担任は癖強先生
複数のバスが、車道を走っている。
その最前列を走る1年A組の生徒が乗ったバス。
さらにその最前列に、揃って頭を抱える男女が一組。
制服ではなくカジュアルな服に身を包んだ二人は、生徒ではなくA組の担任と副担任だ。
「「あの馬鹿みすず……」」
そんな二人は今朝、1年F組の担任によって頭痛の種を植え付けられていた。
『夜分遅くに失礼します。明日、そちらのクラスの雛瀬晶さんをF組のバスに招待することとなりました。急な連絡となり申し訳ありませんが、ご融通の程、しくよろしくお願い致します。けいぐ』
それぞれ別の場所でふざけた事を抜かすメッセージを見た二人は、思わず天に向かって叫んだ。
あのチビ女が!――――と。
「はぁ…………雛瀬は本当に向こうのバスに乗ったんだな?」
「えぇ、それは確認した」
「あの女、本気だったか」
「だとしたら……私達には止められないわよね」
痛む頭を抑えながら諦めて現状を把握するしかない二人の顔には、隠しきれない怒りが浮かんでいた。
「あはは。先生たちは大変そうだね」
「……まさか、本当にやるとは思わなかったが」
そして、最前列から数列後ろでそれを見る男子が二人。
「雛瀬さんがそれだけ彼にぞっこんだってことだよね」
「流石、見せつけられた男は理解度が違うな?」
「ははっ、まあね」
頭を掻きながら面白そうに笑う茶髪の男子に、隣に座る男子は面白くもなさそうに窓の外に視線を向ける。
「まったく、どうなることやら」
ため息と共にそう吐いて、彼は自分の手にある小さな座席表へと目を向ける。
バス前方側にある自分の名前に構うこともなく、後列の方へと視線を滑らせて、黒髪の男子は再びため息をついた。
彼の確認した後列。
そこには『雛瀬晶』と確かに書かれていた。
「………えっと、わりと駄目では?」
「わりと、じゃなくて、普通にダメだね〜」
高速道路を走るバスの中。
最後列だというのに、わざわざ振り向いてまで前方からチラチラと投げられる視線に俺が半ば辟易としている中で、晶の同乗について惜しげもなく種明かしをした加留先生は、笑顔を崩さず軽く答えてみせた。
「こ、これは……」
俺と同じく種明かしを食らった篠崎は、引きつった苦笑いを顔に浮かべている。
「だって仕方ないでしょ? 雛瀬さんがわざわざ違うクラスの担任の私を呼んでまで打診してきたんだから、ね?」
いや、『ね?』じゃねぇだろ……
加留先生の起こした『晶の乗るバスを変更する』という摩訶不思議なマジック。
その実態は、A組の担任と副担任が知り合いなので、なんとか誤魔化してもらおう、というマジックというのも烏滸がましい他人任せであった。
「これ……バレたら晶が罰受けるとかないですよね?」
「そこは大丈夫〜。そうなったら絶対私が全部責任負うから、さ?」
「ウィンクされながら言われても『そっかぁ〜、なら安心!』とはならないんですよ?」
「あはは、まぁ本当に大丈夫だよ。あの二人のことだから、私一人が絞られて終わるだけになると思うから」
「えぇ……」
「あの、それならなぜこのようなことを?」
「へ?」
「その、わざわざ規律を乱して、先生が不利益を被ってまでなぜこのようなことを、と思ってしまって」
引き気味の俺の代わりといったように、篠崎が先生に問いかける。
それを聞いた先生は少しだけ思案したような素振りを見せてから、ニマニマとした笑みを浮かべて答えた。
「面白そうだったから……だね!」
「あんたホントに先生か!?」
「はい、間違いなく先生です〜」
「えぇ…………」
まじか。この人、マジかぁ……
俺も篠崎も、加留先生の言葉に絶句する以外に出来ることがないぞ、これ。
なんだかアホらしくなってため息を付きながら窓側に目をやると、そこには俺の右袖を優しく摘みながら、窓の外を眺めている晶の横顔があった。
視線に気づいた晶はこちらに顔を向けると、じっと俺の目を見つめてきて、思わずこちらからも見つめ返す形になる。
お互いに無言でそのまま見つめ合っていると、ふと晶は表情を崩して、薄い笑みをその顔に浮かべた。
「二人共水を差すようで悪いんだけど、イチャイチャしすぎないでね〜? 一応他の人もいるから、良い雰囲気になってもキスとかしちゃだめだよ〜?」
晶の笑顔に心温まった瞬間、そんな言葉が先生の口から飛び出してきて、思わず素っ頓狂な声を上げそうになった。
いや、まぁだってほら?
その注意は遅いっていうか……それは入学初日の晶に言ってほしいっていうか……ねぇ?
「しません、そんなこと」
「え、しないの? 入学初日に晶ちゃんとあんな熱烈なことしてたのに?」
ねぇ? なんでこの女はこのタイミングでいらんこと言うの?
「なぁ池野、黙っててくれない? 100円あげるからさ?」
「私を買収したかったらその100倍は用意してもらわないと困るよ!」
「いやぁ、池野の口止め料に1万は高すぎると思わないか? 何様のつもりだよ?」
「えっと、お嬢様?」
「あー……面白い冗談だな」
なんだか微妙にズレた方向に話が進んでいる中、その流れを切るように加留先生が俺の名前を呼んだ。
「相沢くん――入学初日に熱烈ハグとベロチューってどういうことですか!?」
「あの、先生、耳鼻科に行ったほうがいいです。今の会話のどこに、ハグと、ベロチューがあったんですか」
いやまぁ、事実としてはハグはあってるしなんならチューも合ってるけど、ベロは本当になかった。
まぁ、本当になりそうではあったけど。
「え、なかったですけど。でもそんなイベントあったたなら私も見たかったっ!」
「滅茶苦茶すぎるわ! しばきますよ!?」
「え、ヤダ怖いです〜!」
俺はあんたのほうが怖いよ。出会って数日だってのにもう何しでかすかわかんないから。
俺の少しだけ怒りの滲んだ声に加留先生はふざけたように答えた後、揺れるバスの中を最前列の自席まで進んでいった。
「あはは……なんというか……嵐みたいですね……」
先生が離れたことで一息つけたのか、ずっと苦笑いしっぱなしの篠崎は、そう力なく呟いた。
そしてその呟きに、俺も力なく頷くしかない。
「……ナツくん。楽しそう」
そんな俺を見て、晶は少しだけ微笑ましそうにそう言った。
いやまぁ、つまんないよりかは確かにマシだとは思うけどさぁ……
正直、体力がもたないです。
基本無表情な幼馴染がいつでもどこでも猛攻を仕掛けてきます。 おきて @anEntity
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