キミのとなりに
春休みの間、寝るたびにずっと同じ夢を見ていた。
どこかに行ってしまうナツくんの背中にどれだけ手を伸ばしても届かずに、やがて見えなくなる。そんな夢。
苦しかった。
ナツくんと会えなくなる焦燥に悪寒がして、息が詰まった。
ナツくんと一緒にいられない事実に愕然として、切なくなった。
春休みにはもう、同じ学校に行くのが決まっいてたのに……たった数日キミに会わないだけで、そんなにも求めてしまって。
夢だとわかってても、本当にそうなってしまうんじゃないかって疑心暗鬼になるたびに、キミを想って誤魔化していた。
ナツくんがいるから、ボクの見る世界は色づく。
ナツくんがいるから、ボクは日常を過ごせる。
ナツくんと離れるのはいやだ。
ボクにとって、ナツくんの側にいられない世界は、生きる意味がないとさえ、思えてしまう。
これがボクの一方的な想いなのは、わかってる。でも、それでも願わずにはいられないんだ。
ずっと、キミのとなりにいさせてほしい。
それがどんな形でも、ボクは――――
早朝。カーテン越しのほのかな光が満ちた部屋。
そこで目を覚ましたボクは、今の自分の格好を見て、昨日の自身の行動を思い返す。
「……ボク、結構勇気出したんだよ?」
裸ワイシャツになって、添い寝して。
キミを誘うように、ボクを感じてもらえるように、身体を擦り付けて。
そこまでしたんだから、我慢しないで少しくらい手を出してくれてもよかったのにな………なんて自分勝手に思ってみたり。
「ボクは……ナツくんになら、そういうこと、してもらいたいんだけどな」
そう呟いたボクの隣で、ナツくんは今も静かに寝息を立てている。
その頬に、そっと触れる。
起こさないように、ゆっくりと。
ナツくんの頬から、ボクの左手に体温が伝わる。
その熱がボクの心に安らぎをもたらして、自然と頬が緩んだ。
「…………あ」
そうして安らぎに身を任せていると、ふと昨日の帰宅中の会話を思い出した。
ナツくんのオリエンテーションの班……ナツくんと女の子が2人、なんだよね。
そしてボクの班は…………
話を聞いた時は混乱したままナツくんに甘えちゃったけど、よく考えたら……チャンス、かも。
オリエンテーション中は自由時間が少なく、班での行動が基本。だから、頻繁にナツくんに会いに行くことはできないんじゃないかと思っていた。
けれど、今浮かんだ案をどうにか実現できれば――
■■■■■■■■■■
「――くん。ナツくん、朝だよ。起きて?」
「…………ん」
意識がまどろむ中。柔らかな声が耳に入り、体を優しく揺すられて目が覚めた。
瞼を開けると目の前に晶の顔があって、一瞬心臓が高鳴る。
「おはよう、ナツくん」
「……おはよう」
「よく、眠れた?」
「まぁ……この状況にしては」
俺、まじでよく寝れたなぁ。
女の子と、しかも晶と添い寝している状態。状況だけ見たらまじでナニか起こっていてもおかしくないシチュエーションだと、自分でも思う。
俺の言葉に無表情に頷いた晶は、掛け布団と一緒にゆっくりと体を起こす。何故か、それに引っ張られるように俺の身体も起きる。
一瞬不思議に思ったが、その理由はすぐにわかった。
「ね、ナツくん……手、離さないでくれて、ありがとね?」
どうやら、俺と晶は寝ている間も恋人繋ぎをし続けていたらしい。
晶は喜色の滲んだ声でそう言って、俺の左手を優しく握り返してきた。
昨日眠りにつく前はあまり意識していなかったはずなのに、今はやけにそれが恥ずかしく感じる。
「……とりあえず、下に降りるか」
その恥ずかしさを誤魔化すように言った俺に、晶は頷いた。
「おーちなつぅ! 昨夜はお楽しみぃ〜?」
一階に降りると、リビングには旅行帰りの酔っぱらいが顕現していた。
その酔っぱらいは俺と晶を確認すると、ケラケラと笑いながら手で持ったロング缶を煽る。
その缶がなにかは、まぁもちろんというべきか、我が家ではおなじみというべきか。
いわゆる、ストロングなアレだ。
「朝から騒がしいぞ、母さん」
「いいじゃんかよぉ〜、休みの日ぐらい飲ませろぉ〜!」
「あんたの場合飲むと周りに迷惑かかるからさぁ……」
「だから家で飲んでるんでしょーが!」
「俺と美佳に迷惑かけるなって話してんだよ!? 美佳だってあんたに付き合ったせいで伸びちゃってんだろ!?」
「え? いやいやだいじょぶだいじょぶ、ただ休憩してるだけだもん。ねーみかちゃーん?」
「いや……むり……」
顔を真っ赤にして喜々とした母さんと、顔を真っ青にしてぐったりとしてソファに寝そべっている美佳。ソファの近くのテーブルには一升瓶が複数置いてあり、そのどれもが空。
美佳、これはだいぶ飲まされたな……
しかも飲ませた本人は未だに酒飲んでるし。
我が家で時たま起きる光景に顔を覆っていると、母さんがニマニマとしながら千鳥足で寄ってくる。
「そんでぇ〜? セッ○スしたの?」
「ぶっ!? ば、いや、してねぇよ!」
いきなりなんてこと聞いてんだこの人!?
「うそだぁ? そんな格好させといてシテないは無理あるでしょうよ?」
「いやこれは晶が勝手に…っ!」
「へぇ〜。ちなつはあきらちゃんの裸ワイシャツ、嬉しくないんだぁ?」
「へ? いや、そりゃ嬉しいけど………………って、何言わせんだ!?」
「自分で勝手に言っただけでしょ」
自爆した俺の様子を見て母さんは満足そうに頷いてから、ロング缶のプルタブを開ける。
「って、まだ飲むつもりかよ!?」
「しょーがないでしょ? 旅行中に飲んだら友達に迷惑かけちゃうから、ずっと耐えてたんだし」
「迷惑かけること理解してるのに飲むなって、何回も言ってるだろ! せめて一人のときに飲んでくれ!」
「うーん、やだ」
「子どもかよ……」
俺の言葉を意に介さず、新たに開けたロング缶をグビグビと飲んだ母さんは、ちらりと晶に目を向ける。
「あきらちゃんはもう帰るのぉ?」
「……うん。ちょっと、やりたいことができたから」
「やりたいこと?」
俺が問うと、晶は一度俺の目を見て、俯いてからもう一度顔を上げる。
「……ナツくんには……まだ、ひみつ」
晶は、何かを企むような少し妖しい笑みを浮かべていた。
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