#ハートフルジャーニー
@samra_wataru
第1話 # ハートフルジャーニー (1話完結読み切り)
あたしは、何でこんなに重たいものを持たされているのだろうか?
疑問を抱きながら、夕方の商店街を1人ぼっちで歩いていた。
自分の胴回りよりも幾分か大きい鉢植えを目の前にして、もう5回目となる溜息をもらしていた。アサガオの観察を宿題に決めた昔の誰かさんにも、そして、学校に提出したことを決めた誰かさんにも。それが誰なのかも知らないけれど、怒ってやりたい気持ちになった。その白くてツルツルした鉢は粉っぽい土がところどころにこびり付いていた。不気味な螺旋を描きながら蔓を伸ばしたアサガオを眺めた。
ママが昨日出したベッドの粗大ごみのように、他人の家の前に捨てていこうかしら、とイケナイ想像をよぎらせた。でも、アーケードの上を見上げると、黒光りした球の中に物静かにおさめられた監視カメラがじっとこちらを見ていた。「小学生、商店街にアサガオを不法投棄!」なんてニュースがでたら、学校でいじめられるかもしれない。やっぱり、人目につくところにアサガオを放置はできないと首を横に振った。あたしが首を振ると、鉢もゆさゆさ揺れて、連動して紫色の花弁も同じ周期でゆさゆさ揺れた。
商店街は買い物の時間というのに通行客は少なかった。あたしの住んでいる町は「カソカ」が進んでいる。昨日もママが言っていたことと繋がっているらしい。あたしは隣のクラスのマコト君やリカちゃんのように中学受験の塾に通っているわけではないので、正直なところ「カソカ」がよくわからないのだけれど。ママの話しぶりから、なんとうなく寂しいジョーキョーを説明するのだろうと考えていた。
ママが「カソカ」の話をすると、パパは缶ビールを片手に「そもそもショーシカがいけないんだ」と言うのが常だった。一度だけ、私は「ショーシカって何?」とパパに聞いてみたことがあった。ちょうど1ヶ月前くらいの夜だった。パパは「ショーシカも分からないなんて、ユヅキはバカだなあ!」と言った。あたしがアイスクリーム屋さんの前を通りすがって、ママに「コレが食べたい」と言う時に、ふとショーケースに映る割れんばかりの笑顔。その時のパパも、その時のあたしの顔にそっくりで、凄く嬉しそうな顔で「バカだなあ!」と言った。あたしはパパが言った言葉の意味はどうでもよくなって、パパの笑顔につられて、キャハハと笑った。
その時だった。台所に立っていたママが呪われた人形のような凍った顔つきになって、ダっとパパの元へ駆け寄ると、「子供になんてこと言うの!」と絶叫した。あまりにその声が大きかったから、耳の内側がキーンと張った音がして、そのあと怖いくらい静かになった。パパは一瞬、驚いた顔になって、それから信号機みたいに顔色をコロコロ変えながら、「そもそも、お前の育て方がいけないんだろう!」と鬼みたいに叫んだ。
あたしは思わず、子供部屋に駆け込んで隠れた。扉越しに二人が罵り合う声が聞こえてきた。あたしも、なんだか感情が高ぶって抑えられなくなって泣いてしまった。いつもなら、泣いているとママはあたしの泣き声をききつけて、「ユヅキ、もう大丈夫よ」と湯たんぽみたいにあったかい両手で、あたしを包みこんでくれるのだが、その日はその腕は来なかった。扉越しにくぐもった声で、二人がいがみ合っているのがわかった。どんな台詞を話しているのだろうと、気になってしまって、忍者のまねして扉に耳をつけてみたけれど、日本語で何を言っているのかはよくわからなかった。あたしは段々、怖くなってベッドの下に潜り込んだ。そのまま、泣き疲れてすっかり、寝てしまった。
「こんなところで寝てたの?カゼ引いたら大変よ」としばらくして、ママがかくれんぼしていたあたしを見つけた。子供部屋の窓から見える外の景色は、まだ真夜中だった。あたしが躓いて授業中にこぼしてしまう墨汁のように青みが買って深い黒が拡がっていて、その中にポツンと半月が空高く出ていた。あたしはママに抱っこされて、ベッドの真ん中に寝かしつけられた。
その時以来、ママとパパは些細なことで毎日、喧嘩するようになった。はじめのうちはパパがママに悪口を言って、ママが「子供の前で話さないで!」と言いながら、あたしを子供部屋に押し込んでしまった。そのうち、ママから「ユヅキは部屋に戻ってなさい!」と先にあたしが怒られるようになった。そうして、とうとう今朝、ママが「パパとリコンすることにした」と告げられた。「リコンって何?」とあたしが訊くと、ママは「ユヅキと3人で一緒にいられなくなっちゃうんだけど、ママかパパとはずっと一緒だよ」と話した。ママの目元はなんとか笑っていたのだけれど、もう口の端があたしのよく書くマンガのキャラクターみたいに「へ」の字に曲がっていて、ちゃんとした笑顔ではなかった。なんだか、それ以上、聞いちゃいけないような気がして。あたしは「わかった」と返事をして、ランドセルをしょって家を出た。
お家に帰ったら、まだママは「へ」の字に口を曲げて待っているのだろうか。びゅう、と山から吹き下ろす夕方の冷たい風があたしの頬をなぜるようにして、アサガオの花弁を揺らした。小学生の手には支えきれない鉢の重たさがドンドン嫌になって、帰りたくない、という気持ちでいっぱいになった。
「なんか、お前。帰りたくないなって顔してるな!」
あたしの耳元で声がした。
「だあれ?」と周りを見回しても声の主と思われる人の姿は見えなかった。
「もしかして、アサガオは喋れるの!」とあたしは目の前の紫色のつぼみに声を掛けてみた。
すると「上だよ。上!」と甲高い声がした。
声の指示に従って、あたしが天井の方を見上げると、オレンジ色の鳥が小さな羽をバサバサ広げて飛んでいた
「花が喋るわけないじゃん。」とその鳥は言った。その鳥の姿はあたしが知ってるカラスやスズメなんかとは姿・形がだいぶ違った。両目はぎょろりと飛びだしていて、ドングリの様に大きかったし。耳のところは蛍光ペンみたいに鮮やかな黄緑やピンクの毛が生えていた。
「オレンジのハト?」とあたしが質問すると。
「どうみてもハトじゃねえだろ!」と言って、その鳥はビュンと羽を広げて優雅に飛んで見せた。あたしの頭の上をぐるぐると旋回すると、ゆっくり足元に着地して、再び口を開いた。「俺様は気高きミミズク、ブッコローっていうんだ。」
「ブッコロー?」とあたしが訊くと。ブッコローはうんうん、と力強く頷いた。
「お前、なんか悩み事あるんだろう?ブッコロー様は、解決してほしい悩みがあった時に颯爽と現れるヒーローなんだぜ」
と言うと、自慢げにオレンジ色の胸毛をぶるんと震わせた。
「困っていたら、ブッコローが解決してくれるの?」
「うーん、正確に言うと俺がお前にピッタリな本を見つけてやる、ってことなんだよなあ」
「なんのことか、よく分からないね。ブッコローは図書館の先生なの?」
「あー。遠からずも、近からずだなあ。百聞は一見にしかず。とりあえずは有隣堂に移動しないと話にならないや」
「ユーリンドー?」
「有隣堂っていうのは、人生を冒険するために必要なすべてが揃っている宝物庫なんだぜ。本は心の旅路って言うだろう?」
得意げにブッコローは胸をはった。
「あたし、バカだから。タビジとか、そういう難しい言葉はよく分かんないんだよね。中学受験もしてないし。よくわかんないけど、なんか楽しそうだね!」
あたしはブッコローがあまりに楽しそうに話すので自分もつられて楽しくなってきたことに気がついた。それまで抱えていたアサガオの鉢をポイっと足元に投げ出すと、さらに重力から解放されて、足先から気球のように浮き上がれそうな軽い足取りになった。
ブッコローはそうこなくっちゃ、と言ってあたしを目の前にあった「有隣堂」と看板にかかれた本屋さんの中へ入るように誘った。
いざ、入ろうとしたあたしは本屋の入り口でぐっと躊躇して立ち止まった。
「ねえブッコロー。そういえば、あたしアサガオをお家にもってかえらなくちゃいけないんだ。あと、ママがお家に帰ったらリコンの話をしたいって。あたし、寄り道なんてしていいのかなあ?遅いってママに怒られない?」
「大丈夫、ここ有隣堂の中では時間が凄くゆっくり進むんだ。だから、寄り道しても時間はかからないし、ママに怒られる必要もないよ!」
ブッコローは小さくて可愛らしい羽をひょこひょこさせて、あたしにおいでおいでと手招きをした。
「約束だよ!」とあたしは言うと、有隣堂の中へと足を踏み込んだ。
有隣堂の中は想像を絶する広さだった。外から見た店の間口はひいき目に見ても広いとは言えなかった。なんなら、小学生のあたしの大股で10歩程度だし、向かいの八百屋さんの店頭の横幅の半分くらいの見た目だったから、中はきっともっと狭いのかなあ、と思った。しかし、一歩中に足を踏み入れると、本棚が横に数縦列並んでいた。普段、あたしが入る本屋さんと違ったのは、階段がそこかしこにあったことだった。下に、上に、斜めに、階段が長く広がっていて、天井は高すぎてみえなかった。パパと一度見に行った野球のドームよりも広くて、大きい場所だった。
「ねえ、ブッコロー?ここどこ?」
「ここは。有隣堂だぜ。ただ、普通の本屋じゃない。訪れた人の人生を紡ぐ一冊を読むことができる、特別な本屋なんだ。」
「ええ、ブッコロー。ここで本を読まなきゃいけないの。てっきり、ブッコローと遊べるのかと思って寄り道しちゃったのに。あたし、本読むの、嫌なんだけど。」
ブッコローはやれやれ、といった表情で溜息をもらした。そして大きな目玉を動かすと、あたしの胸の名札に書いてある学年と名前を確認したようだった。
「そんな、ユヅキはまだ小学生2年生だろう。本読むのが嫌なんて言っちゃいけないぜ。これだから最近の若者は読書離れが進んでいくんだ」
ブッコローはそういうと、止まり木にしていた本棚の上から床に飛び降りた。そのまま器用に両足でちょんちょんとスキップして移動してきた。そして、あたしの前にくるとじっとあたしの眼球を覗き込んだ
「お前はすきな本はないのか?」
「んー。ゲームはするけど。本は読まないからなあ。あっ、そうだ。あたしが幼稚園の年長さんの頃にママに買ってもらった絵本があったんだよね。なんか、ネズミがお家でお留守番するお話だったんだけど。本の名前はわすれちゃった。」
「うん、それだけ。わかれば十分だ。心の中でその本を買った時の記憶をぐっと思い出してごらん。」
「買った時のこと?」
「そう、買った時の感情とか、本の手触りとか、そういったことをありありと強く念じるのが大事なんだ」
「わかった。やってみる。」
あたしはママがあたしに絵本を買ってもらった時のことを思い返した。確か、その日は幼稚園の発表会が近づいていた秋の夕暮れだった。
ママは食いしん坊で、北風が冷たくて指先を真っ赤にする時期になると「今日は焼き芋買って帰ろうか?」といたずらっ子のような顔つきになってあたしをしょっちゅう、焼き芋屋さんに連れて行くのだ。焼き芋はパチパチと炭火が弾けた上にどっしり転がっていて、その中からママがひときわ甘そうなのを選んでくれる。ママと焼き芋を買って公園で食べながら、今日の幼稚園であったことのお話を聞いた。お家に帰る時には「パパに言うと、食事の前におやつを与えてって怒られるから、ユヅキは内緒にしなきゃだめだよ」と言って、あたしと約束げんまんをさせた。その時には決まって、猫みたいにふにゃりと目を細めて笑った。
その日も、いつもみたいに焼き芋を買って公園で食べようと決まったのだが、いざ焼き芋屋さんに行くと臨時休業していて、お目当てのおやつは手に入らなかった。その日はちょうど、あたしは親友のユナちゃんとこんどやる劇の役のことで喧嘩をしていて、むしゃくしゃしていから、そのうえ焼き芋が食べられなかったことがこの上なく悲しかった。悲しすぎて、ママを困らせる程に泣いた。
「ユヅキそしたら、焼き芋買えなかったから、代わりに絵本を買ってあげるね」ママは困った顔になって、焼き芋屋さんの傍にあった本屋さんに、あたしの手を引っ張って連れて行った。本屋さんに入ると、あたしは一目散に気に入ったアニメ本のコーナーに行った。手に取ったのは可愛いモンスターの4コママンガだったが、ビニールがかかっていて立ち読みができないようになっていた。ママにこれが欲しいと、その4コマ漫画を見せると、「もっとちゃんとした物語を読みなさい」と、ぴしりとした口調でママはあたしを叱って、児童書のコーナーに連れて行った。あたしはお目当てのマンガ本が買えなかったことにはがっかりしたが、そのかわりに気に入った本を選ぶことにした。ママは「これなんかどう?」と古臭い絵柄の絵本を差し出してきた。「ちょっと、おふるの絵に見える」とあたしが、ヘタクソな日本語で断ると「そう、ママは小さい頃この絵本が大好きだったんだけどなあ。絵柄が古いって言われちゃうのね」と寂しそうにあたしの気持ちを大人の言葉で言い換えて、その絵本を棚に戻した。あたしは並んだ絵本の表紙を手に取って、見比べていった。ひとつ、小さなネズミが表紙にのった絵本が目についた。「これは?」とあたしが指さすと「良いじゃない」とママは好感を示した。
お家に着いてママにせがむと、ママはそのネズミの冒険のお話を読んでくれた。ネズミさんは小さな体で勇敢に戦って、悪いやつらをこらしめてしまうのだった。「ユヅキもネズミさんみたいに、勇敢になれるのかな?」ママは焼き芋を食べた時みたいに、ニッコリと笑ってあたしに質問した。そうだ、あたしはあの時に「なれるよ!」って返したんだった………。
ズシン。
あたしの手の中に本一冊分の重みがのっかった。
「成功だぜ!本がやってきた!」
ブッコローはそう言うと、喜びの舞とでも言わんばかりにぐるぐるとその場で一回転した。
「うそ!」あたしはとても、びっくりした。なぜなら、この絵本は先週、ママがお掃除した時に捨ててしまった本だったからだ。あたしが「この本は捨てないで!」ってしがみついてお願いすると、「リコンするから、全部片づけなきゃいけないのよ!」といって冷たく振り払われたのだった。あたしは悲しくなって、ええんとむせび泣いた。それをみたママは一瞬、バツの悪いような表情になった。そして「だって、パパが悪いんだからね!」と自分に言い聞かせるように呟いて、たくさんの本と一緒に半透明のビニールゴミ袋の中に絵本を投げ入れた。ネズミの表紙はあっという間に吸い込まれて、本だらけでごつごつしたゴミ袋におさまったのだ。あの本が手元に戻ってきている。
「形がそっくりね!ブッコローが買ってくれたの?」
「違うぞ。それは正真正銘、ユヅキの本さ。その証拠に表紙をめくってごらん」
表紙をめくってみた。すると、表紙のちょうど裏側に、見慣れたチョコをこぼした汚れの跡と、「ゆづき」と名前がサインペンで書いてあった。
「ここは有隣堂。必要な人の元に、必要な本があらわれるんだぜ」とブッコローは続けた。
「ところで、ユヅキ。その絵本でお前は何を感じたんだ?」
「んーとね。ネズミさんが出てくるんだけど、小さな体で悪い奴らをやっつけちゃうの。その勇気かな。ママも言ってた。」
「そうか、ユヅキ。ユヅキはその絵本で大切な勇気を学んだんだね。」
「そうかも、しれない」
「ちゃんと、ユヅキはその勇気を今でも持ってるかな?」
「勇気ねえ………」あたしは言葉に詰まった。
ママがこの本を捨てちゃったときも、本当は「捨てないでほしい」ってちゃんと言う勇気が欲しかったんだ。でも、このネズミさんみたいな勇気があの時のあたしにはなかったみたい。「もしかしたら、忘れちゃってたのかもしれない。」と答えた
「大丈夫、ユヅキ。本は忘れていた感情を思い出させてくれるものなんだから。また読めばいいんだよ。最近はゲームばかりで読書はなおざりになっているようだけど。ここまで成長したユヅキは忘れているだけで、きっと、沢山のお話や感情に今まで出会ってきたはずなんだ。さあ、次の本をまた思い出して」
ブッコローは興奮気味にあたしに次をお願いした。
「ちょっと待ってね、やってみる」
今度はドキドキするスリルを教えてくれた、夜の学校を探検するお話。
動物のお友達が猟師に鉄砲で打たれて死んでしまう、今生の別れが悲しい話。
貧困の娘が、魔法の力で女王様になってしまう、幸運に胸高まる話。
すっかり、出会ったことも忘れていたお話を一つ一つ思い出すとストンストンと本が手の中に現れた。あたしは気がつけば生まれてから、今までの間に出会った本に囲まれていた。「すごいね、ユヅキ!」ブッコローは沢山本を出した私を褒めた。あたしもそれが嬉しくて、どんどんお話を思い出した。
「ユヅキは沢山、本をいままで読んでもらったんだね!全部、ママが読んでくれたの?」
「うん、パパは仕事で忙しいって本を読んでくれたことはないから……」
そう、どんなに思いだそうとしてもパパが本をあたしに読み聞かせしてくれた記憶がないのだ。
いつだって、あたしやママを怒鳴ってばかり。そんな景色しか思い出せない。
「いや、待って」すこし、あたしは記憶の中に引っかかりを感じた
「うん、ブッコロー。パパに読んでもらったことのある本もあったかもしれない。」
「本当に!ユヅキ!ぜひ、その本も出してみてよ」
ブッコローはあたしの前に身を乗り出してきた。
あたしはじっくり昔パパが見せてくれた本を思い出した。
ズシン。
両手の上に重い感触が返ってきた。
「やった、成功だ!」
「ユヅキ、これは?」と質問するブッコロー
「ブッコロー、これはアルバムだよ。ママとパパの思い出が載ってるの。前にパパが開きながらおしゃべりしてくれたんだ。パパが本を開いて読んでくれたのはあの時ぐらいしか思い出せないんだけど。」
あたしはこれをパパが見せてくれた日のことを思い出した。
「パパこれ何?」あたしは当時小学生になったばかりだった。パパはお休みの日で、パパの書斎におもちゃにつける、単3電池を貰いに行った時に、本棚にある一冊の分厚い本を指さしてみたのだ。
「これかい?これはパパとママのアルバムだよ。」とパパはニッコリ笑って言った。そういえば、最近のパパは怒った顔ばかり見ていたけれど、思い出してみればパパはいつもニコニコしてあたしと休みの日に公園に行ったり、よく遊んでくれたんだった。
「ほら、一緒にみてみようか?」そういうと、パパはあたしをあぐらをかいた内側に引き寄せて、ページをめくった。
「これはね、結婚前で付き合ってる頃のママ」
「ママじゃないみたい。髪が長いね。」
「おうだね、あのころのママは自慢のロングヘアだったんだ。大学のサークルでも有名な美人さんでさ。パパはすっかり一目ぼれだったんだよ。」
「ママ、ドレス着てたんだね」
「これはね、ママの結婚式の時だよ。ママは白いドレスも、赤いドレスも上手に着こなして、すごくかわいかったんだ。」
「ユヅキも着てみたいなあ」
「ユヅキも花嫁さんになるのかい?」
「ハナヨメサンってなあに?」
「お花みたいに綺麗な人のことだよ。いつかユヅキもママみたいに綺麗に着飾ってお花みたいになれるといいねえ。」
「ふーん、この子は?」
「この最高に可愛い赤ちゃんはユヅキだよ。」
「えー!あたしこんな赤ちゃんだったの?」
「そうだよ、ユヅキは本当に可愛く僕たちのところに生まれてきてくれたんだ。パパもママも大大大好きだよ」
そういって、ぎゅっとあたしのほっぺを抱き寄せた
「パパ、おひげ痛いよお。」そう言うと、すり寄ってきたパパはさっと顔を離して、頭をポリポリ掻いた。
「ゴメンな、ユヅキ。でも、これだけは忘れないで。この先、どんなことがあってもパパとママとユヅキはずっと3人一緒だよ。お互いが世界で一番、大大大好きなんだからさ。」
あたしは嬉しくなってパパに抱き着いたんだ。
「パパとママ、大好き!」
「ユヅキ?泣いてるのか?」耳元でしたブッコローの声に、はっと我に返った。
あたしはすっかり、パパのアルバムを開きながら、思い出にふけってポロポロと涙をこぼしていたようだった。
「あたしったら、パパが教えてくれた。大好きの感情忘れてた。とっても大事な気持ちだったはずなのに、あたし忘れたことにしてた。」
鼻水と涙が止まらなくなってしまった。ブッコローは涙で長袖の裾からグショグショになった私を無理に慰めるわけでもなく、うんうんと暫く頷いて傍にいてくれた。
「ユヅキはとっても大切な気持ちを思い出すことができたようだね。」そう優しい声をかけると、ブッコローはやさしくフワフワの羽であたしの頭を撫でてくれた。
キーンコーンカーンコーン。
ふいに小学校で聞きなれたチャイムが突然、広大な有隣堂の店内に鳴り響いた。
「残念だけど有隣堂が開いていられるのも、そろそろ時間の限界のようなんだ。ユヅキ、本たちが思い出させてくれた沢山の感情を大切にしてほしいな。」とブッコローは言った。あたしは「約束する。」と言って、ブッコローの妙にふさふさした羽と握手した。
「ねえ、ブッコローここに現れた本はお家に持って帰れる?」
「それはできないよ」ブッコローは首を左右に振った
「有隣堂で出した本はここでしか開くことはできないんだ。だからユヅキのお家に持って帰ることはできない。でもユヅキはここで、本に沢山思い出してもらった気持ちはお家に持って帰れるよ。」ブッコローはそう言うと、あたしを励ましているのかホー、ホーと2回鳴いた
「なんかブッコローってフクロウみたいでへんなの」
「失敬な、ブッコロー様は最も気高いミミズクなんだぜ」
そう言ってブッコローはニンマリと笑った。
あたしは、有隣堂を出た。くるっと振り返るとそこにはもう本屋さんは無かった。つぶれた本屋のシャッターの前にただ、アサガオの鉢がつまらなそうにポツンと地面に置かれていただけだった。本屋の看板も「有隣堂」なんて名前ではなかった。
あたしはもう一度あのオレンジ色の鳥に会いたくなって、「ブッコロー!!」と何度も呼び掛けてみたが、返事はもうなかった。
そろそろ夕日が沈んでしまう。
あたしは駆けるように自宅へと戻った。
お家に帰るとパパとママが待っていた。「ユヅキこっちへ来なさい」と怖い表情の2人に呼ばれた。
パパとママはリコンするから、どちらと一緒に過ごすか決めなさいとあたしに迫った。
昨日までのあたしだったら、きっと何も言わずに泣いてみたり、流されるがままにどっちかを答えたりしていたと思った。でも、今日ばっかりは違う。ブッコローが本を通じてあたしにいろいろな感情を思い出させてくれたんだ。勇気をもって立ち向かう気持ちも、怖いことに向き合ってハラハラする気持ちも。そして、パパがあたしに教えてくれた大好きの気持ちも。
「あのね、あたしの気持ちは……」そこからあたしは勇気をもって沢山気持ちを伝えた。どれだけ、パパと一緒に遊んだ公園が楽しかったか。どれだけ、ママと一緒に食べる焼き芋が美味しいか。そして、どれだけあたしがパパとママを大好きか。
はじめのうちはパパもママも、「聞き分けが無い」といって、あたしのお話を遮ろうとした。でもめげずに最後まで一生懸命、気持ちを伝えたら、少しずつ氷が溶けるみたいにパパとママの表情が溶けていったのが分かった。あたしがしゃべり過ぎて、少し息が上がると、パパもママも涙でグショグショになっていて、「リコンだなんて言ってゴメンね。もう一度3人でやり直そう」と言ってくれた。結局、リコンが具体的にどんなことだったのかは分からずじまいだったが、離れ離れにならずにすんだようであることがわかり、あたしは心底ほっとした。
―それから10年―
私は不思議なブッコローと有隣堂との出会いから、小説を読むことが趣味になった。あれだけ、国語ができなかった私が突然に本の虫になり、ゲームもしなくなったことは両親にとって大きな驚きであったようだ。しかし、次第にその変化も受け入れられ、翌年には読書感想文コンクールで全国大会に出る程に読み書きが上達していた。そして、何よりもあの一件をきっかけに両親は仲の良さをすっかり取り戻すことができた。
ブッコローにもう一度会いたくて、例の商店街を頻繁に散策していたのだが、あの奇跡のような魔法の書店には二度とたどり着くことはできなかった。本好きが高じてというのもあるが、心の何処かで書店に関わって入れば再びブッコローに会える気がして、私は就職先を書店にすることにした。今日はその面接である
「質問しますが、貴方にとって読書とは?」
「本は心の旅路です!」
#ハートフルジャーニー @samra_wataru
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