第6話おまけ①「裏道ルート」






Walzer

おまけ①「裏道ルート」




 おまけ①【裏道ルート】




























 この城に仕えてから早一年が過ぎた。


 俺はしがない料理人で、一年ほど前、国王ゾンネ様のために、必死になって、腕によりをかけて創作料理を作った。


 俺としては自信作だったし、周りの奴も美味しいと太鼓判を押してくれた。


 だからこそ、俺は自信を持って出したんだ。


 それなのに、あの男は、自分が見たこともない料理だといって、何日もかけて煮込んだ肉も野菜も全てを、床にぶちまけやがった。


 一口も食べてないくせに、あいつは、料理を馬鹿にしただけじゃなく、俺のことまで侮辱し始めやがった。


 一緒に食事をしていた息子も、何も言わずにただ俺を見て笑った気がした。


 そのまま俺は拘束され、地下の牢屋に入れられることになった。


 とんでもない場所だとは聞いていたが、まさかここまで馬鹿な国王と息子がいるとは思ってもいなかった。


 信じられない気持ちと、故郷に残してきた妻と子供のことを思うだけで、あいつらが疎ましく恨めしく、憎たらしく思う。


 こんなところで死ぬなんて考えたこともなかったが、ここから逃げることも出来ない。


 俺は絶望に打ちひしがれて、いっそのこと、ここで首でも吊った方が良いのかと、着ていた服を脱ぎだして、自分の首に巻いた。


 力を入れて締めたら、きっと苦しい。


 だが、ここにずっといるくらいなら、楽になってしまいたかった。


 首を締めようと力を入れると、俺自身の意思でやっていることなのに、本能は死にたくないとバタバタ暴れ出す。


 「・・・っくそ」


 結局、死ねなかった。


 俺はどうして良いのか分からずに、ただ項垂れる。


 そしたら、声が聞こえて来たんだ。


 まるで、今の愚かな俺を見下しているかのように、嘲笑う声が。


 「おお、悪い悪い。あんたが死にかけてたのを見て、思わず笑っちまったよ」


 「覗き見なんて趣味が悪いぞ」


 その男は、まだ少し苦しそうにしている俺を見て、至極楽しそうに笑っていた。


 「お前、誰だ?」


 俺のその問いかけに、男は待ってましたと言わんばかりに、口角をあげた。


 聞かなきゃ良かったと思ったが、手遅れだ。


 男は牢屋の向こうから、俺の目線に高さを合わせるため、両膝を曲げて座る。


 「俺はここで兵士をしてるソルマージュって言うんだ。あんた、ここで死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思わないか?」


 「ソルマージュだと?最近入った男か。なんでわざわざこんなところに」


 最近入ったばかりのそのソルマージュという男は、国王のお気に入りでもあり、息子の面倒もよく見ている。


 寡黙で紳士、というイメージが強かったが、まさか、人が死にかけてるのを見て笑うような奴だとは思わなかった。


 先程まで笑っていたソルマージュは、ふと笑うのを止めたかと思うと、真剣な顔つきで俺にこんなことを言った。


 「あんたが死ぬにはもったいない。あんたの料理の腕に関して、右に出る奴はそうはいない」


 「だから何だ」


 「だから、ちょっと、手伝ってもらいたいんだが」


 「手伝う、だと?一体何を言ってるんだ?」


 「俺はある人の命で動いてる。あんたには、一度死んだことになってもらって、俺たちの手伝いをしてもらいたい」


 「おい、話が見えないんだが」








 ソルマージュからの詳しい話を聞いた。


 最初こそ信じられなかったが、この国に、これから起こるであろう大事件の内容と全貌を聞いて、試してみる価値はあると思った。


 「それにしても、俺が死ぬのに成功してたらどうする心算だったんだ」


 「なに、あんたは死なないと思ってたよ」


 「なに?」


 俺が死のうとしたあの時、こいつが笑っていたのは、俺のことを嘲笑っていたからと思っていたが、違うらしい。


 「あんた、国王に料理を足蹴にされたとき、殺してやりたいって顔してただろ。だからだ」


 「だからって、俺が協力するとは限らなかったはずだ」


 「自慢じゃないが、あの国王は嫌われてる。だから、国王を潰す為にと言えば、誰だって手を貸してくれるだろうと、俺に指示を出している方が仰ってましたので」


 「・・・その、指示を出してる奴って、誰なんだ?」


 「それはまだ言えません。あ、言えない」


 「・・・なんで敬語からタメ語に変えるんだ」


 「これでも兵士だから、敬語が身についてしまっていて」


 「じゃあなんで俺に対しては、あんな、馬鹿にしたような態度をとったんだ。実際、俺を馬鹿にしてたのか」


 俺の質問に対し、ソルマージュは少し面倒臭そうな顔をした。


 まだ若いくせに、と思ったのだが、協力すると言ってしまった手前、何も言えずにいた。


 「最初から敬語を使うと、俺のことを甘くみるでしょう」


 その言葉に、何も答えられなかった。


 返事が出来ないでいた俺を見て、ソルマージュはふう、とため息を吐いた。


 「俺はこの中ではまだ若い方です。なので、初対面で下から行くと舐められると、生意気な方に教えられまして。こうして協力者を募る際には、必ず上から、敬語を使わずに接するようにと」


 「・・・話しを聞いてると、そいつはどうやら、俺も知ってる奴だな。しかも、結構上の奴だ」


 「どのように推測されても結構ですが、これからあなたにしていただくことは、一種の謀反です。それでも、俺たちと共に来ていただけますか」


 最初はなんて奴だと思っていたが、どうやら俺の見立て通り、本当は真面目で忠実な男のようだ。


 ソルマージュの言う、その“お方”というのが、俺の予想した男と同一かは分からないが、いつかそれも分かる時が来るんだろう。


 「もちろんだ。もうすでに、謀反を起こしたも同然だからな」


 「では、あなたへの伝言を、お伝えします」


 「誰からだ?」


 「俺の主君から、です」


 俺達が今感じているであろう理不尽も悲観も、思っているであろう無情や無常も、覆してみせると。


 権力に負けてはならない。


 しかし、それでも権力に踏みつけられてしまうなら、なんとしてでも権力を手にして、権力そのものを変えるしかない。


 「その為にはまず、引きずりおろすべき権力があるのです」


 自分がそこに立つことでようやく、何かを変える力が得られると、そう言っていたようだ。


 俺はそれを聞いたときから、こうして、反逆罪で殺されかけた男たちに、こっそりと料理を作っている。


 一体誰の差し金なのか、もう分かってはいるのだが、敵を騙すにはまず味方から、とでもいうのか、とにかく、俺はこうして生き長らえたというわけだ。


 いつ見られるのかも分からない希望に、こんなにも必死にしがみつくことになるとは。


 だがまあ、こういうのも悪くは無い。


 それにしても、まさか泣き虫だったあの息子が、父親を騙して国を乗っ取るなんて、昔の俺には想像も出来なかっただろう。


 いや、乗っ取るなんて言い方だと、あいつは悪者にでも聞こえてしまうか。


 そうだな、子供の気紛れが起こしたことだったのかもしれないが、俺達からしてみれば、どの国王よりも行動力があって、良い意味で期待を裏切ってくれた、そんな感じだ。








 これが、俺が経験するだろう物語の一部だ。



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