第21話 いつかひびかせるがいか
「今って、楽しいですわね……でも楽しいからこそ思うんです。
……私達が今ここにいる事って現実逃避なんでしょうか?」
「どうした嬢ちゃん急に」
遠い眼差しで呟くアリスに
すると彼女は少し苦笑を零した。それはどこか自嘲めいているように俺には思えた。
「貴方達にはいつか話すつもりですけど……ここに来る直前の私、いい気分では決してありませんでした。
むしろ下の方の気分というか……貴方達もそうだったんじゃないですか?」
「む、それは……確かにそうかもな」
「俺も沈んでた時だったな……」
もしかしたら異世界召喚された人々は皆そうだったのかもしれない。
それぞれの、どうしようもない現実に直面した時に、俺達はここに呼ばれるのかもしれない。
そんな打ちひしがれた気持ちを、俺達はこの世界、そしてこの世界の神に利用されているのかもしれない。
ただ、アリスはそう捉えていなかったようだ。
「そうでしょう?
そんな時に召喚されて、今この時はすごく楽しいから――今見えているものは全部現実逃避が生み出した、皆が一緒になって見ている夢、なのかもしれないとたまに思ってしまうんです」
「……それでも別に良いだろ。仮に共通であれ個人のものであれこれが夢なら、どうせいつかは覚めるんだしな」
二人の言葉に頷いている俺がいる。
確かに、今は楽しい。
だからこそ、それを疑いたくなる気持ちも、どうせと言いたくなる気持ちも。
――――だけど。
「二人の言葉、どっちも納得だな。だけどもっと楽しく受け止めていいと思う」
今はなんでだろうか。もっとポジティブに考えていい気がしていた。
……今日の夢で、いや夢に見せかけた何かで出会った『彼女』の言葉があったから、なのかもしれない。
「きっと今は……俺達の休暇なんだよ。
いつかまた、それぞれの困難に向き合うまでに、この世界で英気を養ったり答を探したり自由に過ごせって……異世界行きを後押ししてくれたらしい、俺達の世界の神様のお達しなんじゃないか、って俺は思う。
だから楽しくて良いんだよ、きっと」
「なるほどな。……まぁ俺達の世界の、ならいいか」
「そうですわね。
こちらの世界の神様についてはカミトの件もあって、どうにも複雑ですが」
「いえいえ、そんなに複雑に考えなくてもいいですよ」
「……カミトさん」
突然響いた声に振り向くと、いつものように、いつの間にかカミトさんがそこに立っていた。
彼女はすごく嬉しそうな――晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「私はむしろ、少しトゥーミ様への信心を取り戻してもいいかな、な気分ですしね」
「それは一体?」
「こうして皆に……こんなにも素敵な仲間達に出会わせてくださったから、です。
後押ししてくださったバーレト様にも感謝です」
推しからの真っ直ぐなその言葉に、俺達は思わず「うへへへ……」と揃えって気持ち悪い照れ笑いを浮かべた。
いやぁ自分でも気持ち悪いと思うよ、これ。
でもカミトさんは全く気にする様子なく、むしろより優しい微笑みを浮かべてくれた。
「で、今日はどうしましょうか?」
「魔物を退治しに行く、のもいいと思うが、もう一日くらい休んだ方がいいかもな。
俺以外心身に負担を掛けてたり心配要素があったりだから」
「俺は良いけど、二人が心配だからな、同意」
「私はいいですけど、ユージとカミト様が心配ですからね」
「私は構いませんが、憂治君とアリスも心配ですし、懸斗君も気疲れがあるでしょう? 頑張ってくれてましたから」
そうしてそれぞれ口にした意見に「「「「……」」」」と間を置いた後、俺達は笑みを交わし合う。
今更でなんだが、やっぱり俺達はすごく気が合うらしい。
そして、それがまた、正直にすごく嬉しかったし、楽しかった。
「じゃあ、今日までお休みってことで。
――それはそれでどうしようか? どっかに遊びに行く?」
「ああ、そう言えば、話しておきたい事がありました」
「なんだい、姐さん」
「いつまでもパーティー名を決めていないのは不便だと腰掛亭のマスターから言われていたので、そろそろ決めるのはどうでしょう」
「いいですね。……皆なんか意見ある? ちなみに俺はないから、決定に従うよ」
「……私から一ついいですか?」
「どうぞ、アリス」
「蒼穹、という言葉は入れたいですわ。
この間、あのクソの攻撃をユージが空に撃ち返した瞬間、すごく綺麗だなって思ったんです」
「ふむ。という事はそのまま蒼穹神歌でいいんじゃないか?」
「いやいやいや、みんなのパーティー名でしょうが。なんで俺の神域到達名になるのさ、なんか俺が照れ臭いじゃない、ソレ。ぶっちゃけ蒼穹だけでも恥ずかしいのに」
「さっき決定に従うって言ったから、ユージの意見は却下ですわ」
「ひどっ」
そうしてワイワイとボケとツッコミを応酬しつつ、意見交換を続けていると。
「……凱歌」
真剣に考えていたカミトさんが小さく呟いた言葉に、俺たち全員は動きを止めて注視した。
皆の視線をまとめて受けたカミトさんは照れ臭そうに、咳払いをしてから言葉を続けた。
「蒼穹凱歌、というのはどうでしょう」
「姐さん、その心は?」
「私達はそれぞれに抱いていく目的や夢や辿り着く場所があったり、できたりしていくと思います。
ささやかな事から遠大なものまで、きっと幅広く、たくさんに。
それぞれそれらを叶えたら、やったぞ、できたぞ、嬉しいね、と皆で楽しく語り合いましょう。笑い合いましょう。
それこそが私達なりの、馬鹿な私達なりの凱歌。
それを蒼穹……空の果てに届くほどに積み重ねていく……そういう心意気を込めて、考えてみましたがどうでしょう」
「蒼穹凱歌……かっこいいですわ!」
「うん、いいと思うぜ」
「……いや、まぁ……なんというか、みんながそれでいいなら」
「じゃあ、決まりですね」
そうして俺達のパーティー名は決定した。
俺達の凱歌は果たして空の果てに届くのか、それは正直分からない。
だけど、仮に届かなくても、ここにいる皆と凱歌を積み重ねていく時間はきっと楽しいだろう。
「俺達の異世界召喚生活はこれからだぁ――!!」
「おぉー!!」
「アリスも懸斗もテンション高いなぁ……おー!」
「私は召喚されてないですけど、おー」
ちなみに、空には届かなくても店の中には届きまくったので、全員腰掛亭のマスターに怒られた。
……まぁこれもまた一つの楽しい時間達成の凱歌という事で。
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