第5話 感情の形

「ふーん。そんなことがあったんだ」

 翌日。レストがわたしたちを助けてくれたこと、そのレストが時計塔の異能者であること、そしてプシュケーを探して欲しいと頼まれたことを彩芽に話していた。

「うん。彩芽ちゃんは時計塔の異能者って聞いたことある?」

「うん。とは言っても、この辺で有名な都市伝説みたいなものなんだけどね。この街の時計塔にはとても強い異能を持つ異能者が幽閉されてるっていう。あたしもよくお母さんに言われてたなぁ。その力で悪いことをすると時計塔の異能者に連れていかれちゃうよ、って」

「それ、もしかして時計塔の異能者伝説?」

 教室へと入ってきたミユと優菜。優菜を引きずりながら席へと座らせる。

「あ、ミユ、アサギちゃん。おはよ。ディアちゃんがね、時計塔の異能者に会ったんだって」

「へぇ。都市伝説だとおもってたんだけど。でも、確かに時計塔もあるし異能者もいるなら、時計塔の異能者が存在してもおかしくはないわね」

「それ、うぐいすとパンがあるからうぐいすパンがあるって言ってるのと同レベルだからね?」

「実際あるじゃない。うぐいすパン。私は好きよ」

「でもミユ~。かっぱ寿司はあるけどカッパはいないよ~」

 優菜が眠そうに枕を抱えながらツッコミをいれる。

「それは因果が逆じゃないかしら?アサギ」

「それ言っちゃったら、そもそもうぐいすパンにうぐいすは入ってないんじゃないかな…… 」

「……話が逸れちゃうわ。で、時計塔の異能者がどうしたって?」

「うん。どうやらディアちゃんに探してほしいプシュケーがいるんだって。探すのに風の異能が必要らしくて」

「そんなプシュケー、私は聞いたことがないのだけれど」

 ミユがミルクティーの紙パックにストローを刺しながら言った。

「そもそも本当にその人が時計塔の異能者なのかどうかも分からないし、だいたい自分でそう名乗るのも怪しいでしょ。時計塔の異能者なんてこの辺じゃ有名な話なんだから」

「けど、その人が昨日あたしたちを助けてくれたのも事実だよ?」

「別に証拠にはならないでしょ。確かに不思議な能力だったけど、私たちが知らないだけでそういう異能があったって不思議じゃないわよ。まぁ、いいわ。ディアちゃん、プシュケー探しを受けるのはいいけど、相手の素性が分からない以上、完全に信用するのは良くないわ」

「ディアちゃん。ミユはね、ああは言ってるけど単にディアちゃんのことを心配してるだけだから気にしないで」

 ミユが咳き込みながらストローから口を離す。

「ちょっ、彩芽!違うから!ああもう、とにかく、危なくなる前に私たちに連絡すること。チームメイトなんだから、ディアちゃんだけで抱え込むんじゃないわよ」

 顔を赤くしながらミルクティーを飲むミユ。丁度よく始業のチャイムも鳴り、山和先生が入ってくる。

「おはようお前ら!今日も元気か?眠り姫は…… 今日も寝てるな、いつも通り!」

「ゴリ山~。寝てるの分かってるならせめてもう少し静かにして~」

「おー眠り姫。こっちは起こすためにやってんだよ。さぁ枕をしまってくれ。頼むからしまってくれ」

「仕方ないなぁ~」

 優菜は渋々と枕をしまうと、ブランケットを被る。

「一緒じゃねぇか。まぁいい、眠り姫はいつものスタイルだし授業始めるぞ。っと、その前に。昨日プライオレンスを仕留めた4人はお疲れ様。栗原の嬢ちゃんにアリス嬢ちゃん、眠り姫にミユ王子だっけか?」

「誰が王子ですか!まぁいいですけど…… 」

「ガハハハ、ま、とりあえずお疲れさん。さて、せっかくだから今日はこのプライオレンスの話でもするか」

 山和先生は、少し部屋を暗くすると、ホログラム投影装置を出す。投影されたのは、プライオレンスだった。

「さて、このプライオレンスだが、発生する原因を知っている人はいるか?」

 しんと静まる教室。

「ま、こいつは新種…… というか、ここ数年で特に増え始めた種類だから無理もないか。こいつは家庭内暴力…… いわゆるDVから生まれた存在だな。プライドが高く、攻撃性の高い感情がもとになっている存在で、"プライド"と"バイオレンス"の2つの単語を組み合わせて名付けられたプシュケーだ。特質は凶暴性の発現と異能抑制。凶暴性の発現に関しては、プシュケーの元となった感情をトレースしてまき散らす性質だ。俺たちはともかく、プシュケーの影響を受けやすい一般人はこれが大きな脅威でな。長時間さらされると本来の性格まで変わってしまうという恐ろしい作用がある。異能抑制に関しては…… そうだな、プライドの高さに由来する、優位性を持とうとする性質が変性したものだと考えられている。相手を依存させたい、自分が思うままにしたい、みたいな感情がこうやって反映されているわけだな」

 ホログラムの投影を切ると、部屋を明るくし、ホワイトボードに「現代社会病理」と書いた。

「典型的な成り立ちのプシュケーだな。プシュケーってのは社会病理に意外と関わりがあるんだぜ。興味があるヤツは心理学や精神医学勉強をしてみるといい。俺は全く分からんかったけどな。ガハハハ」

「ゴリ山!しつもーん!」

「おうどうした栗原の嬢ちゃん」

「その…… 社会病理ってのは具体的にどんなのがあるんですか!」

「お、気になるか。よし、そんじゃ軽く書き出していくか」

 ホワイトボードにさらに書き込んでいく。

「代表的なものといえば、うつ病だろうな。悲しい事に現代では多くの人がうつ病だと言われている。もちろん程度の重さは分かれるだろうがな。君たちもまぁ…… ほんの少しくらい抱えているかもしれない。なにせ若者に特に多い症例だしな。他にも、何かに依存している、というような症状も数えられることが多いな」

「それってアルコール依存症、みたいなやつですか?」

「もちろんそうだ。だが、物質だけじゃなくて恋愛依存や空想依存といった概念的な依存もある。まぁ、正直こっちの方が厄介だと思うけどな。とにかく、プシュケーってのはこう言った人間の感情の実体だよな。だから特質もそれに寄ったものになりやすいのさ」

「でも先生、例えばティアフォスは主に悲しみの感情から生まれるのに特質は麻痺鱗粉じゃないですか?悲しみと麻痺鱗粉ってあんまり関係ないような気がするんですけど……」

「アリス嬢ちゃん、いい目の付け所してんな。そうだ、ティアフォスは確かに悲しみの感情から生まれるプシュケー。しかしこいつはプライオレンスのような1人の人間の感情から発生するものではなく、複数の人間の感情の集合体。いわば複数の悲しみから生まれるプシュケーなんだよ。こういったプシュケーは形成された姿の特質を得ることが多い。あくまで感情の性質はエッセンスでしかないんだ。それが、涙の毒蛾ティアフォスってわけさ。だからこいつの特質は、鱗粉をベースに感情の毒の一種である感覚麻痺のエッセンスを混ぜ込んだものだ、という分析結果が出てるってわけよ。さて、前置きが長くなったが今日の授業はプシュケーの成立に関しての話を── 」


 ***


「というわけで、俺が子供ん時から変わらんプシュケーもいるし、姿や特質が変わってるヤツだっている。プシュケーってのは何度も言うが感情を元にしたバケモンだ。俺たちの感情が時代に沿って変わっていくように、プシュケーの在り方も変わってんのさ。もしかしたら、人型のプシュケーなんかもそのうち出てくるかもしれないぜ?っと。もうこんな時間か。今日はここまで。次回のプシュケー学の時間はもうちょっと詳しく解説するぞ。じゃあお疲れさん。次の授業は……異能学か?楽しそうだな。みんなちゃんと聞けよ」

「はーい!ありがとうございましたー!」

山和先生が教材をまとめ、教室を去る。

「ねぇ彩芽ちゃん。異能学って何するの?」

「あそっか。ディアちゃんは異能学やるの初めてだっけ?」

「うん。向こうには無かったかな」

「んー。異能学ってのはまぁ……私たちの異能の使い方を研究するっていうか……」

「いわゆる新技開発タイム〜。だよ〜」

 優菜が枕を抱きしめながら補足する。

「新技……?」

「そう〜。分析が得意な先生に力を見てもらって、自分の異能をより深く知る授業なんだよ〜。出力の調整法とか、新しい使い方とか。そう言うのをいろいろ試す時間〜」

「そ。ミユの千撃一断エンハンス・サウザンドもそこで習得したってわけ」

「出力の調整が安定しないから苦労したわ。何度訓練用ダミーを粉砕したことか」

 やれやれと言うようにミユが首を振る。

「とにかく、今後プシュケーと戦う上でより有利になるように能力を開発する授業ね。アサギですらこの授業だけは真面目にやるのよ」

「アサギちゃんはいつでも真面目だよ〜」

「真面目な人に眠り姫なんてあだ名はつかないわよ」

 ミユと優菜は顔を見合わせると、笑い合う。

「ほら、遅れないようにさっさと行くわよ。私はこの時間大好きなんだから」

 ミユは訓練着が入った鞄を抱え、楽しそうに教室を出ていった。

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また明日、時計塔の下 水那月 ルシエ @Lusieh_Rusieh

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