第7話 泣き虫と 抹茶のアイス


『ていうかさぁ~、伊織はいつになったら戻ってくるわけ?』


「集中しろ鹿央隊員。指揮車、あやかし群200m前方に視認した。………杵柄隊員はまだ自宅療養中だ。すぐ出れるわけねぇだろ。」


『退院したらすぐって話だったじゃんか。早く帰って来てくんないかなぁ……』


「……畑中ぁ。状況報告」


『こっちも確認できてます。ヘケトタイプ5体。最大個体は頭頂高1m弱。さらに建物群の中に要救助者の熱源を感知。立て籠もっています。2階っすね。建物は3階建て。鉄筋コンクリート造り。外に非常階段見えます。あやかし群は1階に2体。2階踊り場に2体。建物内部の階段に1体。階段の個体のみ熱源反応のみの確認です。』


「逢坂ぁ。展開指示」


「は、はいっ!!えっと……」


「1号機から」


「はひっ!! い…1号機鹿央隊員、応答願います!」


『はいは~い♪ 奏ぇ♪ 頑張ったら今日ラーメン奢ったげるよぉ♡』


「あ、ありがとうございますッ!!」


「相手せんでいいから展開指示」


「は、はいっ!! 1号機鹿央隊員、2号機が展開型シールドを設置後催涙弾射出用意ッ!!」


「それは後。展開って展開型シールドの事じゃないから。先に展開場所の……初期配置の指示しな。その後に突入場所の指示。その後が今の。」


「も、申し訳ありませんッ!!!!」


『わぁ~ぉ♪ かっこいいぞぉ~奏ぇ~♪』


「あ、ありがとうございますッ!!」


「相手せんでいい」


『逢坂ちゃ~ん、俺はぁ~』


「は、はいッ!!2号機畑中隊員ッ!!」


『それ省いて良いよ~』


「はいぃッ!!は、畑中隊員は東側より敷地内に侵入後-------





◇ ◇ ◇





「はぁぁ゛っ………」


「おつかれ~ぃ奏。ばばあみたいな溜息出てるよ」


「ばっ………ぐぅ………」


七課北斗隊事務所。


宿直室の机に突っ伏していると、アイスを咥えながらシャワー室から戻ってきた美弥子ちゃんにバンバン背中を叩かれて痛かった。


「いや~バタついてたね。疲れたっしょ?」


「う゛………も、申し訳ありませんでした………」


「なんで謝んの?」


「ぜ、全然上手くできませんでした………」


配属後初めての現場(げんじょう)。


カエルみたいな気持ち悪いあやかしの発生通報を受けて現場に急行したまでは良いけど、私の初任務は散々な結果に終わることとなった。


「上手くできなくて当たり前でしょ? 学校のスピーチみたいな現場訓練とは違うんだからさぁ」


「にしても酷すぎです……絶対隊長怒っていましたし……」


一度たりとも怒鳴られはしなかった。しなかったけど……確実に呆れられたと思う。


初動の展開指示でもたついている間にあやかし群が建物内の二階の最初のバリケードに侵入。


1号機と2号機に全然違うタイミングで突入指示。


1号機と2号機の装備伝達を逆に報告してタイムロス。


「……美弥子ちゃんと畑中先輩を大破させるところでした。要救助者の皆さんも」


「はぁ? 大破なんてするわけないじゃん? ヘケトタイプ5匹だよ? 楽勝だっての」


「……只でさえ何があるか分からないあやかし相手なのに……現場を混乱させました……もし2機とも中破以上しちゃったら、命の危険があります」


「だからぁ……隊長だってずっとサポートアップで控えてたんだからさぁ。まぁ百歩譲ってあたしと畑中が中破したとしてだよ? あの化物隊長がヘケト5匹に負けるところなんて想像できんの?」


「………できません」


「じゃぁ良いじゃんかよ」


「………でも」


「だぁぁっッ!!でもは禁止だって言ってんでしょうがッ!!!」


涙目になっているところを無理矢理引き起こされ、美弥子ちゃんに頬をびよんびよん伸ばされた。

ボロボロ涙がこぼれてきてしまったのは……頬が痛かったせいだよ。


「泣くなぁッ!!」


「な、なびてばいッ!!!」


「泣いてんだろうがぁッ!!!」


「なびべばいぃぃッ!!!!」


「おらぁッ!!!」


「いだぁぁあッ!!!」


頬がちぎれるかと思った。 美弥子ちゃんってば本当に体育会系過ぎる。


伸ばされた挙句にバチーンッ!!と挟まれた頬を抑えながら藻掻いていると、美弥子ちゃんはカラカラと気持ちのいい笑い声をあげて私の横に座り込んできた。


「あのねぇ。隊長があんな程度の事で呆れる訳ないでしょ? さらに言えば初現場の新人がもたつくのなんて織り込み済みなの。申し訳ないけど」


「………はい」


「あんたが出せる指示なんて私ですら出せるわよ? 確かにあんたの指示は滅茶苦茶遅かったけどね、指示が出る前にもう予測して動いてたっての。あたし達の動き自体は隊長とおやっさんがずっと追ってたし。危険があったらあの二人が介入してたはずよ。」


「………」


「だから万が一も存在しなかったわけ。あんたが上手くやろうが下手打とうがね」


「………はい」


「余計凹む?」


「………はい」


「負けず嫌い過ぎ。もしくは調子に乗りすぎ」


負けず嫌い………なのかな?


よく分かんないや。


ただ、ひたすら悔しくて仕方がない。


「………必死に勉強したんです」


「ふぅん……? あんたもアイス食う?」


「訓練も、何度も何度もやりました。 合格しても補修にまで出て、何度もやりました」


「へぇ~そう。 アイス食わないの?隊長の差し入れ、あんたの分も食べていい?」


すぐに役に立てるように。


即戦力になれるように。


「からくり機動も、誰にも負けたことありませんでした」


「そりゃよござんした。 あたしには全敗してるけどね。 ……あ………なんであんたのアイスだけ良い奴なのよ。これ贔屓じゃない?」


なのに、全然ダメダメだ。


「ず……ずっと皆私を落ち着かせようとしてくれてたのにっ……」


「…………」


「み、美弥子ちゃんも……ずっと明るく声かけてくれてっ……なのにっ……パニック起こして………」


「ありゃ隊長が悪いわ。あんな次々指示出してさぁ……。 声に抑揚がなさすぎだっての。 楽しくやらせなさいよねぇ? 初めてなんだからさぁ」


バタン…と冷凍庫のドアを閉めた美弥子ちゃんは、ホットパンツにTシャツ一枚の格好で胡坐をかいて肩を竦めて見せた。


腕に張られた大きな絆創膏は、私の下手糞な指揮のせいでからくり機体の右腕が小破した時についた怪我。


「隊長はずっと冷静に努めろと………私を落ち着かせようとしてくれていました……」


「あ~また出た……あんたあいつのこと神聖視しすぎじゃない? そんなんじゃないっての。 あんなんダメ出しと一緒じゃんか。 パニック起こしたのは隊長のせい。あいつが悪い。はいこれでこの話はお終い。ほら、アイス食え」


ポンと掌に置かれたカップのアイスとスプーンは、ひんやりしていて気持ちいい。


美弥子ちゃんを見ると、綺麗な瞳がじっと私の事を見つめていてまた泣けてきた。


「アイス食え。泣き虫。次に生かしゃぁ良いんだよ」


「ふぁいっ………」


隊長が買ってきてくれたのは、私が好きな抹茶のアイス。


「良いなぁ高い奴。あたしなんて100円の奴だよ?おかしくねぇ?」


「ふぁぃッ………」


いつも宿直室の冷凍庫に入れてたのを、いつの間にか見られてたんだろうか。


「うまい?」


「うばぃッ……!!」


「あは………っ」


「うばぃぃッ………!!」


「あはははッ!! おいがっつくなってッ!! 美人台無しなんだけどッ!!」


ギュッと私を抱きしめてくれた美弥子ちゃんの体温があったかいし、


「くいばじたッ!!」

「あははははははッ!!!!食うのはえぇ~ッ!!!」


トクトクとゆっくり聞こえてくる心臓の音は安心するし、


「ごぢそうさま゛ッ!!!!!!」

「あははははははははははははッ!!!!顔かおッ!!!」


抹茶のアイスは、甘くて、ちょっと苦くて、おいしくて、


「う゛……ぶ……………ぶぁぁぁぁぁぁああああああああああああッ……!!うわぁあああああ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!」

「うはははははははははははははッ!!!!泣きすぎぃいッ!!!!!」

「だいぢょうのバカァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

「いいぞもっと言え奏ぇぇええええええッ!!!!」

「ばかぁぁああああああああああああああッ!!!!!!」


隊長の好きなアイスって何なんだろうなぁって、


「ほら泣いとけ泣き虫ぃッ!!!!!!!」


今度聞いて……お返ししたいなぁって、


「ぐやじぃいいいいい゛い゛い゛い゛ッ!!!!!!!!」


頭の中には、そんな思いしか浮かばなかった。





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KARAKURI ~鬼道七課北斗隊奮闘記~ @kanazawaituki

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