた。


 そして、戦況は再び動き始める。


 数合打ち合ったのちに放たれた十兵衛の刀を、風歌は不安定な状態で受けてしまった。

 発生した体幹の乱れを、十兵衛は見逃さない。

 もう一度斬撃を防御させることで、風歌の姿勢を崩すことに成功した。


「そこだッ!!!」


 

 大きな隙が生まれた風歌の体に、十兵衛の下段斬りが炸裂する。

 


 両太腿に渡って紅い線が走り、ダムが決壊したように溢れ出した血液が橙の裾を濡らした。

 神経を斬られ、うまく立てなくなった風歌がその場に崩れ落ちる。


「立て……立てッ!」


 風歌は言う事を聞かぬ自身の脚に焦りと怒りをぶつけるが、脚は震えるだけで赤子ほども立つことができない。

 そんな彼女の前に、十兵衛が立った。

 見下ろす彼に対抗するべく立ち上がろうとするが、やはり脚は少しずつしか動かない。


「これで最後だな。ようやくだ」


 十兵衛は静かに呟く。

 脚を動かせぬ彼女は、ただの少女にしか見えなかった。

 自由を奪われると、人はこうも弱く見えるのか。


 まあいい。

 十兵衛は仁王立ちの状態で、大きく刀を持ち上げた。

 

 これで、終わりだ。


 十兵衛は刀を振り下ろし、風歌を一直線に斬った。




 はずだった。


 金属の音が、弾け飛ぶ。

 風歌の振り上げた刀が、十兵衛の刀を弾き飛ばしたのだ。

 なんとか片膝を持ち上げた彼女は十兵衛よりも早く、刀を返して袈裟斬りを放つ。

 

 残る全神経を込めた一撃は、十兵衛の胴体を斜めに切り裂いた。

 バッと、血が花火のように飛び出る。


「がっ……は……」


 十兵衛は出血によって気力を失い、血を撒き散らしながらゆっくりと倒れた。

 代わりに、ようやく風歌が立ち上がる。


「はあ、はあ、はあ……最後の最後で、隙を見せたな。ほんの僅か、気付いて体が反応したことが不思議なくらいに、小さな隙を」


 肩で息を切らせながら、風歌はそう口にした。

 十兵衛の体は仰向けのまま動かない。

 胴体を思い切り斬られ、とても出して良い量ではない血液を失っている。

 放っておけば、死ぬだろう。


「……疲れた」


 凄まじい疲労に襲われた風歌はため息を吐くと、震える脚を引きずってその場を立ち去ってしまった。

 いつものように、どこか休める場所へと。







 誰もいなくなった道路。

 そこに広がる血だまりの中心で、十兵衛はぼんやりと曇り空を眺めていた。


 負けて……しまった。

 立ち去って行った彼女を追うどころか、横たわる体はちっとも動いてくれない。

 徐々に自分の命が薄れていく感覚を、出ていく血液が教えてくれていた。


 二度と自分のせいで人が死なないように、今まで頑張ってきたのに。

 また、俺のせいで人が死ぬ。


 悔しさと申し訳なさでいっぱいだ。


 だが、これで『辻斬り太刀花』が勝ったわけではない。

 六牙将を倒したとはいえ、警察は彼女を追い続けるだろう。

 彼女がどれだけ強く凶暴になろうとも、正義が彼女を許すことはない。

 警察に追われる日々は、彼女の求める『平穏な生活』から程遠いことだ。



 

 これからも、風歌は自身を追う警察の存在に悩むだろう。

 

 それこそが、彼女に与えられた最大の『罰』なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花武器厄者 大太刀回り 染口 @chikuworld

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ