理性に鞭打ち意志たもち
どのくらいの間、そうしていただろうか。
俺は目を閉じて、時々もぞもぞと晶が動くのを感じながら、睡魔が到来するのを今か今かと待ち続けていた。
………………。
いや、寝れるわけねぇだろこんな状況!
鼓動が激しすぎて胸が痛いし、晶が身じろぎするたびに、髪からいい匂いが香るわ艶っぽい吐息が聞こえるわたわわがぐにゅぐにゅ主張してくるわで、もう目が冴えまくりなんだが!?
今の俺は薄着だし晶もワイシャツ1枚だし、昼に抱きつかれたときよりもより晶の体温も柔らかさもよりダイレクトに伝わってきていて、俺の性欲がもはや暴発寸前だ。
何なら俺の息子はだいぶはわわな状態になっているし、もうめちゃくちゃ。
なんとか晶に当たらないように腰を引いて調節してるが、仮にもっと強く抱きついてきたりしたら………
あーダメ、考えるな俺。考えれば考えるほどドツボにはまるんだこういうのは。
俺は深呼吸をして、頭を切り替える。
その際にまた晶の漂わせている匂いが…………って、まじで悪循環だなこれ。
とにかく。
本当にこれからどうしよう。なにせ最初に思いつきで立てたガバガバなプランは、早々にガラガラと崩れ去り実現不可能となってしまった。こうなると、晶が寝てから布団に移るとかでもしないと、興奮で眠れなさそうだ。
…………晶が寝るまで、これを耐えるの?
「ねぇ、ナツくん」
やばい状況に慄いていると、少しだけ不安そうな晶の声が聞こえてきた。
「池野さんのこと、どう思ってる?」
「池野のこと?」
胸元に何かが擦れて、晶が頷いたことを理解する。
なんでそんな質問をされたのかは分からないが、池野の印象ねぇ………
『抱きしめちゃおうよ!』
おい、俺の脳みそさん? なんでこのタイミングでそれ思い出しちゃうの?
「まだ会って二日だけど、変なやつだと思う。あと、外面はいいのに中身が残念だなぁ、と」
俺は脳裏によぎった記憶に若干動揺しながらも、そう答えた。
言ってからちょっと池野に失礼かと思ったが、俺の印象としては間違いないし、まぁいいか。
「一緒にいて、楽しい?」
「まぁ、あいつといると退屈しなさそうだとは。かわりに、間違いなく疲れるだろうけど」
「……そっか」
晶は俺の答えに満足したのかしてないのかわからない返事をして、腕に力を入れる。それを感じると同時に、今度は俺の足に何かが絡まる感触が。
「あ、晶っ! ちょっと待て!」
晶が何をしようとしているのかを瞬時に理解して、慌てて制止しようとするも時すでに遅し。
先程までのように上半身のみではなく、全身が完全に密着するような状態になってしまった。
そうすると、俺が先程まで腰を引いていた理由に晶が気づくのも当然というべきか。
「…………ナツくんの……かたい、ね」
「う、いや……その」
晶の幼気で甘い声でそんな言葉をかけられて、羞恥で全身が熱くなった。
晶から俺に伝わる体温も、心なしか少しだけ上がっているように感じる。
「……ボクのこと、ほんとうにそういうふうに、みてくれてるんだ」
「さっきそう言ったじゃん……」
蒸し返されて、俺の体温がさらに上昇する。
「いままでは……そういうそぶり、なかったから」
「そ、そりゃお前」
そういうところはずっと見せないように努力していたというか、なんというか……
「……ん、ふ……ぁ」
俺が答えに窮していると、晶の艶めかしい声と共に胸元に柔らかな何かが擦り付けられる。
それがなにかはまぁ、推して知るべし。
そして推してしまったことにより、俺の口からは呻き声が漏れる。
「ぃ!? や、ちょっと、なにしてんの!?」
「えへ……また、かたくなった?」
言いながら、もう一度だけ身体を上下させる晶。
その拍子に彼女のその双丘が俺の身体に、俺の下半身が彼女の身体に擦り付けられて、ジリジリと甘い快感が背筋に走る。
「こ、こんなことされたらほとんどの男はこうなるって!」
「……ボクのおっぱいだから、じゃなくて?」
「っ!?」
その言葉に思わず俺の身体が跳ねる。
そして、その…………俺の息子もしっかり跳ねてしまって、密着している晶も当然それを感じたんたろう。
「おたくのむすこさんは……しょうじきなこですね?」
「…………シテ……コロシ……テ……」
「……ふへへ」
死にたくなった俺とは対象的に、晶はやけに嬉しそうにしていて、なんだか弄ばれている気分になる。
いや、なんだかではないな。確実に遊ばれてるわこれ。
それにしても……ほんと、さ。
俺、よく耐えてね?
たまらず手が出そうになるたびに、『そんな勢いでシてしまって良いのですか? 後悔しませんか?』と、
ありがとう俺の理性、そしてもっと頑張って下さい、お願いします。
自分で自分を褒めながら、晶にからかわれて熱くなった頭を冷ますように息を吐く。
……うん、そうだ。
自分の感情だけでそういう行為に走るのなんて、良くない。
そんなんじゃ………晶を傷つけようとしたアイツと、同じになる。
それだけは、俺の意地と意志と決意と誓いで断固拒否だとも。
とはいえ、だ。
俺だって、本当は思いっきり晶を抱き締め返したい。
昨日晶がしてくれたみたいに、今度は俺からキスをしてみたい。
でも、こんな状況でそんなことをしたら、もしかしたら止まれなくなるかもしれないと考えると……
あぁ、そうだな。
今はまだ、できない。
幾分か冷えた頭で思考して、自分自身の意志を再確認。
落ち着いたところで、ゆっくりと目を開ける。
「ナツくん?」
薄闇の中で、俺を見上げる晶の輪郭が映る。
じっと見つめていると、徐々に目が慣れて晶の表情が微かに見えるようになった。
彼女の表情から読み取れたのは、不安。
なにかに怯えるような彼女の顔を見て、なんだか胸が苦しくなる。
どうしたのかと訊こうとした瞬間、右手にさらさらとなにかが流れるような感覚がして、そちらに注意を向ける。
そして気づく。
どうやら俺はほぼ無意識のうちに、晶の頭を撫でていたらしい。
晶は少し目を見開いた後、顔を俺の体に押し付けてきた。
「晶、その……大丈夫か?」
「…………その……ね? わがまま、いい?」
「ものによるけど……言ってみな?」
俺の漠然とした質問に、答えになっていないような返しをした晶は、顔を埋めたまま続けた。
「…………もっと、なでてほしい……な?」
少しだけ苦しそうに言った晶は、ぎゅうっと俺の体に抱き付き続けている。
「わかった」
そんな風に怯えたようにする晶を少しだけ心配に思いながらも、同時に感じる愛おしさのまま、彼女の要望に答える。
懐にある晶の頭にもう一度手を乗せて、優しく、ゆっくりと撫でる。
すでに乾いている晶の髪を感じながら、掌で撫でたり、偶に髪を梳くようにしてみたり。
「…………あったかい、な」
晶はそう呟いてから、それ以上何も言わなかった。
やがて、晶のかすかで穏やかな寝息が聞こえてきて、回された腕から力が抜けた。
その状況に、俺は思わず大きく息をこぼす。
よし、そしたら俺は布団に移るとしよう。
なんだかんだで耐えられてはいたが、正直いっぱいいっぱいすぎる。
どんくらいやばいかというと、俺の股間についてる矢印くんが元気良く伸びをするくらい。
ごめんな、よく頑張ってくれたけど、せがれいじりはまた今度な。
適当考えながら、そっとベッドを抜け出そうとして、俺ははたまた気づく。
俺の左手が、いつのまにか晶の手と固く繋がれている。
腕からはすでに力が抜けているというのに、左手に繋がれた手だけは力が入っていて、すぐに離すのは難しそうだ。
かと言ってこのまま俺が布団の方に行ってしまうと、晶がこちらに引っ張られてうつ伏せの格好になってしまう。
晶の胸でうつ伏せ…………苦しそう、だよな。
ただの予想だしなんなら妄想だが、それでもわざわざ晶にそんな思いをさせる可能性があるなら……まぁ。
俺の理性を生贄にしたほうがマシだろうなぁ。
かくして、俺はベッドから抜け出すのを諦めて再び晶と向き合う格好でベッドに寝転がる。
視界に広がるのは晶の穏やかで、幼さの残る寝顔。
それを眺めていると、さっきまで浮かんでは沈めていた邪な感情はどこへやら、変わりに胸の中に暖かさが満ちて。
俺はいつの間にやら、眠りにつくこととなった。
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