第5話正規ルート





Walzer

正規ルート




誰の言葉にも耳を傾けよ。


 口は誰のためにも開くな。


         シェイクスピア




































 第五宵【正規ルート】




























 俺には、父親しかいない。


 母親は物心つく前に死んでしまったし、兄弟もいない。


 俺の名はリヒトと言って、母親がつけてくれた。


 ”光“という意味らしい。


 父親はゾンネといって、意味は太陽。


 母親はフライアといって、意味は女神。


 トイフェルという姓は代々受け継がれているものだが、意味を聞いたところ、悪魔、という意味だと知った。


 まあ、それはしょうがないと思う。


 国の名前自体、“エリュシオン”という、死後の楽園、という意味なんだから、そこに悪魔がいてもおかしくはない。


 母は俺を生むと体調が悪くなり、それから何年かして亡くなったと聞いたが、本当のところ、病弱死かは疑わしいものだ。


 田舎娘だった母はとても美しく、優しく、誰からも愛される人だったという。


 そんな母に一目ぼれした父親は、度々母と逢瀬し、正妻として迎える頃にはすでに、俺を身ごもっていたと言われている。


 ただ美しかったからなのか、あの父親が内面を見て女性を判断するとは思えない。


 しかし、母以外の女性を取り入れなかったというのも事実で、実際のところ、母が父親を愛していたのかさえ、確認することは出来ないのだ。


 それでもいつだったか、まだ幼い俺に向かって、母が言っていたことを、時々だが、思い出すことがある。


 『リヒトは、お父さんとお母さんに愛されて生まれてきたのよ』


 父親は金以外には興味がないし、母のことだって、きっと心から愛してなどいなかった。


 だけど母が亡くなった日、父親がずっと部屋から出て来なくて、こっそり見に行ったとき、父親と母が描かれた大きな肖像画を見つめながら、泣いていたように見えた。


 それからの父親は、実の息子から言うのもなんだが、本当にクズだった。


 民のことなど一切考えず、自分のことしか考えていない、まるで赤子のような我儘っぷりだった。


 けどそれに反論することも出来ずに、俺は父親の言う通りにしていた。


 父親が言う事成すこと全て肯定し、まるで父親が2人いるかのように、俺は最低の人間になった。








 そんなある日、父親が急に、俺に王座を渡したいと言ってきた。


 急にどうしたのだろうと思っていると、これからは王としての仕事もせずに、贅沢をしていたいというだけの、どうでもいい理由だった。


 それを快諾すると、すぐに王位継承の式典を開こうと言いだして、そこでは自分の権力と地位を誇示するため、スピーチをしたいと言った。


 だから、好きにすればいいと思った。


 すっかり母のことなんか忘れて、2人が描かれていたはずの肖像画は、塗りつぶして自分1人だけを描かせ、それを見ては満足そうに微笑んでいる。


 今思えば、あの時2人の絵を見て泣いていたわけじゃなくて、欠伸でもしていたんだろう。


 そうでなければ、愛した人の上から色を塗りつぶすなんて真似、出来るはずがない。


 そのとき俺は、思い出したんだ。


 母があの言葉を俺に言ったとき、悲しそうに泣いていたことを。


 母は自分が愛されていないことに気付いていたけど、俺には悲しい想いをさせまいと、嘘を吐いたのだ。


 そんな男を、父親だなんて、恥ずかしくて言えるはずもない。


 父親はスピーチで話す内容を、そういうことが上手な執事と思われる男に託し、自分はその時まで至福を肥やす。


 俺には、城で唯一、信頼出来る男がいた。


 そいつは兵士の1人で、ソルマージュという。


 「リヒト様、どうされましたか?明日は大事な式典だというのに、浮かない顔をされていますね」


 「・・・俺が王になったとして、あの男を罰せると思うか?」


 「あの男とは、国王のことですか?」


 「ああ。俺が今まで猫かぶって、あいつの言う通りにクズを演じてきたけど、それは俺が王になることで、何か変わるのか?」


 「そうですね。リヒト様がもとより、我々兵士に本音をぶちまければよろしいのかと思いますが、何分、今いる兵士たちは国王に贔屓されて残っている、同じくクズな者たちですからね」


 「うーん・・・。まあ、王になってから考えりゃいいか」


 「それはまた随分と呑気ですね」


 「明日の式典、無事に済みゃいいけどな」








 翌日、目立つことが大好きな父親は、朝から自分の服装ばかり気にしていた。


 そんなもの、正直誰も見てないと思ったが、適当に似合ってるとか、そっちのほうが細く見えるとか、言っておいた。


 自分の父親を悪く言うのもなんだが、本当に単純な細胞を沢山持っているから、おだてるなんて簡単だ。


 自分の力を見せつけるために、今日は城を解放すると言っていたが、多分ほとんど入らないだろう。


 それでも父親がやりたいと言えば、俺は首を縦に振る。


 警備の方はソルマージュに任せてるから、きっと大丈夫だろう。


 俺はただ大人しく、父親の機嫌を取りながら自らの準備をこなすだけ。


 そして準備も終わって父親の部屋を出て、自室でゆっくりしようかと思って座っていると、誰かがノックをした。


 ノックの仕方からして、ソルマージュだろうと思ったら、その通りだった。


 「入れ」


 「失礼します」


 「どうした?」


 「それが、不審な物を見つけまして、多分、爆発物の類かと。今、総出で他にもないか探しているところです」


 「そうか。国王には言ったのか?」


 「いえ、まだです」


 「・・・言わなくていい。あの人のことだから、大騒ぎするだろうし。面倒だから、俺のところで留めておくよ」


 一旦ソルマージュが部屋を出ると、俺は頬杖をついて外を見る。


 空が綺麗だなとか、鳥が唄ってるとか、そんなことを感じる資格もない人間だ。


 ただ、爆発物が見つかったということは、国王でもある父親に、誰かが何かをしようとしているのだろうということは分かった。


 それでも、そいつを止めようなんてことは思っていなくて、滅ぶなら滅んでしまった方が良いと、俺は足を組みかえた。


 大方爆弾を回収したのか、そろそろ壇上の方へ行くようにと促され、俺は動く廊下があれば楽なのに、とは思ったが、自分の足で歩いていくことにした。


 『では、これよりゾンネ国王による、スピーチとなります。みなさま、盛大な拍手を!!』


 司会者の奴も大変だな、と思いながら、今までにないくらいの拍手喝采を浴びて嬉しそうにしている父親は、手を振りながら壇上へあがっていく。


 いや、誰も振り返してないから。


 何が楽しくて何が嬉しいのか、さっぱりわからないが、他人に好かれていると大いに勘違いをして胸を張れるなんて、本当にその性格は多少羨ましい。


 俺は思わずため息を吐いてしまったが、周りをちらっと見てみたが、誰も気付いてなくてホッとした。


 たまに、こういうどうでも良いことを父親にチクる奴がいて、そうなると父親は俺を呼びだしてああでもないこうでもないと談議を始めるものだから、本当に勘弁してほしい。


 『えー、本日はお日柄もよく』


 どこのサラリーマンだと、つい鼻で笑ってしまったが、その時、急に大きな爆発音がっ聞こえて来た。


 きっと見逃した爆発物があったのだろうが、俺はそのとき、ある1人の兵士の動きが気になった。


 兵士全員の顔なんて、正直覚えてはいないが、その兵士は明らかに父親のことを鋭い目つきで見ていて、腰に手を持って行ったかと思うと、そこからはギラリと光る何かが見えた。


 瞬時に刃物だと分かり、俺はその男に近づいて刃物を握っている腕を掴んだ。


 別に、父親を助けたわけじゃない。


 俺には俺の、計画があったからだ。


 「離せ」


 そいつは俺を睨みつけて、なかなかドスのきいた声で言ってきた。


 「離したら、国王を殺すだろ?」


 「俺はそのために生きて来たんだ。ここで殺さないと、一生後悔する」


 ああ、こういう人間を生んでしまったのは、紛れもなく、俺の父親だ。


 野犬というにはあまりにも孤独で、逆賊というにはあまりにも真っ直ぐだ。


 「君が手を汚す意味はないよ」


 「何だと!?」


 「ちょっと、付いてきて」


 「おい!?」


 そいつの腕を強く掴んだまま、俺は騒ぎに乗じてそこから離れることにした。


 他の兵士がそいつの握っている刃物に気付いたら面倒だったけど、この黒い煙のなか、多分気付いてはいないはずだ。


 そして、昔から使っている秘密基地に連れて行くと、満面の笑みを向けて、そいつにこう言ってやった。


 「余計な真似してくれたね」


 「んだと?お前こそ、余計な真似すんじゃねえよ!!!俺が、俺がどんな気持ちが今日まで生きて来たと思ってんだよ!!」


 まあ、いきなりこんなことを言われたら、当然の反応だとは思った。


 それに、こいつが受けた痛みは、俺には測り知ることなんて出来ないのだから。


 「申し訳ない」


 「は?」


 俺は頭を下げて、謝った。


 父親の代わりに、とかそういったことではなくて、ただただ、謝るしか出来なかった。


 頭をあげてそいつを見ると、なんだか驚いたような顔をしていたが、すぐに顔を背けて、舌打ちをしながら頭をかいていた。


 根っからの悪人というわけでもなさそうだ。


 とはいえ、兵士の格好をしているのに、どういうことだろうと、俺は尋ねた。


 「もしかして、俺のこと知らない?けっこうな有名人だと思ってたんだけど、自意識過剰だったかな」


 「俺は国王しか狙ってねぇからな。お前みたいな柔な男殺したってどうにもならねえだろ」


 やはり、こいつは兵士の格好をしてはいるが、本物の兵士ではないということだ。


 それが分かったところで、俺はそれを誰かに言うこともしないが。


 さて、この状況からどうしようかと、俺はそいつを少し観察したあと、こんなことを言ってみた。


 「ま、それもそうか。ならまずは、君とお友達にならないといけないね」


 「お友達!?何言ってんだよ。お前となんか友達にはならないからな。俺はやるべきことがあるんだよ。もう行くからな」


 まあそりゃ、いきなりお友達になろうなんて言われて、すぐにOKを出すわけがない。


 そいつは俺に背中を向けて帰ろうとしてしまったため、このままじゃダメだと思って、声をかける。


 「待ってよ。そう焦らないで」


 「俺は今ここで捕まるわけにも、死ぬわけにもいかないんだ。絶対、何があっても、あいつを赦さねえ・・・!!」


 捕まえる心算なんてないけど、このまま行かせるわけにもいかない。


 なんたって、俺にも計画があるから。


 「・・・君の気持ちは良く分かったよ」


 「お前に何が分かるんだよ!!勝手なこと言ってんじゃねえぞ!!」


 少しだけ、図星をつかれたような気がして、ぐっと言葉を飲み込んでしまった。


 俺にはこいつの気持ちなんかわかるはずがないし、分かったところで、どうにか出来ることじゃない。


 そう思っていたら、俺は自分に呆れてしまって、ため息を吐いていた。


 「とにかく、俺の話を聞いてほしい」


 「お前の話なんて興味ない」


 「きっと、君の役に立つと思うよ」


 「?」


 なんとか留めることが出来たかと思うと、そこへソルマージュがやってきた。


 多分、俺を探してここへ辿りついたのだろうが、見つけたのはさすがだ。


 「リヒト様?」


 名前を呼ばれ、俺はニッと笑って返す。


 兵士と一緒にいることに違和感があったのか、なんだか怪訝そうな顔をしていたが、それは放っておこう。


 「やはりここにいらしたんですね。探しましたよ」


 本当に探していたらしく、ソルマージュは少しだけ不機嫌そうにしていたが、俺は笑って誤魔化した。


 それに対しても呆れたような顔をしていたが、俺が国王の息子だということを忘れているのではないかと聞きたくなる。


 疲れたような顔をしているソルマージュを見ていたらなんだか面白くなってきて、思わず声に出して笑ってしまった。


 「・・・その者はなぜここに?」


 気になってしょうがないらしく、ソルマージュが聞いてきたものだから、簡単に答えてやった。


 「では、国王の命を狙っている、ということですね。リヒト様、どうなさるお心算で?」


 「どうなさるって、計画を実行するまでだ。こいつにも協力してもらってな」


 俺の提案に、ソルマージュは腕組をして悩んでいたが、渋々納得してくれた。


 本当に良い奴なんだよ、口うるさいけど。


 俺とソルマージュの会話を聞いていたその兵士を思い出して名前を聞くと、ルタということが分かった。


 「よしルタ。これから俺の計画を話すから、ちゃんと聞けよ」


 「なんで国王の息子のお前が、国王を潰す様な真似しようとしてんだよ」


 「なんでって・・・。俺はただ、俺の母親を斬り棄てた、あいつが嫌いなんだ。血が繋がってるとか、そんなこと関係ない。それに、間違ってることは間違ってるって、他人が言えないなら息子の俺が言うべきだろ」


 「でも、あの国王だぞ。幾ら息子とはいえ、そんなことしたらどうなるか」


 「そこは大丈夫だ。な、ソルマージュ」


 「・・・多分」


 「とにかく、だ。権力に屈するしか道がないなら、その権力自体を変えるしかない。権力の在り方を変えることでしか、もうこの国を変える方法はないんだ」


 「そんなこと、出来るのか」


 「やってやるさ。だからそれにはルタ、お前も協力してくれよ?」


 楽しくなりそうだと思って笑っていたら、ソルマージュが父親と一緒にいないと不審がられるからと、俺に戻るように行ってきた。


 「リヒト様、戻りましょう。今日のスピーチは中止になるでしょうから、大人しく部屋にいてください」


 何を言ってるんだ、これからが面白いのに、中止になんてするわけがないだろう。


 まったく、こいつは本当に真面目なんだか適当なんだか、よくわからないところがある。


 「ソルマージュ、頼みがあるんだけど」


 「なんでしょう」


 俺は笑ってある頼み事をソルマージュにすると、なんとも面倒臭そうな顔をしていた。


 それでもちゃんと動いてくれるのだから、本当に有り難いし、本当に頼りになる奴だ。


 ソルマージュがそこからいなくなると、ルタが一体何をする気なのかと聞いてきて、俺は計画のことを話した。


 「ソルマージュには、父親んとこに行って、スピーチを再開するように説得してくれって頼んできた。まあ、あいつのことだから、上手くやってくれるさ」


 「スピーチを、またやるのか?」


 「ああ。あいつは自分が大好きだから、自分のためならなんでもやる。で、それが始まったら、ソルマージュにはまた別のことを任せた」


 「別のこと?」


 「ああ。ルタお前、この城にいた兵士たちのこと、何か聞いたことあるか?」


 「いや、特には」


 「実は、父親に反対する奴とか、抗議する奴とか、時にはちょっとした提案という名の文句を言いにいく奴等がいたんだ。でも、あいつはああいう性格だから、そういう兵士たちを始末するように、自分に従う兵士たちに指示してきた」


 「なんて野郎だ」


 「な。俺も同感。でも、俺が代わりに始末しておくって言って、そいつらを、兵士たちに見つからない場所にかくまってたんだ」


 「生きてるってことか」


 「そういうこと。まさか息子の俺が謀反を起こそうとしてるなんて、思ってもいないだろうからな。ソルマージュにも頼んで、食事とか情報とか、色々渡してたってわけだ」


 国王に刃向かったということで、その兵士たちは反逆者として殺されそうになったのを、なんとかしないとと思って、今は使われていない牢屋で生活してもらうことにした。


 勿論、居心地が良いわけではないだろうが、死んで終わってしまうよりはマシだろう。


 思った通り、ソルマージュが上手くやってくれて、スピーチが再開されることになった。


 俺はルタを連れて、再び壇上へ向かう。


 ちらっとソルマージュを見ると、向こうも俺を見ていたから目が合って、軽く頭を下げると、ソルマージュはかくまっている兵士たちを連れてくるため、その場を離れた。


 そして再びスピーチが始まり、父親の武勇伝とか、誰も興味のない話をしばらく続け、ようやく終わったと思うと、ここでようやく、俺への王位継承を今行うことを宣言した。


 きっと父親は、自分に似た優秀な国王になると思っているのだろうが、俺にその気はまったくない。


 父親から王冠を被せられ、背中を強く叩かれた俺は壇上にあがって歓声とは言えない歓声を浴びる。


 その時、国王からただの父親へと変わったそいつを、ルタが背後から拘束した。


 その頃、兵士たちを解放して連れて来たソルマージュが壇上に戻ってきていて、ルタの行動を見て、多分反射的にだろうが、腰にあった剣に手を伸ばしていた。


 だがすぐに俺を見ると、それも計画の一部だと知ったのか、構えるのを止めた。


 「お前、一体何を!?赦さんぞ!!一生、飼殺しにしてやるからな!!」


 「この世にいる価値のない奴だな。ここで俺が殺してやってもいいんだ」


 「なんだと・・・!?」


 「俺の家族を殺しておいて、よく平然と生きていられるものだな!!」


 「ふざけるな!!ワシを誰だと思っている!?こいつを捕えろ!!絶対に赦さん!!」


 その言葉に、ルタの目つきが変わり、このままだと本当に殺すかもしれないと、俺はゆっくりと笑みを崩さないようにして、父親に近づいた。


 「息子よ!!ワシを助けておくれ!!この恩知らずを殺せ!!」


 こんな状況になってもなお、自分のことしか考えていない父親に、嫌気がさした。


 俺はルタから離れた方の耳に顔を近づけると、自分の父親に向かって、笑顔のまま、沸き出る感情のまま、こう言った。


 「あんたを父親と思ったことなんて、一度もねえから」


 俺が、誰よりも自分のことを理解していると思っていたのか、父親は悲しさとか淋しさというよりも、まるで見捨てられた子犬のような情けない顔をした。


 自分を助けてくれる人がいないという現実を突きつけられたことがそんなにショックだったのか、父親はその場に崩れていった。


 ルタも拘束していた腕を離したが、父親を睨みつけているその目は、俺は忘れてはいけないのだろう。








 だがそのすぐ後、爆発が起こった。


 何事だと思っていると、ルタが「あ」と小さく声を漏らしていたため、爆発物をセットしたのはこいつだろうと容易に想像できた。


 まあ、今となってはそれを咎めることなど出来ないが、真っ黒な煙に包まれるなんて、思ってもいなかった。


 国王になって初日、しかもものの数分で、俺の王冠はススに包まれた。


 「あ」


 咽て咳こんでいると、空で何かがキラキラと輝いていた。


 それは水面に反射している太陽の光のようだが、どちらかというと、自然的な美しさではなく、人工物のような輝きだ。


 そしてそれが目の前を落ちて行くのを眺めていると、父親が沢山持っていた宝石だとわかった。


 「ぷっ・・・」


 あれだけ大事にしていて、何よりも大事にしていて、他人には触らせまいと独り占めにしていたものが今、目の前で広場に向かって落ちて行くもんだから、笑ってしまった。


 「ハハハハハハ!!!!」


 父親は誰も触るなとか、兵士たちに向かって拾ってこいとか命令していたが、俺がそれを止めた。


 幾ら大金をはたいて手に入れた宝石だとしても、こうして散ってしまえばただの石。


 まあ、俺はそもそも宝石なんかに興味はないし、父親から王座を明け渡されたらすぐにでも売り飛ばしてやろうと思っていたから、丁度良いのかもしれない。


 とにかく必死になって、届きもしない宝石を掴もうとしている父親の姿が滑稽で、さらに笑ってしまった。


 「宝石の雨だー」


 思ったことをそのまま口にして、腹がねじれるくらいに笑って、ようやくそれがおさまった頃、ルタの方を見た。


 「お前、これからどうするんだ?」


 「別に、何も考えてない」


 「なら、この城にいてくれよ」


 「は?」


 俺に従う奴だけが欲しいわけじゃない。


 俺が間違った時、ちゃんと道を正してくれる奴がいてくれないと、困るんだ。


 ソルマージュはもちろんだが、こんな風に、俺を見て嫌そうな顔をしてる奴がいたって、いいんじゃないか。


 その方が、面白くなりそうだし。


 「俺はリヒト。リヒト=トイフェル。お前の力が必要だ。ここに留まって、俺を手助けしてほしい」


 そう言って握手をしようと腕を伸ばすと、その手を見てまた眉間のシワを深くした。


 まったく、面白いったらありゃしない。


 少し悩んでいたみたいだけど、結局、ルタは俺のその手を掴んでくれた。


 「よし、じゃあ、早速・・・」


 俺は力無く項垂れている父親を無視して、ソルマージュとルタに向かって告げる。


 「ゾンネ=トイフェルを島流しの刑に処す。ついでに、こいつに飼い慣らされてた連中もな」


 「かしこまりました」


 「・・・ました」


 なんで語尾だけ言うんだよ、と思ったけど、多分後でソルマージュに叱られるんだろうな、と分かってるから良い。


 自分の父親を罰するなんて、傷つくとか泣くとか、マイナスの感情が流れてくると思っていたが、そうでもなかった。


 晴れ晴れしいというか、ようやくこの時が来たという、達成感というか。


 父親が母を愛していたかどうかなんて、俺には分からない。


 本当に愛していたとしても、俺は父親を赦すことなんて出来ないと分かってるから。








 俺は父親の部屋でもあった、今からは自分の部屋となるそこへ足を踏み入れようと、ドアノブに手をかけた。


 ふと、何か違和感があったようにも思うが、多分気のせいだろうと、俺は部屋に入った。


 入った途端、目に飛び込んできたもの。


 顎に手を当ててじーっとそれを眺めていると、そのうち、色々と仕事が終わったのだろうソルマージュが部屋に入ってきた。


 「お疲れさん」


 「・・・まさかこれ、リヒト様がやったんですか」


 「俺がこんな幼稚な真似すると思うか?」


 「思います」


 「ああ、そう。けど、なかなかの傑作だと思うんだよなぁ。誰がやったんだろうな?褒めてやりたい」


 父親の肖像画だったはずだが、そこには威厳もなにもない、落書きされ放題のどこの親父かもわからないものがあった。


 落書きというよりも、もはや、上から描き潰されたというくらいのもの。


 きっとテーブルにあったガラスペンで書かれたのだろう文字は、“ハゲバカ”と書かれていた。


 一応言っておくが、父親はまだそこまで禿げてはいない。


 「なあソルマージュ」


 「なんでしょう」


 「これ俺気に入った。折角だから、広場に飾ろう」


 「ダメです」


 あっけなく、却下されたけど。


 俺はその落書きはとっておくことにした。


 ソルマージュには棄てるか、上から別の絵に描き変えてもらうように言われたが、これはこれで1つのアートだ。


 俺は自分の肖像画なんて、気持ち悪くて見たくなかったが、あまりにもソルマージュが肖像画肖像画と言ってくるものだから、母を描いてもらうことにした。


 昔撮った、笑顔の母。


 それを広場に飾って、色あせないように定期的に修復してもらうことになって、それには誰もが賛成してくれた。


 多分、父親よりも俺よりも、母が国王に向いているのかもしれない。


 まあ、もちろん俺も母のことは好きだから、越えようとは思わないし、越えられるとも思っていない。


 ただ少しでも、理想である母に近づけるように、日々努力するしかないのだ。


 「まあ、やるしかねえよな」


 そう呟いたら、それを聞いていたソルマージュがなんだか驚いたような顔をしていた。


 「なんだよ」


 「・・・いえ、面倒臭いと投げだすかと思ったものですから。日々、成長しているのかと安心したまでです」


 「俺はお前を信頼してるのに、お前は俺を信頼してくれてないのか。悲しいぞ」


 「人としては信頼しておりますが、王としてはまだ信頼に欠ける部分があるかと」


 「グサグサと・・・。まあ、その通りだけどさ。一からまた始めなくちゃいけねぇんだから、しっかり俺のフォローしてくれよ?」


 「もちろんです。その為に、俺だって今日まで兵士として、言いたいことも我慢して、あなたのお父様に首を切られぬよう、今のポジションを維持して参りましたので」


 「はいはい、わかったわかった。愚痴ならルタにでも聞いてもらえ」


 「あの男なら、女々しいことを言うなとつき返されました」


 「ぷっ!!まじか!!やるなぁ・・・。お前をつき返すなんて、そうそう出来るもんじゃねえからな。さすが俺の見込んだ男だ」


 「それより・・・国王様」


 「え、なに」


 「早速ですが、他国との貿易についてのお話がありますので、着替えてください」


 「そういう難しい話は・・・」


 「早くしてください。俺だって暇じゃないんです。10分後に迎えに参りますので、さっさとお願いします」


 そう言って無情に閉められてしまったドアを眺めながら、俺は思った。


 「あいつはやっぱり姑向きだな」








 これが、俺が起こした物語だ。






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