第5話 お見舞い

「杵柄」


「隊長……来てくださったんですか?」


帝都総合病院の入院病棟の一室。


ベッドの上で本を読んでいた杵柄伊織は感情の読み取りにくい瞳を神林啓介に向け、読んでいた本に栞を挟んだ。


鬼道庁七課 北斗隊隊員 杵柄伊織。

整備兼指揮車担当及びサポートアップ隊員の彼女は、2か月前のあやかし対応作戦の際にKARAKURI機動機体を大破させる事態に追い込まれ、全治3か月の怪我を負っていた。


「具合どうだ? 入院生活もだいぶ長くなったし色々と大変だろ」


「いえ………隊の皆にはご迷惑をお掛けしてしまって……申し訳ありません」


「何言ってんだよ。怪我させたのはこっちの責任だ。 杵柄はなんも悪くないだろ」


頼まれていた本が入ったバッグを掲げて見せると分かりやすく瞳に感情がこもり、僅かに目を細めて見せる。

バッグを手渡した途端に中身を出してパラパラとめくり始める様子に苦笑しながら椅子を引き寄せると、杵柄は慌てて本を枕元に置いて姿勢を正していた。


「あ…ありがとうございます。本……。何だか隊長を使いっ走りにしてしまったみたいで……」


「いや、そもそも俺からなんか買ってきてやるって言ったんだし気にすんなよ」


「えっと……代金を………」


「馬鹿言うな。見舞い品だぞ? 気を使わんで良いから大人しく受け取っておけよ」


杵柄は今年で22。

低身長の上に幼い顔だちのせいで年齢相応に見られず、よく未成年に間違えられるらしい。

前髪が長めのショートヘアは、彼女がいつも少し俯きがちなせいでよく目元まで隠してしまう。

幼さを強調する大きな目が可愛らしいのだが、本人はあまり好きじゃないらしい。


「3日後に退院の予定だったよな。本当は昨日来たかったんだが、遅くなっちまった。悪かったな」


「い…いえっ! 来ていただいただけで十分……嬉しいです。お忙しいのにいつも来てくださって……隊長が来て下さるの…楽しみにしてるんです」


一度だけ前髪をピンで留めて出勤してきた時に「似合うな」と褒めたら、その日の午後から直ぐにまた髪型が戻ってしまった事がある。

セクハラと思われたんだろうが、あまりにも世知辛い。

畑中ぐらいの年齢の奴が褒めれば嬉しいんだろうが、30になるおっさんになった自覚が自分には足りてないのかもしれなかった。

それ以降、部下の容姿を褒める事は控えている。

杵柄もそうではあるが鹿央も新人も、うちの部隊は美人ぞろいではあるんだが、セクハラで訴えられることだけは避けたい。


「新人が着任したんだよ。退院したら紹介するから楽しみにしておいてくれ」


「……前から仰っていた人ですよね。逢坂さん…でしたっけ?」


「そうだ。鹿央の奴が喜んでたよ。杵柄の直属の先輩はおやっさんだし、直属の後輩は初めてだからな」


「………美弥子ちゃんが喜んでたんなら良い子が来たんですね。今から会うのが楽しみです」


そういって微笑んだ杵柄は、病院服に身を包んでいるせいもあって薄幸の美少女といった表現がしっくりくる。

元々肌が白い子だったが、2か月の入院生活で余計に白くなったかもしれない。


「どんな方なんですか?」


「どんな………ん~………元気が良いな」


「………美弥子ちゃんみたいな?」


「また違うタイプだな。優等生だよ逢坂は。ぱっと見だが」


「優等生………」


「ただ、ありゃ天然だな。言動を聞いてるとヒヤヒヤするよ」


そう言ってため息をつくと杵柄伊織はクスクスと小さな笑い声を上げた。


「なんだ?」


「いえ……眉間にしわが寄っているので苦労されているんだろうなって……」


「苦労……苦労ねぇ……まぁそうかもな。鹿央一人でも頭が痛かったのに、もう一人別の種類の頭痛の種が来たんだ。 杵柄くらいだよ、なんも問題を起こさずに仕事してくれんのは。 新人が来てもうちの本当の優等生は杵柄だけだな」


「そ…そんなことありません………」


「謙遜するなって。 本当に杵柄が戻ってきてくれるのが嬉しいよ」


「~~~~っ……」


ポッ…と頬を赤くして俯く杵柄を見ていると何とも温かい気持ちになる。

一瞬セクハラをしただろうかと自分の言動を振り返ってみたが、多分大丈夫だよな…?

まぁ元々恥ずかしがりな彼女の事だし、変な事を言ったわけではないと願おう。

部下を褒めるのも一苦労だ。


「……私も早く現場に戻りたいです。」


「そうか。そういってくれると嬉しいよ。俺が言うのもなんだが…だいぶブラックな職場だけどな」


「ふふっ! そうですね。 でも皆さん優しいし、毎日楽しいですよ?」


本当によく笑うようになった。

怪我をする前は緊張した面持ちでいることが多かった杵柄だったが、長い休養のおかげで心がリフレッシュしたのかもしれない。怪我の功名だ。

見舞いに来るたびに笑顔が増えてきたのは、怪我をさせてしまった後悔を感じている身としては救われる思いだった。


「それに………隊長とまた………」


「………うん?」


「………い…いえっ! 何でもありません……!」


「?」


赤くなった顔の前でパタパタと手を振る杵柄は、一人で息を荒くして深呼吸を繰り返していた。


「そ…それよりっ………仰っていた新型機ってどうなったんですか?」


「ん? あぁ……あれな……結局駄目だったよ。無理矢理押し込まれた」


「………隊長機にも出来なかったんですか?」


「出来なかった。なんか事情があるとは思うんだけどな。六道の奴に聞いてもなんも言わねぇんだ。あの野郎……」


「言葉が荒くなってますよ隊長」


クスッ…と笑い声を上げた杵柄に苦笑いを返すと、それを見て彼女はまた鈴を転がすような笑い声を上げる。

年齢が年齢だったら放っておかないんだが……なんて考えること自体セクハラなんだろうな。杵柄には願わくば良いお相手を見つけて幸せになって欲しい。


「鹿央の奴が激怒してきてな。おやっさんが宥めてくれたから良かったけど、俺の立場では何も言い返せなかったよ」


「美弥子ちゃんが…? ひょっとして、事情を話していなかったんですか?」


「………まぁなぁ。 あいつに事情を話したら本庁に殴り込みに行きそうじゃないか?」


「………それもそうですね」


「畑中のやつも口が軽いからな。おやっさんにしか相談できなかったんだよ」


「………私には話してくれたじゃないですか。美弥子ちゃんもよくお見舞いに来てくれるのに」


「いやぁ。杵柄は口が堅いし余計な話はしないだろ。そういった信用はおやっさんを抜いたら杵柄にしか無いよ」


「そ…そうですか………」


そういったきり、杵柄伊織はまた真っ赤になって俯いてしまった。


………またセクハラだったろうか。


「な、何だか………」


「う…うん?」


真っ赤な顔のまま上目遣いにこちらを見つめてくる杵柄は、おっさんから見てもかなり強烈な可憐さ。

同じ年頃の男なら、確実に殺されているに違いない。


「今日は……いっぱい褒めてくれますね………」


「そ…そうか? いつも褒めてると思うが………」


「………いつもより多いです」


「そうか…………すまん………」


「なんで謝るんですか?」といってクスリと笑った杵柄には、また苦笑いを返すしかなかった。

……ひと回り違うと感覚が全然違うし、ましてや女の子だからな。

こっちからすれば大人しい杵柄ですら感情がジェットコースターだ。


「………また現場に戻ったら、たくさん褒めてもらえるように頑張ります」


「まぁ……無理しないようにな。入院で体力も落ちてるはずだから、焦らずにやれば良いよ」


「はい……ありがとうございます」


「それに杵柄は普通にやってくれるだけで滅茶苦茶助けてくれてるんだ。気負わずやってくれ」


「………」


僅かに微笑んで頷いた杵柄は、我が隊の優等生。


隊長を困らせる事の無い唯一無二の心のオアシスではあったものの。


「あの………」


「うん?」


「現場に戻ってからまた私が隊長のお役に立てたら……」


「うん」


「そ…その時には………えっと……」


「………?」


「………ご…ご褒美とか……貰えたら…もっと頑張ります」


何だか、ここ半月ほどの間は、言動がフワついてる気がしなくもない。


「ご褒美………本とか………?」


「そ…それも良いですけど……その………」


きっと退院が近づいてきて高揚しているんだろうなとは思うけど、三十路のおっさんとしては戸惑う事ばかり。


「た…例えば………」


「………」


何だか杵柄が戻ってきたら、また色々悩みそうだなぁとか、


「…………とか…」


「………なんて言った?」


「………」


「………」


「………な…なんでも…ありません」


そんな予感が、少しだけした。




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