「お主……あの祠を壊してしまったのか……」


 壊れた祠らしき木でできた扉の残骸と崩れて落ちている屋根、それに、苔むした石の台座を前にボクは呆けていた。


△〚だから、わん太が小さいとはいえ通るには狭すぎるって〛

❤〚古くて腐っては……いなかったけど結構限界な感じの扉だったよね〛

◆〚けど流石に祠を壊したとなると、呪われたり?〛


「えっ……呪われるわん……?!」


 思わず上げた声に、ボクのまわりに集まってきていた付近の村人さんたちが怯えたように後ずさる。


「して、お主……いえ、貴方様は何者ですかな?」

 集まっている集団の中から少し偉そうなお爺さんが前に出てきた。祠が壊れていることに一番動揺してた人だ。


「えーと、ぬいぐるみ系VTuber、猫乃わん太わん。あー、壊す気はなかったんだけど壊れてしまったんだわん、ごめんなさいわん……」

 くるりと一回転してポーズをとるが、扉をむりやり開けて壊してしまったのは間違いないので謝っておく。


「『ぶいつーばー』は良くわかりませんが。いえ、祠が古くなっていたのは間違いありませんし、昨今は祠の手入れも疎かになっていたかもしれません……と、とにかく歓迎の宴を開きますので一旦村の方へお越しください」


 とりあえず、この祠のあった村外れから村の中心部へと移動することになった。



 ◆ ◇ ◆



 そもそも、どうしてこんな辺鄙な村に来ることになったのか、そして、どうして祠を壊してしまったのか。説明をするには少しだけ配信を遡る必要がある――


「こんにちわ~ん、ぬいぐるみ系VTuberこと、猫乃わん太わん。今日は折角の三連休だから部屋の掃除を行うわん」


◯[いや、外に出たらwww]

∀〚確かにまとまった休みでないと掃除難しいよな。溜まったアイテムの整頓とか〛

∈〚わん太はいつもあそんでるからにゃ。いや、ゲーム配信は仕事なのかにゃ?〛


 和室の奥にある押入れの前に運んできた脚立を設置する。

「ボクはね、気づいてしまったんです。押し入れの上に知らない戸棚があることを」


◇[それは天袋って言うらしいよ。わん太が入って寝るにはちょうどよいサイズかもw]

◎[床下収納とか自分の知らないスペースあるとわくわくするよね]

∪〚わくわくというよりちょっと怖くない? ほら、だれも知らない扉が隠されていたりとか……〛


「ちょっと、あんまり怖いこと言わないでわん。ボクはホラー系はちょっと、ちょっとだけ苦手なんだわん」

 少しビクつきながら開けた天袋の中は空っぽだった。使った覚えのない場所だし何か不穏なものが入ってないか少しだけ心配したのは内緒だ。


▽〚なあ、わん太。奥の方がうっすら光ってるように見えるのは気の所為か?〛

◯[あ、確かに隙間から光が漏れてる気がするね、欠陥住宅?]

∈〚わん太のサイズなら天袋の奥まで匍匐前進でいけるにゃ。壊れてないか確認するにゃ〛


「えーっ、まあ、ここで行かないのも配信者の名折れ。お腹汚れないかわん?」

 開けてなかったおかげか特にホコリが溜まっていることもなく匍匐前進で光が漏れているところまで進む。


「えーと、扉? なんか扉っぽいのあるんだけど」


◆〚古びた扉だな。かんぬきが崩れて落ちてる〛

◎[で、わん太は当然開けるよね!]

❤[わん太くんの家の裏ってどうなってるのかな]


 だいぶ古びた扉の隙間からはうっすらと光が漏れている。ボクの家の裏手は……どうなっていたか覚えていない。


「まあ、ここまできて開けないのも気になるし開けるわん」


 少しばかり頑丈だった扉は、引き戸でも手前に開けるのでもなく奥に押すことで扉は開いた。

 その勢いでうっかり転がり落ちたのも仕方がないことだろう。


 しかし、扉から出た先は古びた祠で、しかも勢いよく出た拍子に祠が壊れてしまうなんて思っても見なかった。


「……で、ボクはどうやったら、おうちに帰れるんだわん?」


 こうして出てきた扉が祠と共に崩れ落ちたのを見ているところを声をかけられたのだった。



 ◆ ◇ ◆



「それで、わん太様は内側のかんぬきが壊れていたため扉を開けてでてきたと……」


「そうわん。まさか出てきた先が祠でしかも壊れてしまうとは思ってもいなかったわん。ほんとうにごめんなさいわん……」


 眉根を寄せ頭をフリフリ困っている様子の村長さんに再度謝っておく。


「あー、いえいえ、祠が古くなっていたのは事実ですし、すでに村の者を向かわせて新しい祠を用意させていますから心配なく。まあ、今日のところはウチの名物のジビエと山菜料理を楽しんでください」


 村の集会所には他の村人も集まり、お祭り騒ぎとなっている。

 丁度秋の収穫祭のタイミングでもあったらしく、突然の訪問も快く歓迎された。


「ところで、失礼な質問かもしれませんが……わん太様はお犬様でしょうかお猫様なのでしょうか?」


◯〚草www 初見さんが良くする質問ナンバーワン北w〛

∈〚猫乃わん太は猫か犬か問題にゃ〛

❤〚見た目はどう見てもプリティな犬のぬいぐるみ〛


「ぬいぐるみ系VTuberこと、猫乃わん太。ブラック&タンで、この茶色の麻呂眉がトレードマークのプリティわんこわん!」

 くるっと回って短いシッポもアピールする。


「おお、お犬様でありましたか。これで村の中での論争も一段落です!」

 なぜか周りのみんなからも拍手をされた。



 ◆ ◇ ◆



「いや、一時はどうなることかと思ったわん」


 速攻建て直され、少し大きくなった祠を開けると無事に元のボクの部屋へと戻ってこれた。

 ただし、狭い天袋ではなく、下の押し入れの方にだ。おかげで押し入れから出てくるのに入っていた布団や荷物を動かす必要があった。


❤[山菜ご飯美味しそうだったねぇ]

▽〚祠が壊れた時は戻れないかと思ったけど無事帰ってこれて何よりだ〛

∈〚ところであの村はどこにある村だったんだにゃ?〛


「あ、そう言えば村の名前を聞くの忘れてたわん。まあ、また行くことがあったら聞いてみるわん。それではばいばいわーん」


 奥に見えている新しい扉を隠すようにそっと押し入れのふすまを閉じた。


―― 本日の配信は終了しました……



 ◆ ◇ ◆



「村長、祠が壊れたと聞いた時はヒヤヒヤしましたが、犬神様が無事帰られてホッとしましたね。ところで、この祠の扉が開かないように封印しますか?」

 新しくなった祠は前のものよりも一回り大きくなっている。とはいえ、その扉は子供でも入るにはまだ小さいサイズだ。


「いや、元々祠の扉は内側にかんぬきがあり外側からは開かないようになっていたのだ。今更外から封印することもなかろう」

「ですよねぇ。それに中にいるのがわん太様であれば村に悪さをすることもなさそうですし。村にとっては長年の疑問も解消して良かったですね」


「……そうだな。これでウチの村の神様は猫神様か犬神様かの論争問題も解決したし、大々的に犬神様の村として観光の目玉にできるわい」


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【VTuber】猫乃わん太 LIVE ch【ぬいぐるみ系】 水城みつは @mituha

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