第2話 紺野那由多視点

「……なゆ君、南雲なぐも君探してるよ?」

「知らない!」


 図書室の隣にある資料準備室である。

 同じ委員会の神田夜宵やよい――やよちんを道連れに引きずり込み、遠くで聞こえる村ちゃんの声に向かって、べぇ、と舌を出し、扉を閉めた。


「何かあったの? 僕で良ければ話聞くよ?」

「うう、やよちんん〜……」


 やよちんは本当に優しい。背は村ちゃんくらい大きいけど、物腰がふわっと柔らかくて、シュッと細身だから威圧感がないのだ。壁に立てかけてあるパイプ椅子を「どうぞ」なんて勧めてきて、マジでやることが王子様すぎる。


「ホワイトデーじゃん」

「え、あ、うん。そう、だね」


 ホワイトデーという単語に、やよちんの目が泳ぐ。俺は知ってる。やよちんは南城なんじょうのことが好きなのだ。そんで、南城の方でもやよちんのことが好きみたい。だけどどうやらお付き合いには至ってないらしい。両想いなんだし、とっととくっついちまえよと思うけど、こういうのは外野がやいやい言うことではないからな。二人のペースもあるんだろうし。


 しかし、この反応。

 これは南城からバレンタインをもらったからお返しをする側なのか、それともその逆で、お返しを待っているのか。


 いずれにしても、長い時間拘束するのは申し訳ない。


「やよちんさ、ホワイトデーのお返しに意味があるって知ってる?」

「あんまり詳しくないけど、有名なやつなら。えっと確か……クッキーは『友達のままで』だったよね?」

「そうそう」

「もしかして、何か悪い意味のやつもらっちゃったの?」

「……うん」


 やよちんは、俺が村ちゃんとお付き合いしていることを知ってる。こないだの休みの日、手を繋いで歩いているところを偶然目撃されてしまったのである。もちろんずっと繋いでたわけではない。並んで歩いている時に手がちょっとぶつかって、そのはずみで軽く繋いだだけなんだけど。その流れでカミングアウトしたのだ。

 大丈夫、やよちんはペラペラと吹聴するタイプでもないし、茶化したり、それで脅したりなんてことはしない。


 それ以来こうして、村ちゃんとのことを相談したり、愚痴ったりしているのだ。


「えっと……それは南雲君、知らなかったんじゃない?」

「そんなわけない! だって村ちゃんだもん! 頭良いし、何でも知ってる!」

「確かに南雲君は成績も良いし、博識だけど。ホワイトデーのお返しの意味まで知ってるかなぁ」

「知ってるよ。知ってるに決まってる。きっともう、俺のこと嫌になったんだ。俺、いっつもうるさいし、村ちゃんに馬鹿馬鹿言っちゃうし」


 じわ、と涙が滲む。どうして俺は口が悪いんだろ。馬鹿じゃなくて、もっとたくさん好きって言えば良かった。


「なゆ君の『馬鹿』は、照れ隠しのやつでしょ? 本気じゃないよね?」

「そう……だけどぉ」

「南雲君にはちゃんと伝わってると思うよ?」

「だけどぉ」


 ぐす、と鼻を鳴らすと、「ちょっと待ってね」と言って、やよちんはポケットからティッシュを取り出した。さすがはやよちんだ。きっとハンカチも持ってるタイプだな。


 ありがたくそれを受け取って、ずびび、と鼻を噛む。


「だけどさ、くれたの、マシュマロなんだ。よりによってさぁ」

「マシュマロ? それは――」

「嫌いって意味のやつなんだよ。テレビで見たんだ。嫌いって意味だって言ってた」

「なゆ君、あのね」

「良いよやよちん。無理に慰めてくれなくてもさ。やよちんだから言っちゃうけど、恋愛対象が男なのは俺だけなんだ。村ちゃんは、違うんだよ。っだ、だからさ、きっ……きっと、やっぱり女の子の方が……」

「違うよ!」


 その言葉と共に、肩に手を乗せられた。俺のよりも大きいけど、村ちゃんよりは華奢な手である。


「なゆ君、南雲君とちゃんと話した方が良いよ」

「やだよ」

「絶対に悪い結果にはならないから」

「どうしてやよちんがそんなこと言えるんだよぉ」

「だって。マシュマロは――」


 ものすごく真剣な顔だ。

 やよちんはいつも真面目だけど、ふんわりにこにこ笑ってて、穏やかで優しいのだ。その彼が、俺の肩を掴んで、ものすごく真剣な顔で、いつもより声のボリュームも上げている。


 何、マシュマロって、何なの。


 そう尋ねようとした時だった。


 ピンポン、と校内放送の呼び出し音が聞こえた。


『んんっ、あっあー』


「え」

「あれ?」


『おい、これもう喋って大丈夫なのか?』

『ちょ、止めろって、村井』


「村ちゃん!?」

「萩ちゃんまで!」


 ガタッ、と立ち上がる。俺の肩に手を乗せていたやよちんも、それを慌てて離した。


『校内放送で呼べば良いって言ったのは南城だろ』

『言ったけど、冗談のつもりだったんだよ! マジで実行するとは思わないだろ!』


「えっ、これ、どうしたら良い? どうしたら良いと思う、やよちん!?」

「ぼ、僕も何が何やら……。でもこれ、なゆ君を呼び出すつもりなんじゃない? 大丈夫?」

「大丈夫って、何が?」

「だって、二人のことは内緒なんでしょ? ホワイトデーの放課後に校内放送で呼び出しなんてしたら……」

「た、確かに! あの馬鹿!」


 ついついいつものように叫んでしまい、しまった、と口を押さえる。


 だけど――。


 扉に手をかけて、やよちんと視線を合わせる。


「やよちん、いまの『馬鹿』は照れ隠しとかじゃなくて本気のやつだから」

「……うん、ごめん。いまのは僕にもわかった」


 あの馬鹿。せっかく成績優秀なのに、こんな馬鹿なことして内申が下がったらどうするんだ!

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