第46話 鍔鬼無黒 どんでん返し
睨み合いの末、宗重が動く。
棒のリーチを生かした薙ぎ払いは、風歌にとって防御するしか返す手が無い。
だが風歌は、防御しているばかりの人間ではないのだ。
「はあッ!!」
棒を強く弾き、反動を使って下段を襲う棒を飛んで回避する。
空中から刀を振り下ろし、防御する宗重の棒を叩き落とした。
鋼の湾曲する、重い音が弾ける。
「ッ!」
着地すると同時に、風歌は宗重の頭にハイキックを放った。
スニーカーのつま先が掠めるほどの距離で回避した宗重は、棒で風歌の脇腹に突きを放つ。
しかし風歌は体を半回転させることでそれを避けると、宗重の顔面に肘打ちを食らわせた。
骨の潰れそうになる感覚が、宗重を襲う。
「ぐう……!」
歯を食いしばって痛みに耐え、翻った風歌の袈裟斬りを棒で食い止めた。
すかさず前蹴りを放ち、風歌を突き飛ばす。
後方へ突き飛ばされた風歌だったが、すぐに姿勢を変えて着地すると再び突進を仕掛けた。
宗重が迎撃のために放った薙ぎ払いの棒を、地面に髪が触れるくらいに仰け反った姿勢で滑りながら避ける。
そうして一気に懐へ潜り込んだ風歌は、上半身を持ち上げる勢いを利用して斜めの切り上げを繰り出した。
「っ!」
素早く引いた棒で防いだ宗重だったが、風歌は容赦なく連撃を繰り出していく。
「だァら!!」
金属のぶつかり合う音が何度も響き、その場にいる人々は見ているだけで心の臓を掴まれているかのような緊張感に包まれていた。
数十合にも渡る打ち合いの果てで。
決着の時が、訪れた。
風歌の横薙ぎを回避した宗重は、彼女の胸を狙って突きを放つ。
が、宗重は焦りすぎてしまった。
突きを放つ際、上半身に大きな隙を見せてしまったのである。
そして風歌は、そこを見逃していなかった。
「
宗重の突きよりも早く、風歌の刀が宗重の肩を貫く。
周囲からどよめきが巻き起こる。
この刀を引けば、確実に宗重は死ぬ。
勝利を確信した風歌が笑みを見せた、その時だった。
「これを、待っていたんだ……!!」
宗重が、痛みに耐えながらも言葉を強く口にする。
彼の眼は、まだ敗北を認めていなかった。
突き刺さる椿骸の柄を握り返し、風歌の腹部へ前蹴りを放つ。
「がッ……!?」
肩を思い切り貫かれたとは思えぬパワーだった。
彼の強い意志が力を引き出したのか、あるいは火事場の馬鹿力が飛び出したのか。
なんにせよ、彼の蹴りによって風歌は後方へよろめいてしまった。
そして後方へよろめいたという事は、宗重の肩に刺さる椿骸から、手が離れてしまった事を意味していた。
「言ったろう。『どんな手を使ってでもお前を倒す』と」
六牙将はもう、自分しかいない。
ここで負けてしまえば、彼女に勝てる者を探すのは困難を極めるだろう。
それほどまでに、彼女は強い。
だからこそ、どんな手を使ってでも……たとえ
肉と血液の湿っぽい音をかき鳴らし、宗重は椿骸の柄を強く握る。
ずるりという音と共に、刀身を勢いよく引きずり出した。
纏わりつく血液が尾を作り、宙へと離散する。
椿骸は『妖刀』だ。
触れた物の精神に異常を来す程の
「ぐおおおおおおおおおおおおおお…………ッ!!!」
椿骸を引き抜いた宗重は天を仰ぎ、獣のような雄叫びを上げた。
筋骨隆々の腕にはびっしりと血管が浮き上がり、肩から溢れる血液がさらに勢いを増していく。
体へ流れ込む膨大な力に、宗重は自分が自分で無くなっていくような感覚を覚える。
引き抜いた椿骸を風歌へ向けたその様子は、もはや宗重ではなかった。
宗重は、椿骸に意識を奪われたのである。
「……!」
一気に雰囲気の変わった宗重を見た風歌が、目を見開いて動揺を見せる。
椿骸が人の精神を乗っ取る光景は初めて見たし、何よりも……。
こんなに凄まじい殺気は、今まで感じたことが無かったからだ。
椿骸を握る宗重からの獰猛な重圧は、周囲の人々が本能で死の恐怖を感じるほど。
彼の姿を見た野次馬達は次々とその場を離れ始め、風歌以外の人間はいなくなってしまった。
「はぁーッ……! はぁーッ……!」
宗重は白目を剥き出しに、荒い呼吸を吐いている。
アレはもう、宗重ではない。
宗重の皮を被った、椿骸の意思だ。
「おおッ!!」
慌てて避けた風歌だったが、勢い余って後方へ転んでしまう。
そこに、刀が振り下ろされた。
「ちッ!!」
甲高い、金属の打ち合う音が鳴る。
風歌は仰向けの状態のまま、咄嗟に抜いた刀で斬撃を防いだのだ。
抜いた刀は、大業物『鋼桜』。
殺した『刀皇』韓陽から奪った彼の刀を、装備していたのである。
刀を押し返しながら立ち上がった風歌と椿骸とが、激しい
重い玉鋼と薄い金属の音とが交互に響き渡り、数十合もの譲らぬ戦いを繰り広げている。
だが徐々に戦局が傾き始めていることを、風歌は気付いていた。
こいつ、強い。
一撃で脳天を叩き割れるほどの威力を誇る斬撃を、風歌とほぼ同じ速度で繰り出している。
『ほぼ』と言ったのは、椿骸の方が僅かに早いからだ。
「ッ!」
椿骸の放った中段の斬撃を弾いた風歌は、その反動で大きく揺らいでしまう。
すかさず切り返した椿骸の刃が、風歌の上半身を襲った。
「くっ!」
風歌は揺らぎに身を任せ、その勢いを利用して後方へ転回。
返り血に塗れた着物のすぐ上を、鈍い鋼の刃が通り抜けた。
椿骸の手首を蹴り上げながら起き上がり、風歌は反撃の刀を繰り出す。
「らァ!」
腰を落として袈裟斬りを放ち、それを弾く椿骸の手首を掴んだ。
が、椿骸は腕を外に返すことで掴む風歌を引っ張り、その腹部に膝蹴りを喰らわせる。
「う"……ッ」
体が跳ねるほどの膝蹴りによってよろめいた風歌の顔面に、薙ぎ払うような蹴りが炸裂した。
腹部の痛みへ意識が向いていたところに顔面を蹴られ、風歌の体は思い切り吹き飛んでしまう。
建物の壁に肩から激突し、反動がさらに風歌の体を痺れさせた。
「いてて……」
強張る筋肉の痛みに耐えながら、風歌は少しずつ体を持ち上げていく。
だが無慈悲にも、椿骸は既に目の前まで現れていた。
「くそッ!」
装備していた拳銃を引き抜いて銃口を向けるが、銃身を斬り落とされてしまう。
顔面をさらに蹴られ、風歌はまた横方向へと吹き飛んだ。
「はあ、はあ、畜生……」
不意打ちすら無意味。
椿骸は白目を剥いた無の表情のまま、風歌を追い詰めていた。
……と、思っていたその時。
「がああああああッッッ……!!!!」
突如、椿骸の様子が変化する。
頭を押さえ、叫び始めた。
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