第3話 紺野那由多視点
やよちんを従えて、三階にある放送室へと向かう。村ちゃんの放送室ジャックは飛び込んできたムキムキ体育教師によって阻止されていたから、俺の名前が飛び出すことはなかった。グッジョブ、
寿都のことだから、たぶん二人共、放送室前で正座させられているに違いない。いまの時代、これだってかなりぎりぎりアウトな指導法ではあるんだけど、口頭注意のみで大人しくなるようなやつらばかりでもないからな。ある程度は仕方ないと思う、うん。
階段を一気に駆け上がる。その勢いのままダッシュで向かいたいところだけれども、ここで廊下を走っては正座仲間に加わるだけだ。ぐっと堪えて気持ち早歩きで放送室を目指す。
と。
いた。
予想通りに放送室の前で、無駄に堂々と正座をしている村ちゃんがいた。首謀者――と言うのかはわからないが、南城もいる。まぁ、提案したのは南城っぽいしな。うん、村ちゃんは基本的に冗談なんか通じないんだから、下手なこと言った南城が悪い。だけどやよちんはアワアワして、萩ちゃぁん、と涙目だ。それを見ればちょっと胸が痛まないこともない。ウチの馬鹿がごめんね。
俺に気付いたらしい村ちゃんは、もうわかりやすいくらいにソワソワしている。こっちこっちと表情だけでアピールしているのがちょっと面白い。いや、笑ってる場合じゃないんだけど。それで、南城の方もどうやらやよちんに気付いたらしく、こっちはこっちでこの世の終わりみたいな顔をしてから、がくりと肩を落とした。うん、普通はこの反応なんだって。普通は好きな人にこんな姿見られたくないものだからね!? これは南城が正しいよ。ほんと、ウチの馬鹿がごめん。
近付いてみると、寿都はその場にはいなかった。南城の話では、三十分後に戻って来るから、それまで正座待機とのことらしい。
「夜宵、違うんだ。信じてくれ、俺は止めたんだ」
「うん。わかるよ、大丈夫」
「でも、これでよくわかった。村井に冗談が全く通じないってことが」
「それは、うん。僕も今日知ったよ」
村ちゃんの隣では、南城と向かい合っているやよちんが、どういうわけか正座をして、うんうん、と彼の話を聞いている。いや、やよちんは正座しなくても良いでしょ。どんだけ優しいのこの子!
「村ちゃん、ほんと馬鹿かよ。何やってんだよぉ」
「いやぁ、ははは」
「ははは、じゃないよ。南城まで巻き込んでさ。別に南城は自業自得的な部分もあるけど」
「ぅおい! ちょっと待て! 俺絶対とばっちりだからなぁっ!」
南城が拳を振り上げて抗議するのを一瞥する。
「村ちゃんに変なこと吹き込んだのが悪いんだよ。ちょっと考えたらわかるだろ」
「わかるかぁっ! 俺はそこまで村井と仲良くねぇよ!」
「まぁまぁ萩ちゃん落ち着いて。あともう少しだから、ちゃんと大人しくしてないと。先生が戻って来たら大変だよ?」
「お、おう……」
すごいなやよちん。幼馴染みとは聞いていたけど、南城のことしっかり手懐けてんじゃん。
そんなこんなで数十分後、のしのしと戻って来た寿都は、俺とやよちんの姿を見て驚いていた。特にやよちんだ。そりゃあ身に覚えのない正座がもう一人増えていたら驚くよなぁ。とにもかくにも、正座終了である。
「うぇぇ、足、しっびれたぁ~」
「大丈夫、萩ちゃん? 僕、おんぶしようか?」
いや、やよちん、無理でしょ。どっちかっていうとやよちんの方がされる側でしょ、体格的に。ああほら、南城も困ってる。ていうか、やよちんは痺れてないの? あっ、南城よりも体重が軽いから痺れにくいとかかな?
時折妙な悲鳴を上げながらよたよたと歩く南城の肩を支えつつ、「それじゃなゆ君、しっかりね」とこっそり俺にエールを贈って、やよちんは去っていった。あの二人はこれからホワイトデーのアレコレがあるのかな? まぁ、俺には関係ないんだけどさ。
はぁ、と一息ついていると、ずし、と肩に重さを感じた。両肩をがっしりと掴まれてしまったらしい。そしてそのまま、ひょい、と担ぎ上げられる。
「お、おお……?」
「もう、逃がさんぞ」
「ううぅ……」
「さぁ、話し合いのテーブルに着いてもらうぞ、那由多」
「テーブルに着いてもらうも何も、無理やり座らせる気だろぉ! 降ろせぇ、馬鹿ぁ!」
無駄な抵抗とわかっていつつも、とりあえず足をばたつかせてどうにか逃げようとするが、どこをどう押さえられているのか、全く逃げられない。
一ヶ月前のお姫様抱っこなんかじゃなく、まるで米俵でも担ぐような体勢である。ちくしょう、もう何をどうしたって逃げられないんだろ。俺だって男だ。腹括ってやるよ。
この後、数分後とかには、いまの関係が終わっているかもしれない。
重さなんて感じないみたいに、平然と歩くそれに合わせて揺られながら、じわじわと滲んでくる涙をこっそり拭った。
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