第6話 10本組手
「おーし、じゃぁいくわよー」
「は…はいっ!! よろしくお願いいたしますッ!!」
七課演習場。
帝都にある野球場ほどの大きさのグラウンドの中心には、二体のKARAKURI機動機体が立っていた。本日は新人の初しごき。ハンデありの10本組手の開催日である。
七課期待の新人である逢坂奏が搭乗する機体は、訓練用の巨大な竹刀を装備したOCグループの最新からくり機動機体RXⅡ型。軽量化と従来の機体の13%を超える高機動。加えて新OSを搭載した機動は、より繊細な関節の機動を可能にした。北斗隊ではまだ試していないものの、頑張れば米にも文字が書けるらしい。
「畑中~、カウント~」
「へ~い、いきますよ~」
対して七課のNO2である鹿央美弥子が搭乗する機体は、訓練用のプロテクターのみを装備したTGG社のKH9808型。頑強性と出力に重点を置いたスタンダードモデルで、9年前に鬼道庁に正式採用された安定性の高い機体。現在帝都陰陽庁鬼道課に2000機が配備されている、おなじみの白黒ツートーンカラーで、愛称はカルガモ。
「10秒前~」
「~~~~~っ…!!」
「緊張すんなじゃないわよ~奏~?」
「は、はい!!美弥子ちゃん先輩ッ!!!」
「先輩つけんなよ~~?」
「2」
「ッ!!」
「うしっ……」
「0」
―――ドンッ!!!!!!!!!!!!!!!!
と地面を抉りながらスタートを切ったのは逢坂奏。
気合の発声を上げながら一直線にスタートを切る一連の動作はややぎこちなかったものの、まだ使い始めのOSだとは到底思えないような滑らかな動きだった。
「わぁぉっ♪」
一方の鹿央美弥子はゼロカウントが鳴り響いても仁王立ちを止めず、土煙を巻き上げながら突っ込んでくるRX2型を見つめながら短い口笛を鳴らしていた。
コックピットの中のスクリーンが一斉にアラートの警告を鳴らし始める中、鹿央美弥子は好戦的な笑みを浮かべながら僅かに機体脚部のサスペンションのガスを抜いていった。
「ダリャァァアアアアッ!!!!!」
「はんやっ!!♪ 速いねぇ奏ぇッ!!!!♡」
バガンッ!!!と派手な音が鳴ったのは、横薙ぎ一閃に振り抜いた竹刀を鹿央のKH9808型が左腕のプロテクターで受け止めた音。
「ッ!?」
相手の機体を転倒させるつもりで振った竹刀がビタリと止められると同時に、スルリと右腕が竹刀に伸びてきた動きがモニターの隅に移り、逢坂奏は顔を青くしながら機体を一気に後ろへ跳躍させた。
「お~い逃げんなよぉ~奏ぇっ♡」
「あわっ!!? うわわっ!!!」
「逃げんなってぇえええッ!!!♡」
「ひぃぃぃッ!!!!」
そこからは一転してKH9808型を駆る鹿央美弥子の攻勢が始まった。
竹刀を振るために距離を取ろうとする逢坂奏が右に左にと逃げようとするものの、まるで動きを予知しているかのようにぴったりと鹿央美弥子がくっついていく。
その間にも引き面や突きを繰り出しながら逢坂奏が牽制していくものの、繰り出す剣閃の全てがクリーンヒットしない。
それどころか鹿央美弥子は相手をからかうかのように竹刀のキャッチを狙い続け、指揮車の中には逢坂奏の悲鳴が響き続ける結果となった。
「………なんだありゃ。どうなってんだおやっさん」
「どうってなんだって……見ての通りだが」
指揮車の中でモニターに映し出される光景を見ながら、神林啓介は手元にプリントアウトされたRXⅡ型の出力データをペシペシと叩いて見せた。
「新型にカルガモが追い付けるはずねぇだろ」
「んなこと言ったって追い付いてるじゃねぇか」
モニターの脇に備え付けられたスピーカーからは逢坂奏の甲高い悲鳴が流れ続けている。
神林啓介は顔をしかめながらスピーカーの音量を絞ると、改めてモニターに向けて眠そうな目を向けた。
「整備失敗してんじゃねぇのか?」
「失礼な。俺が整備失敗したことなんてあるかよ」
「あるじゃねぇか」
「あるな。でもありゃぁお前の機動に追いつけなかっただけだぞ。普通なら壊れん」
「それも含めて整備すんのがおやっさんの仕事なんだよなぁ」
「文句言うなら劣悪な部品回されないように成績上げてくれ。こっちは部品一個一個磨きなおさなきゃいけなくて頭がいてぇんだよ」
―――――ガシャンッ!!!!!
と鈍い音がスピーカーから響いた瞬間、モニターの中では鹿央美弥子のKH9808型が逢坂奏のRXⅡ型の腕を取り、地面へと押し付ける映像が映し出されていた。
「折れるッ!!!折れちゃうぅッ!!! 美弥子ちゃん先輩降参ッ!! 降参ですぅッ!!!」
「お~しおしおし♡ 一本な~一本♡ 後チャンス9回だからな~♡」
「ふぬぅッ!!!」
「は~い、戦闘時間3分12秒で鹿央の勝ち。二本目準備して下さいねお二方~。故障個所は自己宣告制です~」
手も足も出ねぇじゃねぇか。
データだけ見れば、下手をしたらカルガモは新型機に指すら触れられないはずなのに。
「隊長から見て新人の動きはどうなんだ? 機体を上手く扱えてないとかか?」
「ん~~………まだ何とも………噂通り相当上手いとは思うけどな。 少なくとも新人の機動のレベルじゃねぇよ。 今日から実戦に行けるレベルだ」
「まじかよ。 鹿央の嬢ちゃん並みか?」
「馬鹿言うな。さすがにレベルがちげぇよ。畑中でトントン位だな。鹿央が同機体で戦ったら10秒持たねぇぞ逢坂」
「どっちにしろスゲェな。畑中だって悪くねぇぞ」
「だなぁ」
二戦目も全く同じ展開。
さっきよりも動きにフェイントを混ぜるようになっているけど、鹿央が全部追い付いてる。
「やっぱり嬢ちゃんが強すぎんじゃねぇか?」
「いやぁ? あの機体だとそれでも逢坂の方が微有利だな。」
「そんなにか?」
「スペック見ただろ。純粋なパワーだけならカルガモだけど、そもそも触れねぇって。少なくとも竹刀取るなんて絶対に無理だ」
そういった直後、モニターの中ではバシーンッ!!!という音と共に逢坂奏の竹刀が天高く打ち上げられていた。
「は~い。2戦目は4分02秒で鹿央の勝ち~。いったん水分補給しろな~」
「ぐっ………ぐぬぅっ………!!!」
「あっは!!!!♡ おい~どうしたんだよぉ~♡ 5本はとるんじゃ無かったけぇ~?♡」
「ふぐぅぅッ!!!!」
「5本で焼肉、3本でラーメン、1本で生中一杯、0本でトイレ当番交代の景品だからね~?♡」
「うぎいぃいいいいいいいッ!!!!!」
「頑張ってぇ~奏ぇ~♡」
………まじで良い機体なんだがなぁ。
テスト機動を見てた感じ、もうちょっと勝負になると思っていた。
大人対子供の戦いを見ているみたいだ。 相手になってないどころか、完全に鹿央に遊ばれてる。
「お~し、三本目良い?」
「奏が良ければ良いよ~♪」
「い、行けますッ!! お願いしますッ!!!!」
………なんか不自然なんだよな。
あれ、逢坂の思い通りに動かせてんのか?
OSのせいか?
「ぜろぉ~」
「ダラァァァアアアアッ!!!」
「おっ♪ 接近戦するかぁ~?♡ 良いぞぉ~♡」
それとも鹿央が俺の把握している以上に成長してんのか?
………あいつの機体も百戦錬磨だからなぁ。
愛機じゃなくて練習機体くらいだったらもう少し相手にはなったかも。
機体育てんのもパイロットのセンスだからなぁ。
「おっ?」
「ん?」
ただ、3戦目を瞬殺された後の4戦目。目に見えて逢坂の機体の動きが良くなった。
「なんだ?」
「………分からん。何が変わった?」
スピーカーから聞こえてくるのは、先ほどまでとは違って規則正しい逢坂奏の激しい呼吸音。
3戦やってこなれてきたのか、少し落ち着きを取り戻してきたのかもしれない。
「………」
「………速い」
「速いなぁ……」
「嬢ちゃんもスイッチ入れてきたぞ」
「そうだな。そこら辺一瞬で把握する辺り、やっぱ鹿央はバケモンだな」
「怒られるぞバケモンなんて言ったら」
「誉め言葉だよ」
パイロットの表情を映し出すモニターに目を移すと、逢坂奏も鹿央美弥子も瞳孔を収縮させながら凄まじい表情でからくり機体を操縦し続けている映像が映し出されている。
バイタルサインは正常。BPMは共に170を超え始めていた。
「………分かんねぇな。集中力の問題だったか?」
「どうだろうな。後でOSの記録解析してみないと何ともいえねぇな。単に機体の性能に本人の感覚が追い付いて来たって言う可能性もある」
「………」
それだけで、あそこまで動きが変化してくるものなのだろうか。
「どのみち、新人のレベルじゃねぇな」
「………そうだなぁ………あれ1課でもエース取れるぞ」
「そこまでか」
「うん」
結局その日の10本組手は、0:10で鹿央美弥子の全勝に終わった。
ただ、予定していた演習の2時間は終了時刻を大幅に伸ばし、結局足腰の立たなくなった2人のパイロットを背負って運ぶ羽目になった撤収完了時間は開始から4時間後。
「おやっさん逢坂の事頼んだ。鹿央、すまねぇけどお前は俺が運ぶぞ」
「え゛っ………!? あ゛っ………」
「嫌なら畑中に頼め。」
「~~~~~っ………た、隊長で良いです…」
「おう」
「ッ!!!」
以降、七課の組手は三本先取へと変更されることとなった。
ちなみに演習後、三日間ほど鹿央が赤面症になったのは余談である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます