エピローグ だれかがなにかによいつぶれたはなし
「あー……すみませんねぇ……カミトさぁん……」
「気にしないでください。そういう日があっても良いんですから」
あの後、パーティー名を決めた私達は、あの男に勝った凱歌を改めて上げようと酒場へと繰り出した。
なんというか、皆思ったよりもはしゃぎたかったらしく、結構お酒を飲みまくってしまった。
元々、皆基本的に大人しい気質なので、羽目の外し方が下手だったのかもしれない。
勿論、この私も含めてだ。
向こうの世界で未成年のアリスだけは酒を一滴飲ませないつもりのが大人三人の一致した意見だったのだが、間違って彼女自らが飲んでしまっていたらしく、そうなればもう後はあがったテンションのせいでグダグダというか。
……こちらの世界では十分成年に当たるので問題ないと言えばないのだが、元の世界に戻った時に困らないよう、彼女に酒癖を付けてしまわないように今後気をつける事にしよう。
酒に強い
「ホント、すみません……むにゃ……」
ちなみに、背負っている憂治君はというと。
「憂治君」
「…………はわーい……」
「1+1は?」
「……1位です……」
「ふふ、かわいい」
よく分からない解答をしているので、半分起きて半分寝ている状態に間違いないようだ。
なら、折角なので、今の内にしか言えない事を、言っておこう。
「憂治君、貴方はきっとまだまだ自分は強くなれてないって思ってるんでしょう?
でも、それは大きな間違いです」
あの、私達が出会った裏路地。
彼は自分が生き返れる可能性を考慮せずに、足を踏み入れたのだ。
彼は最初から、彼自身が望む強さ、少なくとも心の強さは備えている。
……彼の強さを伸ばす為に、今は素直に口に出来ないが。
「強いですよ。憂治君は最初から。
私はね、憂治君。
一番憎いのは自分だって言ってた貴方を、本当に凄いなって思ったんですよ。
何でかというと……私は、貴方の逆だからです」
言葉では、自分が憎いと語っていた。
だけどそれは、思い込むためにやっていた事で、心の奥では、世界の殆どを憎んでいた。
自分をかろうじて、少しでも想ってくれる存在以外は、ただただ憎んでいた。
神託をくれなくなった神を。
信じてくれなかった父を。
助けてくれなかった仲間達を。
勝手な事ばかり吹聴する世間を。
自分を追い込むばかりの世界そのものを。
助けたのに裏切った者達を。
助けようとしたのに自分を置き去りにした者達を。
世界の片隅でそいつらが吐く息を。生きている事を。
憎んで憎んで、旅の中で受けた様々な仕打ちや裏切りもあり、いっそ世界なんて滅べばいいのにとも思っていた。
一時はその為に祈りを捧げた事もあったけど、それさえも叶えてくれなくて、私は全てを諦めた。
諦めて、死のうと決めて、自殺した。
だけど、そうしたら辿り着いてしまったのだ……神域に。
神様に近付きたいと、必死に修行して追求していたかつての私ではどうやっても出来なかった事が、全てを諦めた途端に。
生き返ったのか、死んでいなかったのか、どちらかは分からないが私は笑った。何が神域なんだと。
全ての痛みを支配する力を得ても、私の心の痛みを拭えはしない程度のくせに、と。
だけど、そうして大笑いしたら、死ぬ事がばかばかしくなった。
だから、かつての私のふりをして、再び歩き出した。
外面は取り繕って、誰かを助け続けた。
心のどこかで、形だけでも誰かを救えば、誰かが私を救ってくれると、諦めたくせに都合の良い夢を信じていた。
その度に、むなしさと痛みを感じて、その痛みで自分自身を笑う事が気持ちよかった。自分を、何かを軽く憎むことが楽しかった。
その為に道を外れる事に、もはや躊躇いはなかった。
だけど。
「憂治君達に話した事は、嘘じゃないんですよ。
私だって、本当は世界全てを憎みたいわけじゃない。優しくなりたいし、許しもしたい。
だけど、完全にはそうできなかった……」
本当は、嫌でもあった。
自分がかわいくて世界が憎いのは変わらずとも、そんな自分が醜いとは思っていた。納得できなかった。
いっそ自分を一番に憎めたら、もう少しは世界を愛せたのに。憎まずに済んだのに。
だけど、それが私には出来なかったのだ。
そう、最初から私は歪んでいたのだ。
あの男の起こした一連の出来事は、私の本性を暴くきっかけに過ぎなかった。
でも、それを否定したい自分もいて、流浪の果てに、この街に辿り着いた。
憂治君達に語った理由は嘘じゃなかった。
異世界人を受け入れたいとも、思っていたのだ。
その奥に潜む、暗い感情を完全に殺せなかった、消し去れなかっただけで。
そんな、自分を笑う日々の中で。
「そんな、どうしようもない感情を持て余す日々の中で、私は貴方に出会った。
知ってますか? 最初私は貴方を見捨てたんです」
痛い目を見てから助けるぐらいが互いにちょうどいい、と考えて、ギリギリまで放置していた。
青年の痛みを心苦しく思いながらも、そう感じる自分を笑うために。
「そうして絶望に暮れる貴方を助けて、同じように世界を憎むだろう貴方を説き伏せて、そうする私自身をせせら笑おうと思っていたのに」
だが。
そうして助けた青年は、困惑の中、感情を迸らせて……自分が憎いと叫んだのだ。
「自分が憎い。世界よりも理不尽に屈する、弱い自分が憎い。
……それはね憂治君、私がなりたかった私。私がどうあがいてもなれない私なの」
あの慟哭が嘘なわけはない。あの時の憂治君の叫びは魂からのものでしかないのは明らかだった。
だからこそ、私は……惹かれてしまったのだ。
山田憂治という名の、異世界人に。
きっと顛末を知る誰かがいたら、私を笑うだろう。
たった一言で愛を決意し、愛を語る、薄っぺらい女だと。
でも、それでいい。
他の誰に笑われても、憂治君自身に笑われても……きっと彼はそうしないけど……いい。
私の全てを彼に捧げたいと思った。
彼が望む事の全てを叶えてあげたいと思った。
だから、彼が望むままに動いた。
彼が憧れの目で見てくれる『カミト』を演じようと思った。
それまでは外面を取り繕った形でしかなかったそれを、可能な限りで本気で演じてみようと。
……不思議だった。
それまではせせら笑うだけだった、自分を軽蔑する日々が、心躍る日々になった。
演技のはずの感情が、嘘でないように思えた。
本当の本当は、そんな訳がないのに。
「私、バカでしょう?
自分の本性なんか、とっくの昔に分かり切っているくせに。
憂治君、アリス、懸斗君、ごめんね……本当にごめんなさい……貴方達に嘘を告げた事はないけれど、私は、嘘つきなの……ただの嘘つきなのよ……。
でも、でもね……それでも私は……今が、凄く楽しいの……憂治君と、みんなといる時間が楽しくてたまらないの……」
憂治君から始まって、アリスや懸斗君が加わった今が、愛おしかった。大事だった。大切に思えた。
……自分の本性が、本当は心底からそう思えていなかったとしても、構わなかった。
表層だけだとしても構わない。憂治君だけでなく、彼らの全部を守りたかった。守りたいと思うようになっていた。
だからこそ。
「だからね、憂治君、アリスや懸斗君の信じる私を……きっと今話した全てを伝えても、皆と過ごしている時の私を信じようとしてくれる、皆の思う私こそが本当なんだって、信じようと思うの。信じたいの。
演技だとしても、最後までやり遂げようと思うの。
それが、私が、いつか全てを終えた時、空の果てに……神様達に叫びたい凱歌。
もしそれができたら……貴方は、私を、愛してくれるかなぁ」
「……愛、してます……」
「っ!!?」
瞬間、全身が震えた。心が、魂が震えた。
望んでやまない言葉が、望む人の口から零れたと思い、私の体中が熱くなった。
特に顔が、もう、凄く熱くて。
「ゆ、ゆゆゆゆ、憂治君っ!? おおおおお、起きて……?」
「むにゃ……カミトさん……好きですよ……大好きですよ……ぐふー」
だから、眠っていたと知って、つい思いきりがっくり来てしまった。
安堵しているのか残念に思っているのか、色々ない交ぜになって、よく分からなくなった。
だけど。
やっぱり、言われて嬉しい言葉には間違いがないから。というかすごく嬉しかったから。
「……うん。私も、憂治君の事、だーい好きです」
素直な気持ちを口にして、私は二つの世界で一番大切な人を背負ったまま、再び歩き出す。
口から零れるのは、久しく歌う事のなかったトゥーミの聖歌。
誰かへの愛は巡り巡って、いつか自分を愛する誰かを導いてくれるという、都合の良い御伽噺。
幼い頃は純粋に歌い、道を外れて大嘘だと吐き捨てた歌を、今はただ歌っていたかった。
ひとまず終わり。
蒼穹凱歌――異世界でもままならない俺達の唄―― 渡士 愉雨(わたし ゆう) @stemaku
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