行動力、爆発
土曜日。
結局、晶はうちで朝食を食べてから、制服に着替えて帰っていった。
それを見送った俺が顔色の悪い美佳を介抱して、スマホで適当にゲームをしながら母さんが満足するまで適当に相手をしているうちに、あっという間に夜になってしまって。
母さんの相手で疲れていたのもあるんだろう。次が日曜だというのに、夜更かしをしてみたりするような気力は起きずにさっさと眠ってしまった。
日曜日。
先週言っていたように、晶が朝から俺のことを起こしに来た。
まぁ、朝とはいっても午前10時頃だったし、丁度いい時間ではあったんだが。
俺を起こした晶は、しばらくの間俺と適当に話した後、用事があると言ってどこかに行ってしまった。
その時はなんだか、ほんの少しだけ寂しいとは思った……んだけど、高校に入る前まではこれくらいの距離感ではあったことを思い返す。
それを考えると、うん。やっぱり、今の晶の距離感がバグっているんだよな。
別に、それが嫌だというわけでもないんだけども。
そして今現在、つまりは月曜日。
当たり前のように俺を起こした晶と一緒に、俺は学校に到着した。
もちろん、泊まりのための荷物を持って、だ。
「ほい、荷物」
「……ん、ありがと」
「どういたしまして」
駅から持っていた晶のリュックを手渡して、俺は正門から見える光景を確認する。
正門と校舎までの長い通路、そこは六台のバスが並んでいて、その近くに多数の一年生が集まっている。
適当に一番手前にあるバスのフロントガラスの上側を見ると、この高校の名前と、その下に『1年A組』と書かれていた。
こういうときはあれだな。多分クラス毎に集まっていそうだ。そして手前がA組なら、F組のバスはここから一番奥のバスだろう。
俺はそうあたりをつけて、奥の方を指さしながら隣にいる晶に声をかける。
「じゃあ晶、俺は多分向こうだから」
「…………」
頷くなりすると思ったのだが、晶はなぜか無反応。
それを不思議に思いながらも、俺は「それじゃ」と言って歩を進める。
そしてそんな俺の横に並んで、俺の歩幅に合わせて、いつもよりも大股で晶が歩く…………え?
「晶? A組のバス、あっちじゃないのか?」
「そうだね」
「いや、ならなんでこっちに来るんだよ?」
「……なんででしょう?」
「え?」
俺の問いに、晶はどこかはぐらかすように首を傾げる。
意味が分からず俺も首を傾げていると、校舎のある奥の方から、足音を立てて池野が走り寄ってきた。
「あ、二人共来た来た!」
「げ」
「いや、その反応は流石に酷いよ?」
「先週の発言を全部思い出してくれ。こんな反応されても仕方ないと思わん?」
「……それ言われちゃうと弱いなぁ」
いや、自覚あんのかよ………
少しだけ不服そうにした池野は咳払いを一つして、気を取り直したように俺に笑顔を向ける。
「おはよう、相沢くん! 今日も晶ちゃんと仲良さそうで何より!」
「あぁ、うん、おはよう」
された挨拶をわざわざ無視するつもりもないし適当にそう返す。
――――て、あれ?
なんか今の池野……晶のこと名前で呼んだ、か?
いや、別にそれが駄目だと思っているわけではない。ないが、いつの間に仲良くなったんだ?
少なくとも金曜までは、池野は晶のことを苗字で呼んでた…………気がするんだけど。
「晶ちゃんもおはよう!」
「うん、おはよう。池野ちゃん」
池野の挨拶に無表情に答えた晶も晶で、池野との距離が少し縮んでいるように見受けられる。
……いや、待てよ?
どういう経緯でそうなったかはわからないけど、もしかして、晶が土曜に言ってた用事ってやつって―――
「っと、そうだ。はい、相沢くん」
「な、何だよいきなり」
「いいからいいから。これ、広げてみて!」
俺が違和感に思考を巡らせていると、池野は突如として、手に持った何かを俺の胸元に押し付けてきた。押し付けるように池野が渡してきたのは、四つ折りされた祇。
俺は池野の言うとおり、それを広げて中を確認してみる。
それは、パッと見た感じ――
「……バスの座席表?」
中央に通路。その左右に座席が2つずつ並んでいて、一番後ろの座席だけは横幅目一杯。
そして各席には人の苗字が描かれている。
髪の上の方を見ると、『1年F組』の文字列。
間違いない、これから乗るバスの座席表だな。
「加留先生がくじ引きで決めたんだってさ! 私達の班は、なんと一番後ろの座席になっています!」
池野の言葉を聞いて、自然と該当する部分に目が行く。
「…………? ん? え?」
そして俺は、その部分を見て酷く困惑することになった。
なぜかって? まぁ、理由としては単純だ。言ってしまえば、別のクラスの人間が書かれているから、だ。
しかもそいつの名前が……
「……晶?」
俺の幼馴染の名前だったから、というのもまぁ。理由としては、充分じゃないだろうか。
混乱したまま隣で俺を見上げる晶と目が合う。
すると、晶は突然恥ずかしそうにはにかむ。
「……えへ。ナツくんと、もっと一緒にいたかったから……がんばっちゃった」
「え……いや……」
頑張ってどうにかできるもんなのか、これ?
だって、ねぇ? 晶と俺は別のクラスのはず、だし……?
「ふふっ、混乱しているようですね」
突然声をかけられて振り向くと、オリエンテーションの同じ班の一人が苦笑していた。
「お前は……風優姫院」
「残念ながら私達が行くのはエジプトではありませんよ?」
あ、伝わるんだ。
「あのですね。正直、私もびっくりしたんです。日曜日に池野さんに呼び出されたと思ったら、池野さんも雛瀬さん、それに先生と初対面の男子二人がいて。トントン拍子で話が進んだと思ったら、雛瀬さんがF組のバスに乗ることが決まってしまって」
「いや待て待て待って。そのトントン拍子で進んだ話って何? 何なの? そこが一番気になるよ俺?」
篠崎の話を遮るように、思わず前のめりで聞いてしまった。
「あ、あはは……それが、あんまり私もよくわかっていなくて」
そんな俺に、困ったような笑みを浮かべて答えた篠崎は、「ただ」と続ける。
「なんというか、この件は雛瀬さんが働きかけたもの、だそうですよ」
その言葉に、いつの間にか俺の右袖を握っていた晶に振り向いた。
その目にこもっているのは……あー、多分。
星のように輝く期待、だ。
……あー、そうだった。
晶、たまにだけど意味の分からない行動力を発揮する時があるんだっなぁ……
それが今回はこれ、ということか。
「……こういうの、平気なのか?」
「大丈夫だよ! 先生が掛け合ってくれたって言ってたから!」
あぁそっか。篠崎、加留先生もいたとか言ってたな。
……あー、まぁ。それならいいのかなぁ。
「ほら、荷物置いて早く乗っちゃおうよ!」
煮えきらない俺に業を煮やしたのか、池野がそう急かしてきた。
「……ナツくん、いこ?」
そしてそれに便乗するように晶が袖を引っ張る。
その目には、さっきよりも少しだけ不安そうで――
それを見たら、なんだか考えるのが馬鹿らしくなってきてしまった。
晶が俺と一緒にいたくてここまでしてくれた……なら。
「わかったよ。行くか」
まぁそれに乗るのも悪くは、ないのかなぁ……なんて思ってしまうんだ、俺ってやつは。
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