第4話 時計塔の異能者
目標のプシュケーを観察している裏路地。小さな一軒家ほどある4足の獣型で、獅子の顔、蛇の尾を持ったプシュケーが街路樹を薙ぎ倒していた。
「こちらミユ、一般人の避難は終わったわ!今から合流する!オーバー!」
「こちらアサギ〜。目標確認したよ〜。オーバー」
「グァウ……グアァァァァアッ!」
通信機から聞こえる声は、プシュケーの雄叫びによりかき消された。
「うっ…… 何…… この嫌な感じ…… ッ」
彩芽はハンマーを支えにふらふらと座り込む。
「彩芽ちゃん、大丈夫!?」
「うぅ…… 大丈夫。でも気をつけて。あのプシュケー、多分私たちの異能を弱める力を持ってる」
「確かに、風がちょっと感じにくくなってるような……」
彩芽が少し重そうにハンマーを担ぐ。
「うっ…… 重い…… 。ごめんディアちゃん、ちょっと負担かけちゃうかも」
「うん、大丈夫。彩芽ちゃんも無理はしないでね。っと、待って、通信だ」
「コール、栗原彩芽、ディア・アリステア。こちら司令部。オーダー情報を更新する。対象識別名“プライオレンス”。以前、同型の存在を確認している。特質は2つ。凶暴性の発現と異能抑制だ。前者は異能者にあまり影響が無いことが確認されているが、後者はかなり危険だ。十分に注意して駆除してくれ。オーバー」
「了解しましたっ。コール、ミユ、優菜ちゃん。聞いてたね?異能に思いっきり頼って戦ってるあたしは今回あんまり役に立てないかも。優菜ちゃんは異能抑制の範囲外からの遠距離砲撃をお願いできる?」
「こちらアサギ〜。もらったデータによると500mは異能抑制あるみたいだからちょっと移動しなきゃかも〜。10分くらいで準備できるよ〜」
「こちらミユ、到着まであと3分ってとこ。それまでは頼んだわよ。オーバー!」
「了解っ!2人とも気をつけてね、オーバー!よし、ディアちゃん、行こう!」
「うん!私が前に行くね」
「おっ、ありがとうディアちゃん。あたし、この重いハンマー持ちながら動ける自信なかったから助かるよ!」
「そう言うと思った。異能抑制されてるんだから、無茶はしないでね」
「ディアちゃんこそ気をつけてね!じゃ、3つ数えたら飛び出すよ。3…… 2…… 1……」
地面を蹴る。今日は風の声が聞こえない。こちらに気付いたプシュケーが牙を見せ、前足を振り上げる。
「彩芽ちゃん!」
「任せて!」
振り下ろされる爪を彩芽がハンマーで受け止め、振り上げる。その隙に踏み込んで足元へと滑り込むと蛇の尾が待ち受けていた。
「キシャアッ」
少し威嚇するように鳴いた尾は、自らの体を鞭のようにしならせ振り回す。
「きゃあっ」
振り払ったレイピアが、蛇の体にぶつかり弾き飛ばされる。投擲ナイフを投げながら後ろへと飛び退いた。同時に飛び退く彩芽がレイピアを掴んでいる。
「はい、ディアちゃん」
「あ、ありがとう。このプシュケー、やっぱり頭と尻尾で別々に思考してるのかな」
「そうみたいだね。分散しちゃうと不利だからせめてミユと合流できれば……」
「コール、彩芽っ!こちらミユ!ごめん、プシュケーが暴れた跡で道が崩れちゃってる!別の道探すからもう少しだけ待って!オーバー!」
「こちら彩芽!了解!苦戦してるからできるだけ急いで!オーバー!…… 聞いたね、ディアちゃん。ミユはちょっと遅れるって」
「うん。せめて風が使えれば…… 」
一瞬だけ風がざわめく。その方向を見ると1人の少年が佇んでいた。ボロボロの服に白い髪、赤色の目。
「どうしたのディアちゃん…… って、あれ、まだ人が残ってる!?」
「…… 」
少年が何かを呟く。
「キミ、危ないよ!ここには精神汚染持ちのプシュケーがいるから……」
「大丈夫。僕に任せて」
少年がプライオレンスに向かって歩き始める。プライオレンスが少年に気付いた途端、怯えるように後ずさり始める。
「コール、彩芽ちゃん〜。こちらアサギちゃん〜だよ〜。なんか急に異能抑制が消えたみたいだけど何かあった〜?」
「あー、えっと、こちら彩芽。なんか不思議な男の子がプライオレンスに近づいたら動きが止まったの…… って、あれ?ほんとだ、異能が使えるようになってる?」
ハンマーを軽々と持ち上げる彩芽。
「よく分かんないけど、反撃のチャンスってことだね。ディアちゃん、優菜ちゃん、援護よろしく!」
「はいっ!」
「分かったよ〜」
駆け出す彩芽の後を追う。振り下ろされた爪を彩芽が受け止め、跳ね返す。
「はぁっ!」
首の根本にレイピアを深々と突き刺す。
「うぅ、やっぱり届かないかぁ」
外殻から直接プシュケーの核を狙ってみたものの、その巨体のせいか届く気配がなかった。レイピアを引き抜き、体勢を整える。
「ディアちゃん〜、離れて〜」
外殻を蹴って飛び退こうとするが、蛇の尾が逃すまいと脚へと絡みつく。
「……っ!?きゃあっ!?」
迫る砲弾。わたしを盾にするかのように前へと突き出される。宙吊りにされたわたしは、スカートを押さえながらレイピアを振り回すが、器用に避ける蛇には当たらなかった。
「まったく、油断は命取りよ」
ふと重力を感じ、落下していることを悟る。するりと腕が伸びて抱き止められる。
「ミユちゃん!」
「ミユ!」
「お待たせ、ディアちゃん、彩芽」
響く轟音。優菜の放った砲弾がプライオレンスの外殻を破壊し核が剥き出しになっている。ミユはそっとわたしを下ろすと、優菜のいる場所を確認していた。
「待ってなさいよ。オーバー。じゃ、彩芽。後は頼んだわよ。私はその辺で動けなくなってるアサギを回収しに行くわ」
「うん。ありがと。それじゃあ……」
彩芽がチラリとこちらを見た後、ハンマーを両手で持って走り出す。
「風よ!」
踏み切った彩芽が勢いよく飛び上がる。風に乗り空高く打ち上げられる。
「エネルギー保存則ぅっ!」
プライオレンスの核にハンマーが振り下ろされる。キリキリと軋むような音の後、パリン、という音が響き、核は砕け散っていった。残っていた外殻も霧散していく。
「こちら栗原彩芽。対象プシュケーの駆除を完了。他3名と合わせてオーダーコンプリートを申請します。オーバー」
「こちら司令部。駆除対象プシュケーの消滅を確認した。オーダーコンプリート受理。後ほど報酬を届けておく。よくやったな。オーバー」
彩芽と顔を見合わせて微笑む。ぱっと片手を上げ、ハイタッチ。
「いやー、危なかったね。なんとか勝利っ!」
「うん。異能抑制があるって聞いた時にはどうなるかと思ったけど、なんとかなってよかった」
「そういえば、あの男の子なんだったんだろう?プシュケーの能力を打ち消したみたいだったけど。ディアちゃんの知り合い……じゃなさそうだもんね」
「うん。さっきカフェを出た時に見かけた子なんだけど…… 初めて会ったと思う」
「んー。そっか。まぁ助けてもらったしお礼を…… ってあれ?いなくなっちゃった?」
振り返ってみると、つい先ほどまでそこに居たはずの少年は姿を消していた。
「風で探してみようか?」
「うーん。もしかしたらあの子にも事情があるかもしれないからそこまでしなくてもいいんじゃない?」
「それもそうだね。さて、今日は疲れたし帰ろっか。優菜ちゃんとミユちゃんにも連絡しとくね」
「うん、ありがとうディアちゃん。じゃ、また明日ー!」
「またね!彩芽ちゃん!」
***
ミユと優菜に連絡を済ませ、1人歩く帰り道。妙な風のざわつきに足を止める。
「…… 誰かいるの?」
なんとなく不安に思ったわたしは、ふと声をかけてみた。少し離れた陰からふらりと出てきたのはさっきの少年。
「……」
「えっと……あなたは?」
「……僕?僕の名前は……レスト。えーっと。えーっと、ごめんなさい……」
怯えたように隠れる少年の名は、どうやらレストというようだった。
「レストくん、でいいのかな。レストくんはわたしに何か用があるの?」
「あ…… えっと、僕、その…… 時計塔の異能者……。風の異能、ディアさんを探してて…… 見つけたから…… その……」
「時計塔?」
「あ…… うん。この町に…… 時計塔があるよね……?あそこ、僕の家……」
「えっと……話が見えてこないんだけど……」
「……」
レストはぎゅっと目を瞑り、息を吐く。
「まったく、キミに任せてたらダメだな。ボクが代わりに説明するけどいいかい?」
人が変わったように明るい声を出す。
「ああ分かったとも。というわけで改めてこんにちは、ディア・アリステアさん。ボクはレスト・カルドリウス。異能は…… まぁ、仲良くなったら教えてあげるよ。…… ああ、ごめんね。ボクたちはいわゆる多重人格ってやつでさ。いろんなボクがいるけどまぁそのうち紹介するよ」
「ええと、よろしくお願いします……?」
「困惑するのも無理はないよ。レストったら大事なこと何も話さないんだから。さて、というわけでディアさんにちょっとお願いがあってさ」
「お願い?」
「そう、お願い。ボクたちはとあるプシュケーを探してるんだけどさ。ディアさんに手伝ってもらいたいんだ」
「わたしに?」
「そう。風の異能に類する力を持つ人じゃないと見つけられないやつなんだ。気が向いた時に探す、くらいでも問題ないからさ。嫌だったら断ってもいいし」
「うん。分かった。わたしで良ければ手伝うよ」
レストは少し驚いたような顔をする。
「断られるかと思ってた。そっか、ありがとう。それで、探して欲しいプシュケーなんだけど…… なんて言ったらいいかな」
レストは慎重に言葉を選んでいるようで、考え込んでしまった。
「うーん。うまく伝えられないや。まとまったら教えるから、それまでは気にしないで。用があったらボクから会いに行くから。それじゃ、よろしくね。ディアさん」
レストが走り出したかと思うと、すぐに曲がり角を曲がって消えていった。その姿は、風でも捉えることができなかった。
「あ、待っていたレストさん。さっきはありがとう!」
伝わったかな、と考える間もなく嬉しそうに風が鳴った。
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