第20話 ゆがんだもの
「体の具合はどうですの?」
腰掛亭の片隅、俺達的にはすっかり指定席なつもりの……いつも来店した時空いている席なので積極的に使っている……席で、アリスが心配してくれた。
あの戦いから三日が過ぎていた。
名前も知らないどうでもいいあの男を倒した後、皆で笑い合った直後、俺・
その後、皆が様々な事後処理というかそういったものに追われている間眠りっぱなしで申し訳なかったのだが、三人共「一番の功労者だから」と笑って許してくれた。
……あの力に関しては今の所俺的には借り物感が強くて、功労と言われると首をひねらざるを得ない。
自分も他人も余裕で助けて、見返りがなくても鼻で笑えるような、心身ともに強い人間という目標はまだまだ遠い気がした。
さておき、あれから何がどうなったのか。
まずあの男。
鎧を破壊された事もあり、完全に意気消沈していたが……それはそれ、約束は守れ、ときっちり謝罪させたという。
そして今後の事については、今回一番侮辱されたカミトさんが、
「今回のあれこれですが……貴方の事です。どうせ証拠は残してないんでしょう。
私達が火竜を倒した事、貴方の企み、暴走、そして敗北。
私達は事実そのままにギルドに報告しますが、どうせ十年前と同じくもみ消すんでしょう? 好きになさってください。
もう正直、私は貴方の事も、過去の事もどうでもいいです。
今回の事も含めて、私の事だけであればあることないこと好きに吹聴すればいい。
私は……私をちゃんと見てくれる人たちが、私を受け入れてくれていますから、それで十分、どころか十二分以上大満足です。
ただ……真実と違う風説が流れた時は、貴方をウジ虫以下、ゴミ以下の恥知らずと認識するだけです。
ああ、ウジ虫やゴミに失礼ですね。表現はもっと検討しなくちゃ」
と清々しい笑顔で言い放ち(見たかった……)男も震えあがっていたので、丸く収まった――と言いたい所なのだが。
実は、男のファンの一人が親切で鏡の精のバックアップを準備、私達の敗北する姿を確実に記録しておこうとあの決戦の場所に訪れていて――結果、あの時の全てを目撃してしまったらしい。
傍若無人なれど民はしっかと守る英雄である、と男を認識していたそのファンにとって、あそこで展開されていた状況はその価値観を破壊するに十分だっただろう。
……なんというか、俺達に非はないが、それでも心苦しく思う。
そうして真実を知ったファンは大いに怒り狂い、記録の内容――真実について手当たり次第に周囲に暴露しまくった上でギルドに証拠として送り付けたという。
その証拠品がどうなったのか、これからどういった処断がされるのかはわからない。
あの男についても、この街を去った事は分かっているが、その後の足取りは不明らしい。
ただ少なくとも、あの男がこの街に現れる事は二度とない、二度とできないだろう。
そんな顛末になった故か、当初腰掛亭所属の冒険者達の、眠っていた俺を除く三人への注目は色々な意味で熱かったという。
だが、ギルドとしてはこの件を今のところ大騒ぎにしたくないらしく――功績ある著名な召喚者にして冒険者の暴走を流布したくないのは当然だろう――昨日の朝、俺達への理由なき干渉を禁じるというお触れを出した。
何がどの程度理由なき干渉なのか正直対応に困る内容で、冒険者の皆は大いに困惑していたという。
ともあれ、戸惑いも含めてお触れの効果は小さくなく、それにより大体の所で俺達の日常が帰ってきた――かろうじてそう言える位の状態になったのだという。
少なくとも、カミトさんへの負の感情による視線は、あの決戦の日までがピークで、今はほぼ存在しなくなったらしい事に俺はただただ安堵した。
とは言え、まだ完全とはいかず、微妙に残る俺達への僅かな注目にこそばゆさを感じながら、俺はアリスに笑って答えた。
「悪くはないよ。ただステータスが変な事になっちゃってさ」
「そんな事言ってたな。見せてくれよ……ああ、なんか変になってるな」
俺のステータスは、あれ以後、以前の数値に+500とされているのだが、状態異常の項目に『不完全回復』の文字が表示されて、+500された数値の横に赤字の+100~250の数値も表記され、ゆるやかにだが絶え間なく点滅していた。
中には数値自体が見えなくなったもの、文字化けしてしまったものもある。
カミトさんに引きずられた先で全ての事情を説明した上で見てもらった魔術医曰く、今の俺は神域に到達して、それを使った因果として必要な数値に便宜上引き上げられているが、本来はそのステータスになっておらず、奇跡の欠片を受け止める為に強引に拡張された数値も完全に回復しきっていない、歪な状態らしい。
顕著なのは魔力で、全快すれば魔力13565だが、現状は900程しか回復……溜まっていない。
もう一度奇跡の欠片を使えばおそらく全快できるらしいが、それまでは自然治癒で徐々にステータスが回復するのを待つしかないとの事だ。
「ふむ、私達の今後の目標の1つですわね」
改めて事情を説明すると二人は、うんうん、と頷いた。
「奇跡の欠片を見つける、か。面白そうだな」
「いやいや、それは俺の面倒ごとだからさ。皆が気にする事じゃないよ」
「ついでだよついで。これからも暫くは一緒なんだしな」
「そういう事ですわ。冒険のついでに探す位なら気にならないでしょう?」
「……。あー……その、ありがとう、二人共」
「「どういたしまして」」
「っていうか、俺の事よりアリスこそ大丈夫なのか?」
照れくささもあったが、それ以上に訊きたいと思っていた事を口にする。
あの野郎に神事術を叩き込んだ影響を、俺達は心配していた。
本当に魔術が使えなくなってしまっていたら……そんな危惧を笑い飛ばすように、あっけらかんと彼女は言った。
「それが全然普通に使えますのよ。ほら」
言いながら彼女は指先に僅かな光の魔法を点滅させて見せた。
続いて見せてくれたステータスも何の異常もない。
俺のように赤くなったり点滅していたり全くなく、ごく普通のステータス画面だった。
「ふーむ、そんなデメリットがそもそも存在してなかったって事なのか?」
「あるいは、あれは攻撃には該当していなかった?」
「ふふふ、あのクソ野郎が倒すべき悪だったから、システムにお目こぼししてもらえたのかもしれませんわね」
真実は神のみぞ知る、なのかもしれない文字どおりの意味で。
「ま、それはそれとして転職予定には変わりないので、それまでは皆様に付き合っていただくつもりですわ」
「それは全然いいぜ」
「かく言う懸斗は何かないのか?」
「そうですわよ。私やユージだけでなく、貴方も何かしなくちゃいけないこととかないんですの?」
「……特には思いつかないな。ま、俺はさ、お前らと一緒に楽しく馬鹿が出来れば結構十分満足なんだわ」
「ケント……ふふ、そうですわね。楽しくしましょう。馬鹿かどうかはともかく」
「ああ、そうだよな。楽しくやってこう。馬鹿かどうかはともかく」
「いや、お前らわざわざ否定してるけど、結構馬鹿だからな?」
「ええー? それはないですわね」
「具体例を挙げろよ、具体例を」
「今こうして一緒につるんでることそのものがそうじゃないか?
無謀な事とか、いらぬお節介とか、色々そうだろ?」
「マジレスするな」
「否定し難いでしょうが」
そうして笑い合う俺達だったが、その最中でアリスが小さく息を吐いた。
「今って、楽しいですわね……でも楽しいからこそ思うんです。
……私達が今ここにいる事って現実逃避なんでしょうか?」
そう呟く彼女は、遠い眼差しでここではない何処かを眺めているように思えた――。
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