第19話 ちかくてとおいせかいでのかいこう

「こんにちは」


 そこは雪原だった。辺り一面、白い世界が広がっている。

 だけど、所々雪がない場所には、俺・山田やまだ憂治ゆうじが立っている場所には地面がない。

 しかし、俺は確かにそこに立つ事が出来ていた。……あの時と違って、尻餅をつく事はなかった。いや、ビクッて足は震えたけど。

 薄暗い夜から朝に代わる瞬間、雪が降り続けている、ここはそんな世界だった。


 その世界の中心で、一人の女性が小さな扉の前に立っていた。

 先程声を掛けてきたのはその女性なのだろう。

 女性にも少女にも見えるその人は、不思議な衣装を纏っていた。

 魔法少女、様々なヒーロー……そういったイメージを綺麗にまとめたデザインを大人向けに落とし込んだ、白と黒、金色で彩られた姿。

 目元だけを隠す仮面を装着しているその女性は、こちらに穏やかに微笑みかけながら言葉を続けた。


「今回貴方がここに到達したのは正規の手段ではありません。

 あ、いや、それを責めているわけではないのです。

 むしろあのような形でここまできたあなたを、私は心から尊敬します。山田憂治さん。

 ただ、正規手段でないので、到達の力を今後自由に扱えるわけではありません。

 その事をお伝えしておこうと思って。

 ただ、その手に握る神具はある程度自由に使えるはずです」


 ふと気が付くと、俺は右手に到達した時に手にしていた弓を握っていた。


「それは到達した証明であり、通行手形であり、貴方を導く力でもあります。

 力の事で迷った時は、その子に問い掛けてください。

 ……話は変わりますが。

 貴方が倒した彼の事、申し訳なく思います。心からお詫びを」


 そう言うと彼女はしずしずと地面に座り込み、俺へとむけて土下座した。

 唐突な事、思い当たる事がない事などもあり、戸惑う俺に、ゆっくりと顔を上げて彼女は言った。 


「最初は彼も貴方と同じで、理不尽に憤るものだったのです。

 だから、あの世界で、答を見つけてほしかった。

 でも結果、彼は理不尽に抗うために、歪な理不尽になる事を選択してしまった。

 ……すみません、貴方にとっては余分な情報だったかもしれませんね。

 彼を許せ、などとは言いません。

 ただ、そういう時代が彼にもあった事を知ってほしかったのです。

 では、本当はお話したり、お茶を出したりしたかったのですが、時間の限界です。

 今回は貴重な時間にお邪魔して申し訳ありませんでした」

「貴方、あなたは一体……?」


 世界そのものが遠ざかる気配の中でようやく口を開き、問い掛けると彼女は言った。


「ああ、すみません。一度お会いしたつもりになっておりました。

 私は貴方と同郷、同じ世界の、世界や皆さんの事をつい心配し過ぎてしまう、ただのお節介焼きの女です。

 彼の方……トゥーミは私の事をバーレトと呼びます。

 貴方の異世界生活が、良きものでありますように。

 それではどうかお気をつけて」


 そう言うと、彼女は小さく手を振って……そこで世界は黒く暗転した。

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