6

 夏休み前の終業式の日。朝の晴天から一転、雨が降り始めた。体育館で校長先生が話している時はくそ暑かったのに、今では外は暗い。バタバタと雨が廊下の窓ガラスに打ち付けている。

 人込みの中で手を振っている本田真仁に近づいた。

「明日から夏休みか。しばらく会えないね」

 僕がそういうと、彼も寂しそうに「そうだね」とため息を吐つく。

「しかもいきなりの雨だし、傘持ってきてないや」

 私持ってきてるよ。喉まで出かかった言葉を飲み込む。

「私も、持ってきてない」

 本当はロッカーに折りたたみ傘があるのだけれど、言わないでおく。

「じゃあさ、一緒に走って帰ろ」

 本田真仁は窓に手をかけた。

「こんぐらいだったら大丈夫でしょ」

 僕も窓に触れてみる。冷たい。

「走るのは嫌だな」

 僕は半歩だけ、彼に近づく。肩が触れるか触れないかの距離。二人の息が窓ガラスを曇らす。白いぼやけた円が二つできて、窓からの景色を遮断する。

「じゃあ、歩いてもいいよ」

 彼は事もなげに言う。その言葉のために、傘を忘れたふりをした。傘を理由にしなくても一緒に帰ってくれるかどうか、確かめたかった。

 折りたたみ傘のある僕のロッカーを通り過ぎて、昇降口へ。傘を忘れた人たちが雨の中に飛び出すのを躊躇している間に、僕らは歩きだす。

 僕らの少し前に、相合い傘のカップルがいた。一本の傘を理由に、肩を寄せ合って歩いている。男の子の方が、風邪引いちゃうといけないから、なんて女の子に言って、気恥ずかしさを隠している。傘を持っている男の子は、女の子に傘を寄せすぎて左肩が濡れていた。

 僕らは、雨の中笑っている。

「明日風邪引いちゃうね」

「もういいよ、明日から夏休みだし」

「制服もどうせクリーニング出すから」

 制服のスカートも、ベストも、その下のワイシャツもすぐずぶ濡れになった。僕は濡れた長い髪を持て余していじっていた。彼も濡れてぺったんこになった髪で笑っている。

 傘なんて理由がなくても、彼と一緒にいられること。濡れてまとわりつくスカートが気持ち悪くても、風邪をひいても、彼と一緒に居る方が楽しいこと。

「やっば、目に雨粒入った」

「髪ぺったんこだよ、本田君」

「気にしない気にしない」

 嬉しかった。靴の中もぐちょぐちょで、やけくそになって水たまりを蹴ったら彼もすぐ真似をした。曇天と暗い雨粒の中、君と僕だけは一番光っている。

 だんだん無口になってきた頃、いつもの交差点が見えてきた。車が角を曲がって、水を跳ねていった。


 どちらからともなく立ち止まる。

 しばらく会えない。その事実が、僕らの心を濡らしていた。

「石崎さんにさ、言いたいことがあるんだ」

 張り詰めたような彼の声が、雨の雑音の中はっきり聞こえた。

「なに?」

「こんなこと言ったら、嫌われるかもしれないけど」

「言ってよ」

 彼は、僕に向き直る。一呼吸置いて、彼はまっすぐ僕を見て言った。

「好きなんだ、石崎さんのこと」

 私も。

 雨の音と、誰かの笑い声と、車の音。おなかの下辺りがだんだん冷えてくる。

 言わなきゃ。彼は、言ってくれたんだから。

 僕は男の子だけど、君が好き。それだけのことだけど、はっきり伝えなきゃ。

 君のこと王子様だと思ってた。でもほんとは不真面目な人だった。雨でびしょ濡れのぺたんこ髪で告白してくるような奴だった。

 それでも、僕が男の子になりたいこと、気づかせてくれたから、君はやっぱり王子様なのかもしれない。

「僕も、本田君に言いたいことがある」

 「僕」という一人称が自分の口から自然に出てきたことに驚いたけど、僕は続きを話し始めた。

 怖いけど、言わなきゃいけないこと。

 これが僕の、人生最初の恋で、人生最初のカミングアウトになる。


 Fin.

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僕は男の子だけど王子様に愛されたい @yrrurainy

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