第7話おまけ②「思い出ルート」





Walzer

おまけ②「思い出ルート」



 おまけ②【思い出ルート】




























 私は、小さな村で産まれ育った。


 これといった特技もなければ、手先が器用だったわけでもない。


 ただ周りの人から羨ましがられたことと言えば、「綺麗だね」の言葉。


 自分のことを綺麗だなんて思ったこともなかったし、綺麗だと言われることがなんだか恥ずかしくもあって、顔を隠すようにして生きていた。


 そんなある日、私は両親の手伝いをしていたとき、綺麗な格好をした男性が近づいてきて、声をかけてきた。


 正直言って、顔はタイプではないし、性格も良いとは言えなかった。


 国王だと知っても、私はその人に嫁ぐ心算なんかこれっぽっちもなかった。


 だって、ここで暮らすことが幸せだったから。


 でもその人は、それから毎日のように私のところへ来て、自分のすごさを自慢するような話しばかりをしていた。


 私は何一つとして自分のことを話していないのに、ただ顔だけを見て私のことを好きだなんて言ってきて、嫌だった。


 何回か逢瀬が続いたかと思うと、その人は突然、私に指輪を持ってきた。


 当然、私はそれをお返しした。


 だけど、それでも諦めてくれなくて、次々に高価なものを持ってきては、受け取ってもいないのに勝手に家に置いて行った。


 「フライア、嫁げばいいじゃない。そうすれば、幸せになれるわよ」


 「そうだよフライア、どうしてそんなに拒むんだい?」


 「だってあの人、私のことが好きなわけじゃないもの。私の顔が好きなのよ」


 「またそんなこと言って」


 我儘だと思われたかもしれないが、女なら誰でもそう思うはず。


 良いところも悪いところも、私という人間を全部受け入れてくれる人じゃないと、幸せになんてなれない。


 明日あの人が来たら、これまで家に置いて行っていた高価なものを全部お返ししようと思ってた。








 次の日、やっぱりいつも通りきたものだから、私は全部の品をつき返そうとした。


 そう思って一旦家に入って、品物をとって外に出てみると、その人は、家で飼っていたヤギの頭を撫でていた。


 単純と思われてしまうかもしれないけど、それまで最低の人間だと思っていたから、まさか、動物を愛でる心があるなんて思っていなくて、私は思わず笑ってしまった。


 そこを見られてしまって、私がようやく笑ってくれたと、その人はとても嬉しそうにしていた。


 返すものはきちんと返して、それでも私は外見だけで決めてほしくないと言ったら、それならばと、その日から私の話を聞いてくれるようになった。


 徐々に心を許せるようになって、私とその人は、契りを交わした。


 それからすぐに城に正妻として迎えてもらえることになり、妊娠もしていたことが発覚。


 これからまたこれまで以上の幸せがくるものだと思っていたんだけど、どうやら思っていたのは私だけのようで。


 「素敵ね。私達の肖像画」


 「ああ、そうだろ?特に俺なんか、国王として申し分ない姿だな」


 「そうね。それより、お腹の子の名前なんだけど、どうします?」


 「なんでもいいだろ。なんなら、この俺と同じように立派な国王になれるよう、ゾンネジュニアでもいいんじゃないか」


 前前から、自分のことが大好きな人だとは分かっていたけど、結婚して少しは変わってくれるものかと期待していた私が馬鹿だった。


 この人は、何も変わっていなかった。


 私は1人で子供の名前を決めることにした。


 「何がいいかしら。なんたって、姓がトイフェルなんて可哀そうなものだから、名くらいは素敵なものにしないとね」


 ふふ、と独りごとを言いながら考えていると、ふと、降ってきた。


 「リヒト・・・」


 それは、光という意味。


 この世界に生まれ落ちた時に最初に目にするものであって、この世を去る時に最期に目にするもの。


 生きている間、光に包まれていられますようにと。


 リヒトが生まれてからも、あの人はリヒトのことを可愛がらなかった。


 可愛がっているように見えても、それはあくまで自分の分身のように、扱いやすい人間にするための行動。


 決して、愛する我が子に無償の愛を提供しているわけじゃない。


 リヒトが少し大きくなったとき、新しい子が兵士としてきた。


 リヒトよりも9つも大きいけど、やっぱりまだ顔立ちは幼いその子に、私はなぜだか目をかけるようになった。


 泣き虫だったリヒトの面倒を見てくれることもあって、それに、こんな国にいるにはもったいないくらいの、真っ直ぐな目をしてた。


 「あなた、どうしてここに?」


 「・・・両親に売られた」


 その言葉に、何て答えれば良いのか分からなくて、ただ、その子を抱きしめた。


 こんなに良い子なのに、自分の子供なのに、どうしてそんなむごいことが出来るのか、私には分からない。


 そう言うと、その子は冷静に言った。


 「お金がないと生きていけないから、仕方がないんです。両親だって生きて行かなきゃいけないから、その為に、ここに来たんです」


 「・・・ここ、嫌じゃない?」


 「選ぶことはできません。働かせてもらえるところで生きて行くしかないんです」


 現実を、突きつけられてしまった。


 それも、自分よりも小さな、子供に。


 「ごめんね・・・」


 なんで謝ったのか、私にも分からない。


 だけど、それ以外の言葉が見つからなくて、私は涙が出てきてしまった。


 その子は私が泣き止むのを待っていてくれて、鼻を啜りながら笑っている私を見て、こんな事をいった。


 「泣くのを我慢することはありません。涙は優しさの証です」


 なんて優しい子なんだろうと、私は今度はおかしくて笑ってしまった。


 そんな私を見て、怪訝そうな顔をしていたけど、私は安心したの。


 もし私がこの世からいなくなったとしても、この子がリヒトの傍にいてくれれば、きっと間違った道には行かないって。


 「ねえ、お願いがあるの」


 「なんでしょうか」


 「あのね      」








 「ソルマージュ、何たそがれてんだ?」


 「リヒト様、あ、国王様」


 「別に言い直さなくていいよ。お前にも春が来たか?」


 「春?今は秋ですが」


 「そうじゃなくて。まあいいや。ここで何してんだ?」


 それは、リヒトの第二の部屋兼、亡き母フライアの部屋だった。


 「俺の部屋に興味あるのか」


 「ありません」


 「知ってるよ。怖い顔で言うなって」


 「ただ、思い出していただけです」


 「何を?」


 「・・・あなたの母親との約束です」


 「約束?俺聞いてねぇぞ、なんだその話。聞かせてもらおうか」


 「そんなことより、あの壊れた牢屋はどうするお心算ですか。いつまでもあの状態じゃゴミ同然ですよ。直すならさっさと直さないと、無駄です。それから動物を愛でようと言うその志は素晴らしいと思うのですが、だからといって、どうして鯨の銅像を作らねばならないのですか。必要ありません。料理長が調理器具が壊れてるから新しいものが欲しいと言っていましたし、大広間はあまり使わないのにどう利用なさるのですか。あなたの部屋も、いつも散らかしてありますが、片づけをするこっちの身にもなっていただきたいです。どうすれば改善出来るのでしょうね」


 止まること無く放たれるソルマージュからの言葉の槍に、リヒトはなぜか苦しそうに自分の胸倉を掴んでいた。


 そしてよろよろと歩きだしたかと思うと、ルタにぶつかって謝っていた。


 ソルマージュは仕事をするため、自室へと向かって歩き出した。


 「ソルマージュと何かあったのか」


 「お前はそろそろ敬語を覚えてくれ」


 「で?」


 「ああ、色々言われた。俺頑張る。ルタ!俺は頑張るぞ!!ソルマージュにあんな小言言われないように、頑張る!!」


 「・・・頑張る理由はそこか」


 まあやる気を出したから良いかと、ルタは活力で燃えているリヒトの背中を見届けた。








 その頃、1人部屋で作業をしていたソルマージュは、動かしていた手を止めて、何かを思い出していた。


 そしてまた小さく息を吐くと、一向に終わりそうになり仕事を、ひとつひとつ片づけていくのだ。


 それは、たったひとつの約束のため。








 『あのね、私の代わりに、リヒトを支えてあげて』








 泣き虫だった我が子を心配した母親が、唯一任せられると信じて放った言葉。


 その言葉を思い出し、返事をするように呟く。


 「ご安心ください。支えるまでもなく、1人でしっかり立ち上がれるお方になりました」


 国王としてはまだまだなところがありますが、それでも、民に好かれ、民のためにというあなたのお考えを受け継いでおります。


 そして何より、あなたの愛情を忘れてはいないようです。


 手紙を添えるとしたら、この先がまだこう続くのだが。


 ―追伸、まだ、転ぶこともありますが。


 自分で起きることが出来る、あなたに似た、優しい方です。








 これが、ある1人の男が創り出す、物語の序曲である。


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