自由の森に隠した物

帆尊歩

第1話 かつての大統領の記憶

僕は夢を見ている。

これは絶対に夢だ。

自分で夢が分かる時がある。


消炎の匂い。

催涙弾。

倒れる仲間。

それを乗り越えて、僕らは先に進む。

自由、自由、自由。

それは、スローガンであり、合い言葉。

この言葉で僕らは一つになれる。

仲間が次から次に倒れる。

そして最愛の恋人も、彼女は僕に自由な世界を作ってと言って、僕の腕のなかで息絶えた。僕の中で燃える思いが広がる。

必ず現政府を倒す。

その時意識がぼやける。

やはりこれは夢だ。

僕は夢から覚めるのか。


「大統領、大統領。目が覚めましたか」えっ。大統領?誰のことを言っている。

「あなたの事ですよ」言葉は発していないぞ。

「大丈夫ですよ。大統領の体と口はないので、言葉は発せませんが、モニターに表示されているので会話は出来ますよ」

(どういうことだ。僕に何をした)本当だ意志は表明できる。

「記憶は、どこまであります」

(記憶?デモで警官隊と戦っているところ)

「そんな所ですか。これはまいったな。まあ良いでしょう。ではざっとお話をさせていただきます。あなたは革命を起こした。そのリーダーとして政府を倒した。そしてそのまま新政府で大統領となられた」

(自由は手に入れることが出来たということか)

「まあそうですが、でもあなたはその後暗殺された。だからその先は知らないでしょうね。あなたの記憶の膨大なデーターは、そのまま保存されAIに移行された。だからあなたの体はもうないし、厳密に言えば今のあなたの思考はAIが作り出した物です」

(どうして僕はそんな事をされたんだ)

「さあ。(自由の森)党首としてあなたの思考を保存したかったのか、将来、あなたを糾弾したかったのか。何しろあなたが暗殺されて七十年が経っていますから」

(七十年ってなんだ)

「あなたのしたことを是正して正すのに、時の政府は多大な労力を図った」

(今暗殺と言ったな。なぜ僕が暗殺されなければならばならない。正すってなんだ?僕は何をしたんだ)

「何もしていないんですよ。ただ政党(自由の森)を作った。そしてそれを足がかりに時の政府を転覆、あなたは大統領となった」

(それで暗殺されてしまったのか。僕は何をした)

「あなたは自由の森に隠してしまったんですよ」

(僕は何を隠した?)

「義務と責任です」

(義務と責任?)

「自由には、必ず両輪のように義務と責任がついて回る。それをあなたは自由の森に隠してしまった。

この国に秩序はなくなりました。

誰もが好き勝ってに生きてしまった。

犯罪が横行して、弱い者が犠牲になった。

そして政府を樹立して、十年後あなたは暗殺された。

この世を変えないといけないと考える人が出てきた。

それが現政府の初代大統領です。

まあその人もこの世を去り、今は三代目です」

(その人たちからすれば、僕は倒すべき政府の代表者だったと言うことか)

「そうですね。政治体制は二十年かけて正されました」

(僕はそんなことをしてしまったのか)

「そうなりますね。もっとも今の政府はあなたが倒したときの政治体制に戻っただけです。まあ私から言わせれば、どっちもどっちです」

(そもそも君たちは?)

「我々は、自由の森解放同盟です。ああ、勘違いされないように。あなたが作った自由の森とはつながりはありません。名前をもらっているだけです」

(どういうことだ)

「なんだかんだ言っても、あなたはカリスマだ。今の政治体制を覆すには、あなたの名前があった方が良い。七十年も前なので、誰も覚えていないですし」

(ちょっと待て。それで失敗したんだろう)

「いえ、我々は失敗しない。そのためにあなたのしたことを精査した。あなたは致命的な失敗をしたんです。義務と責任を隠してしまった。でも我々は違う。義務も、責任も隠しません。そして従属と、服従も全面に押し出します。

そして今度は自由の森に権利と擁護を隠します」

(ちょっと待て。それでは、僕が倒した政府より改悪するじゃないか)

「そうかもしれませんね。でもそれが政治体制を維持するには必要なんです。

それを教えてくれたのはあなたですよ」


「代表」

「なんだ。そうか分かった」

(なにかあったのか)

「大したことではありません。

敵対組織が攻めて来ただけです。

政権を取るには、政府とだけ戦えば良いと言うことではない。ちよっと行ってきます」



「あなたが過去の大統領の記憶ですか」

(君は?今までここにいた者はどうした)

「ああ、あの世に行って貰いました」

(君たちは何をしているんだ。そこは団結しないと、より良い世界なんて作れないぞ)

「そんなのも、我々はただ支配したいだけです。今あなたの前にいた者だってそうだし、あなただってそうでしょ」

(違う、僕は違うぞ、僕は本当に心から)

「イヤ別にどうでも良いですよ。我々にはあなたは必要ない。申し訳ありませんが、消去させていただきます」


薄れる意識の中で僕は思った。

自由の森に隠されたのは、僕自身だったのかもしれない。

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自由の森に隠した物 帆尊歩 @hosonayumu

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