第5話おまけ②瑠堂様様





フレア・フロウ

おまけ②瑠堂様様



 おまけ②【瑠堂様様】




























 定妙炎家の城主、瑠堂は、大変女性好きであった。


 永晶家との戦が終わってからというもの、瑠堂に対する家来たちの考えも変わり、うつけという言葉は消え去ったのだが。


 「杏里ちゃーん、肌すべすべだねー」


 「沙柚利ちゃーん、もっと近こう寄れだよー。注いで注いで」


 「なんて可愛いんだろうね、俺もう今死んでも後悔ないよ」


 こんな具合なわけであって、家来たちは苦労が絶えなかった。


 常に一緒にいる龍海も、例外ではない。


 「瑠堂様、今日中に見ていただきたいものが・・・」


 「んなの後後。こうして女の子たちといる時間を大切にしたわけだよ。分かる?」


 「はあ・・・。しかし、急ぎのものもありますので、出来ればすぐ」


 「ダメだダメだ。俺は今すぐ死んでも後悔しないようにしたいの。綺麗で可愛い女の子たちに囲まれているのに、それを放って仕事しろってか?馬鹿言っちゃいけねぇよ」


 「はあ・・・」


 もう何を言っても無駄だろうと、龍海は少し遅れることを連絡した。


 瑠堂がうつけという仮面を取り、これまで見てきた情勢や家来たちの行動、周りの城のことなどを口にしたときには、龍海も感心したほどだった。


 しかし、城の修復も終わりを迎え、落ち着いてきたのは良いが、永晶家から女中たちを連れてきた途端、瑠堂の女好きは爆発した。


 今まで我慢していたのかもしれないが、それにしてもデレデレしすぎだ。


 ふう、とため息を吐き、龍海は仕事をする。


 本来ならば瑠堂に見てもらいたい資料も、龍海が確認をしていた。


 家来たちに指示を出すのも龍海で、城主に会いたいを言われても、龍海が代理として会って話をした。


 永晶家が滅んだと知ると、周りの城は定妙炎家と杯を交わしたいとか、手を組みたいとか、そんな話がほとんどだった。


 永晶家は忍がいるとして有名だったが、まさかそんな永晶家に、平和ボケの定妙炎家が勝てるとは思っていなかったようで、次々にどういう戦略を使ったのか、武器はどんなものを使ったのか、人員はどれほどのものだったのか、などなど。


 とにかく、落ち着きを取り戻したのは良いが、龍海の仕事は増える一方だった。


 「ふう・・・」


 仕事が一区切りついたと思えば、もう外はどっぷりと暗くなっていた。


 「もうそんな時間か」


 早く風呂に入って明日に備えよう、と思い風呂場に進む。


 温かい風呂に入って身体を休め、自分の部屋へと戻っていたとき。


 「龍海様」


 「?」


 誰かに声をかけられ、龍海は誰だろうと振り返ってみると、女中のうちの一人だと分かった。


 「あの、お仕事お疲れ様でございました」


 「ああ、いや」


 ぺこりと頭を下げてきた女中だが、はっきり言って誰かさえ分からない。


 瑠堂ならばすぐに名前が出てくるのだろうが、そこまで接点もなかったため、まだ全員の名前は知らない。


 「あの、良かったらこれ」


 「?」


 そう言って女中から手渡されたものは、なにやら甘い匂いがした。


 「これは?」


 「れ、レモンのはちみつ漬けというらしくて、えと、疲れた身体に良いと聞いたものですから、つ、作ってみました・・・」


 「へえ」


 「あ、甘いの、お嫌いでしたか?」


 「いえ」


 どんな味がするのだろうと、龍海はその場ですぐに蓋を開けて、指でつまんで口へと運んで行った。


 指先までしっかりと舐めとると、程良く甘くて酸味もあり、なかなか美味しかった。


 「うん。旨い。ありがとうございます」


 「!!!」


 にこりと微笑みながら礼を言えば、その女中は顔を真っ赤にし、両手を頬に添えた。


 もう眠かったのもあり、龍海は挨拶をして立ち去ろうとしたとき、その女中に裾を引っ張られた。


 「あ、あの・・・!」


 「はい」


 下を向いたまま、しばらくもごもごしていた女中は、何かを決心したのか、急に顔をあげた。


 「お、お仕事している姿、とても素敵です!あの、め、迷惑じゃなければ、これからも、その、時々、さ、差し入れをしてもよろしいですか!?」


 「・・・・・・」


 はて、この女中の前で仕事をしていたのかと、龍海は首を傾げたが、まあ差し入れをしてもらえるならラッキーくらいに思った。


 龍海はその女中に向けてもう一度笑みを向ければ、女中は口をぱくぱくさせる。


 「それは助かります」


 それだけを言って部屋へと戻って行った龍海は、それを見られていたのを知らなかった。








 翌日、龍海がいつものように朝早起きをして溜まっている仕事をしようとした。


 「・・・いかがなさいましたか?」


 「・・・何がだ」


 襖を開けると、そこには瑠堂が一人、黙々と仕事をしている姿があった。


 いつもであれば、あと数時間は寝ているはずなのにと、龍海は瑠堂に近づいて行く。


 そして正座をし、仕事をしようと瑠堂の前にあるそれらに手を伸ばすと、瑠堂に止められてしまった。


 「・・・どういう改心ですか」


 「なんだよ。俺の仕事をしてるだけだろ」


 「いつもならその仕事をしないから尋ねているのです」


 「・・・・・・うるせぇ」


 何があったのか良く分からず、一人では終わらない量だからと言ってなんとか手伝い始めて20分ほど経った頃。


 「龍海さぁ」


 「はい」


 「昨日、陽縁ちゃんに何か貰っただろ」


 「・・・誰ですかそれ」


 こうも人の名前を覚えるのが得意ならば、もっと違うことに有効活用できるのではと思いながら、龍海は手を動かす。


 龍海はそんな人物の名前に心当たりはなく、平然と仕事をしていると、瑠堂はピタリと手を止めて龍海を睨む。


 「夜、なんか貰ってたろ。お前も旨いって言ってた」


 「・・・ああ、あれですか。まだ残ってますよ。瑠堂様も召し上がりますか?」


 「馬鹿野郎!そういうことじゃねえんだよ!!!」


 いきなり興奮し始めた情緒不安定な瑠堂に、龍海は一向に手を止めることはなかった。


 そして、一気にまくしたてるのだ。


 「女の子ってのはさ、優しくされるのが大好きだと思ってたんだよ!一番扱いされるのが良いと思ってたんだよ!なのになんだ!?お前は仕事仕事仕事仕事・・・。だけどその仕事をしてる姿を見て差し入れをするなんて、どう考えてもお前に惚れてるとしか思えねえだろ!!!なんでだ!?俺は精一杯女の子を愛してきたはずなのに、なんで俺じゃなくてお前なんだよ!?俺なんか一回も差し入れなんて貰ったことねぇんだぞ!?」


 「それは瑠堂様が仕事をしていないからです」


 「うるせぇ!俺も差し入れが欲しい!ちょっと恥ずかしそうにしながら差し入れを渡してほしい!だから俺は今日から仕事をすることにした!お前の手助けなんかいらねえぞ!お前はさっさと稽古でもしてこい!!」


 「・・・・・・」


 言いたい事を言い終えてスッキリしたのか、瑠堂はまた仕事に取り掛かった。


 なんとも不純な動機ではあるが、まあそれで仕事をする気になったなら良いかと、龍海は剣の稽古に向かう事にした。


 湿気もある外で一人、着替えてからブンブンと竹刀を振るっていると、汗が垂れてくる。


 タオルで汗を拭っていると、昨日差し入れをされた女中が来た。


 「朝からお疲れ様でございます」


 そう言って、麦茶を用意された。


 「ありがたい」


 龍海はまだ汗の匂いがするだろうと、少し離れた場所に腰をおろし、用意された麦茶を一気に飲み乾した。


 飲んだコップを置こうと横を見ると、距離を置いたはずなのに、その女中はすぐ近くまで来ていた。


 「・・・・・・あの」


 「は、はい!」


 「汗臭いと思いますよ」


 「そ、そんなことありません!と、殿方らしい、素敵な匂いです!!」


 殿方らしい匂いということは、やはり汗臭いのではないか。


 変わった女中だなと思いながら、龍海はもう少し稽古をしようと立ち上がろうとしたとき、またしても裾を掴まれてしまった。


 「あの?」


 「あ・・・!あの・・・えと、お、お稽古している姿も、素敵です!な、なんといいますか、ひ、引き締まったお身体で、わ、私なんかには到底真似出来ない、その、動きといいますか・・・!!」


 「・・・ありがとうございます」


 変な子だなと、龍海は稽古を続けた。


 そしてその姿は、またしてもあの男が、悔しそうに柱に噛みつきながら見ていた。








 「・・・・・・」


 稽古から戻った龍海が目にしたのは、仕事など放って、女中たちと楽しそうにしている瑠堂の姿だった。


 「瑠堂様」


 「なんだ?」


 「改心したのでは?」


 「ああ、それな」


 あれからまだそれほど時間が経っていないというのに、瑠堂はもう仕事をする気がなさそうだ。


 やっぱり自分がするようなのかと、龍海は瑠堂が投げ出した仕事を手に取る。


 そんな龍海をじーっと見ながら、瑠堂はこう続けた。


 「なんかもう、お前には敵わねえから、良いかなと思って」


 「・・・?」


 しかし、瑠堂はその日を境に、少しは仕事をするようになったとか、ならなかったとか・・・。



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