食べちゃいたいくらい愛してる

杠明

食べちゃいたいくらい愛してる

「本当に可愛い、食べちゃいたいくらい」

彼女は口癖のように僕にそう言う。


多くの人に嫌われてきた僕には天使のような人だ。

僕が彼女の部屋に閉じ込められてどれだけの月日が経ったであろうか。

彼女に出会ってすぐ僕は部屋の一室に閉じ込められた。

だが不満はない。

人の中には「閉じ込められて自由がない」

という連中もいるが仮に自由だとしても所詮狭い範囲で行動するだけだろう。


それに食事も寝床にも困らない。

何より僕も彼女を愛してる。

彼女は日の高い間は外にいるがそれ以外はずっと一緒にいる。

危険のない安定した生活と愛してる彼女、これ以上何を求めようか。


日も沈みかけた頃合、彼女が大きな扉の鍵を開け帰宅した。

「ただいま、ニシ君」

『おかえりなさい』

この長い閉鎖生活のためか僕は声が出ない。

しかし声など出さなくても問題はない。


彼女といる間は部屋から出て家の中を動き回れる。

僕の手足は遠い昔に萎えて機能しない。

だが適応するもんだ、身体をうまく使いスムーズに移動できる。

適度に運動し健康的に過ごさねば。

彼女と少しでも長くいられるように。


その日彼女の帰りは遅かった。

いつもよりずっとずっと遅かった。

ようやく彼女が帰ってきた。

『おかえり、遅かったね。どうしたの?』

「ただいま、ニシ君。あのね、今日職場の石崎先輩に誘われて食事に行ってきたの」

『石崎さん? どういう人なの?』

「すごい優秀な人で、面白くて優しい人なの。それにすごいカッコいい人」

『……』

「明日休みだからってデートに誘われちゃった」


ひどい裏切りだと思う。

今日帰ってきたらはっきり言おう。

『僕がいるじゃないか、そんな奴についていくな』って

彼女は僕を一番愛してるはずだ。

そうだ、きっとこれは冗談で僕を嫉妬させようとしてるんだ。

可愛い人だ、僕はもっとシンプルなほうが好きだな。

感情的にならずそう伝えよう。

仲違いが一番つまらない。

賢い人だしきっと理解してくれるはずだ。

その日彼女は帰ってこなかった。


僕には冷たい血が流れている。

結局彼女が帰ってきたのはあの男とのデートの翌日だった。

帰ってきた彼女は笑顔で謝りながら僕に食事の用意をした。

あの笑顔は今まで見たものとは別物だった。


聞きたくもない石崎との過ごした話をしながら彼女は眠ってしまった。

いつもは別の部屋で眠るのにこんなことは初めてだ。

僕は手足のない身体を器用に使い彼女のもとへ行く。

僕よりずっと小柄で華奢な女性だ。


石崎がなんだ、僕が君を誰よりも愛してる。

眠っている彼女から返事はない。

いや、起きていてもきっと返事は帰ってこないだろう。

彼女に寄り添い、寝顔を眺める。

とても可愛らしい寝顔だ、だれにもやるもんか


『愛してる、食べてしまいたいくらいに』

その夜、僕は彼女と一つになった。

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食べちゃいたいくらい愛してる 杠明 @akira-yuzuriha

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