第47話 骸に散り咲く黒椿

 椿骸は自身の頭を両手で掴み、何かを押さえつけるように叫んでいる。

 その隙に立ち上がった風歌は、刀を構えて彼に斬りかかった。


「ちッ!」


 しかし苦しみながらも反応した椿骸に軽々と打ち払われ、首と肩のすぐそばを鋭い刺突が通り抜ける。

 風歌は前蹴りで椿骸を突き放しつつ、刀を引いて構えを取り直した。

 見ると、彼から苦しむ様子は既に失われている。


 今のは何だったんだ?

 風歌のこめかみに、汗が伝う。

 内なる宗重が、椿骸の浸食に苦しんでいるのか。

 椿骸と宗重の体とが馴染まず、拒絶反応を起こしているのか。


 分からない。ただ……。

 今の彼が不完全であることだけは分かる。

 

「……だったら、早いとこ決着を付けないとね」


 これ以上椿骸と宗重との繋がりが強くなれば、勝ち目が無くなってしまう。

 そう判断した風歌は椿骸を睨み、深く腰を落として刀を構える。

 強くアスファルトを蹴ると、低い姿勢で突進を仕掛けた。


 風歌の放った下段の斬撃を弾き、椿骸が返しの袈裟斬りを放つ。

 風歌は滑るように横へ移動して攻撃を避けた後、続く薙ぎ払いを飛んで回避した。

 椿骸の頭上に向かって落下し、全体重の乗った一撃を空中から繰り出す。


「ぐうッ!」


 椿骸は歯を食いしばりながら刀でそれを受け止め、風歌の顔面に向かってハイキックを放った。

 潜るように避けた風歌が、彼の脇腹に一刀を喰らわせる。


「があ……!!」

 

 肉の斬れる音と共に、鮮血が飛んだ。

 すかさず刀を振り上げて反撃を防いだ風歌は、低い姿勢のまま後ろへと下がる。


 落ち着いて対応すれば、案外よく動きが見える。

 今の状態であれば、勝つことができる!

 風歌が徐々に有利を認識し始めた、その時だった。


「……!?」

 

 突如。風歌の左上腕に大きな裂け目が走り、そこから血が吐き出された。

 痛みと動揺で一瞬姿勢を崩すが、すぐに構え直す。

 椿骸は無の表情で、こちらを見据えていた。

 

 風歌は斬られていたのである。

 

 いつ?

 分からない。


「ッ!」


 一瞬の思考さえ許さないとばかりに放たれる椿骸の斬撃を、風歌は後ろに下がりながら捌いていく。

 刀を弾いた衝撃だけで、腕が千切り飛ばされそうなくらいの威力だった。

 このままではいずれ、また斬られてしまう。


 だが風歌はむしろ、前へ進むことを選んだ。

 

「はあッ!!」


 横に逸れて椿骸の斬撃を回避した風歌は、踏み込んで縦一文字の刀を放つ。

 すかさず切り返した椿骸の刀とぶつかり、鍔迫り合いが起こった。

 噛み合う刃が軋みを上げ、震えた拮抗が発生する。

 

 自分が一撃を与えるよりも早く、椿骸はこちらに一撃を喰らわせている?

 そんなの、関係ない。


 だったら、その一撃で致命傷を与えればいいだけなのだから。


 鍔迫りが弾け、椿骸の横一文字を後方に転回することで回避する。

 追撃として放たれた袈裟斬りを、全身の力で振り上げた刀によって弾き返した。

 

「おおおッ!!!」


 風歌は縦一閃の刀を繰り出し、すぐに戻された椿骸の刀に防御を強要させる。

 刃同士がかち合った勢いを使って地を蹴り、棒高跳びのように宙へ浮かび上がった。

 空中で刀を振るい、椿骸の肩を斬る。


「ッ!!」


 椿骸の肩から血が飛び出すと同時に、風歌は自身の脹脛ふくらはぎに激痛を感じた。

 振り上げられた椿骸の刀が、風歌よりも速く彼女の脹脛を斬っていたのである。

 だが、気にしない!


「はぁっ!」


 風歌は空中で回転すると、落下と回転の力を込めながら斬撃を繰り出す。

 真上に振るわれた椿骸の刀を弾き、彼を前方へよろめかせた。

 着地した風歌は、椿骸の背後を取っている。


 そして、その背中に刀をぶっ刺した。


「ぐうッ……!」


 刀を椿骸へ突き刺した状態のまま、風歌がうめき声を上げて僅かに崩れる。

 彼女が左手で掴んだ脇腹からは、指の隙間から溢れるほどの血液が漏れ出ていた。

 この一瞬で、椿骸はもう一撃加えていたのである。

 ここを外していれば、間違いなく敗北していただろう。


 だが。


「はあ、はあ、はあ……」


 肺が張り裂けるほど激しい呼吸を少しずつ、少しずつ整えていく。

 息が残ったのは、風歌だった。


 血液と共に刀を引きずり出すと、宗重の体が力を失って倒れる。

 地面にぶつかる寸前で、風歌は慌てて彼の手を掴んだ。


「あっぶな……。椿骸を、不用意に汚すわけにはいかないからね」


 そう呟きながら、掴んだ手に握られていた椿骸をひったくる。

 椿骸は再び、彼女の手に戻ったのだ。

 反対側の手に持っていた鋼桜と見比べながら、満足気に微笑をこぼす。


「こいつもなかなか良かったけど、やっぱり椿骸オマエが一番だ。椿骸オマエを扱えるのは、私だけだ」


 風歌は椿骸から視線を外し、倒れている宗重の背を見た。

 背中の中心には大きな傷口ができており、そこから溢れ出る血液がアスファルトを染めていく。

 これが、『六牙将』の最期か。

 誰もいなくなり、風に吹かれて揺れる着物の音だけが聞こえている。

 

「……ふう」


 達成感もあったが、それ以上に徒労感が半端ではなかった。

 何度も死にかけたし、よく分からない奴らと殺し合いをするのは疲れる。


 けど、それも今日で最後だ。

 警察機関の中で最強と呼ばれた6人、六牙将を全て倒したのだ。

 その事実を知ってなお、自身に戦いを仕掛けるような命知らずはいないだろう。

 

 これでようやく、平穏な生活を送ることができる。

 誰にも邪魔されることのない、自由な生活を。

 今になって達成感がせり上がってきたのか、風歌は無意識に口角を持ち上げていた。




 一つの足音が、静寂に割り込むまでは。


「!」


 こちらに向かうブーツの足音を拾った風歌は、顔を持ち上げて音のする方向を見る。

 音の正体を視認した風歌は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、目を鋭くして微笑みを見せた。

 

「アンタか」

「覚えていたのか。光栄だと言いたいところだが、これから死にゆく者に覚えられても価値はないな」


 風歌の言葉に、深く落ち着いた男の声が返す。

 カーキ色のコートに身を包み、黒いボーラーハットを被った男だった。

 その鋭い目つきは、片方が眼帯で隠されている。

 

 そう。

 風歌の前に現れたのは、『威太刀鮫いたちざめ佐々木ささき 十兵衛じゅうべえだった。

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