後編

もしもこの家族が私の前からいなくなったらと思うと私はまた一人になってしまう。この事を旦那にでも触れてしまったなら完全に崩壊してしまう。何かが崩れ落ちて音を立てながら崩壊していくのを私は見届けて他の誰かの場所もとへと移ろうとしてしまうのかと余計な事ばかり考えて責め立ててしまう癖が治らない。

そんな日々を繰り返しては家族と過ごしていくのかと思うとあの海へ繰り出したくなるのだ。


数日が経ち、また母の元に来て太陽が厚い雲の中に顔を隠し始めた頃、私は以前から考えていることが頭をよぎると、溢れんばかりに滞っていた血液の回路を必死で流し出そうとしている様子に母が気づいて声をかけてきた。


「今日は浮かない顔をしているわね。家で何かあったの?」

「母さん。本当は何になりたかったの?」

「何のこと?」

「海になりたいって言った時私反対しようとしていたんだよ。ここまでしなくてもあの人は帰ってこないんだよ?」

「あのね、私が例え他の何かになったとしても答えは同じことなの。だからあえてここに選んだのは彼の為なのよ。」


私には兄がいた。彼は面倒見の良い人柄でいつも周りの人から慕われていた。

幼い頃どこへ行くのも一緒だった彼はいつの間に他の人たちの元へ行き、次第に私との間を遠のくように距離を置いていくようになった時は泣きじゃくって母の脚にしがみついていたものだった。


兄が中学生になったばかりの頃に友達とこの海に来て遊んでいた時、一人の友達が溺れかかっていたのを助けに泳いでいき、しばらくして再び遊ぼうとしていた時にもう一人の友達が何かのはずみで兄を防波堤から突き落としたのだった。

ちょうど天候も良くない頃合いだったタイミングで波が高くなっていきどんどん沖の方へと流されて身体が身動きが取れなくなってしまったところで、彼は硬直した身を抱えながらそのまま沈んでいき亡くなったのである。


だから母は彼の為に一緒に生きたいと決めて、彼女が亡くなる前に書いた遺言の中に自分の遺骨はこの海に沈めて欲しいと強く願い出ていた。その通りに私は従い葬儀が終わった後に漁港の人に頼み込んで無理を言って船を出してもらい沖の方まで来た時に仏花と一緒に母の遺骨をいてこの海に沈めたのだ。


「ここに来てから私は後悔もしていないのよ。今もお兄ちゃんを探しているけどまだ見つからなくてね。でもね、あなたがいつも私たち家族の事を思っていてくれているのは大切な事よ。必ず見つけ出すからその日まであなたは今の旦那さんと奏と一緒に生きていくのよ。一生の約束よ。」


私にはまだその意味がわからないままだが母の願いはいつまでも守っていきたいのである。辺りは夕闇に包まれてきた。そろそろ家族が心配しているころだと思い、その日は母にまた来ると告げてその場から離れていった。


家に帰ってきた時に、キッチンの方からいい香りが立ち込めてきたので行ってみると旦那と息子が夕飯の支度をしてくれていた。慌ててすぐに手伝うというと彼らは私の代わりになることをしていきたいから休んでいてほしいと言ってくれた。

そうか、私も彼らを頼ってもいいのかと思うと何だか留まっていた水流の流れが程よく優しく上流へと向かっていくのが視界に入った。

翌日、私は皆を連れて母の元にやってくると彼女は穏やかに波を立てて微笑んでくれていた。


いつしか人はこの世から離れていく日を迎えた時この海のように他者と合流して次の宵が開けるのを待ちながら出航の時を静かに見守っていくのだ。

そして今日もその蒼さを秘めたこの海の彼方に誰かがこだまして呼んでいる。


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深海の骨 桑鶴七緒 @hyesu

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