第4話 KARAKURI機動兵器 RXⅡ型
「こ、これがっ………」
「そう、あんたのKARAKURI機動ね。つうかこんなに早く配備されるとは思わなかったわ。運良いわねあんた」
七課の倉庫の中、新品のKARAKURI機動を前にして逢坂奏は頬を紅潮させながら口を開けていた。
「か………かっこいいです」
「ね。いつ見ても良いわよねぇ新品のKARAKURI機動って。木の匂いが良いのよね。中のシートの匂いは最悪だけど」
「そうなんですか?」
「脂っぽいにおいしない? 私あの匂い苦手なのよね。」
「私新品には乗ったこと無くて……学校の機体は訓練機だけでしたし」
納品された機体はまさかの最新型。
つい先日発表されたばかりのOSを積み込み、駆動系も強化されているらしい。
1から6課の中でもまだこの機体が配備されたという話は聞いていないから、なんと七課が初配備。
「たいちょ~……」
「ん? なんだよ畑中」
「良いっすねぇ……逢坂ちゃん。素直だし頑張り屋さんだし可愛いし……良い子が来てくれたなぁ……」
「………俺はなんも言えん」
「またまたぁ……」
ニヤニヤとこっちを見てくる畑中を睨みつけると、畑中洋平は凝りもせずに「懐かれちゃってますもんねぇ」と阿保丸出しの発言を繰り返す。
そもそも職場内恋愛なんて危なっかしい事をするつもりは毛頭ないし、ましてや一回り近く年下の女の子だ。
下手したらセクハラで訴えられる。
本気で軽率な事を言わないでほしい。
「お前はいつも頭の中でお花が咲いてんな。機動戦の時の視野の広さを普段から持ってくれ」
「いやぁ、持ってますけどね。隊長ほど鈍感じゃないですし」
「畑中。お前そんなに残業したいのか? 下らない事言ってないで早くおやっさんの整備手伝いにいけよ」
「へーい」
にやついたままそそくさと去っていく畑中を見ていると自然とため息が出てしまう。
頭痛迄してくるからこめかみを揉んでいると、今度は鹿央美弥子が近づいてきたから「なんだよ」と言ったら睨まれた。
どいつもこいつも……。
新人にしたって素直といっても天然だし、心が休まる暇がない。
「あのさ……なんなのあの機体」
「何って……新型のRXⅡ型だが」
「そういうこと言ってんじゃないわよ。どうしてあんな最新型がうちなんかに配備されるのかって聞いてんの。隊長の機体だって型落ちしてんのよ? 新人の専用機であんなの来るなんてどう考えてもおかしいでしょうが」
視線を鹿央から移すと、向こう側では山岡と畑中が逢坂奏の初期セットアップを手伝い始めたところだった。
緊張した面持ちでコックピット内のモニターを見つめる逢坂奏はいかにも新人と言った様相で、大変初々しい。
「俺に言われても知らん。本庁の奴らに聞いてくれよ」
「………六道さんから何か聞いてないわけ?」
「………なんで六道の名前なんか出てくるんだよ」
「なんでって………だって………」
余計なことを言いそうになる鹿央の事を睨みつけると、彼女は少し頬を赤くしてから気まずそうに視線を逸らしていた。
言うのが恥ずかしいのなら自分から話題など振らなければいいのに。
「と、とにかくなんかおかしいわよ。いくら防衛学校の首席だからってあんな最新型を七課の新人になんか配備するわけないでしょ」
「だからさっきも言ったが俺は何にも知らん。別にいい話なんだから理由なんてどうだって良いだろ。有難いじゃないか。あの機体をあの子が使いこなせれば相当な戦力になってくれる」
鹿央の事だから別に嫉妬とかではないんだろう。
そもそも彼女はそういう妬みや嫉妬の対象になることばかりで、自分がそういった感情を抱くことに対して激しい嫌悪感を持っている。
態度が悪いだけで、基本的に鹿央美弥子は弱い立場の人間に対して博愛主義者だ。
「あの機体………なんかの実験に使われてるとかないわよね?」
「んなことあったら大問題だ。」
「………本当に?」
「…………」
「………ねぇ?」
「………企業へのフィードバックは求められてる」
「ほらぁっ!!!! やっぱりじゃないッ!! あの機体やめさせなさいよッ!!! うちの新人は人身御供じゃないのよ!? 信頼性の高い旧型の方が良いってば!!」
「無理だ。あの機体の整備費用も企業から降りてきてる。すでに予算に組み込まれたからあの機体はどうやってもうちの備品になる」
「賄賂じゃんッ!!!! 癒着だよそれッ!!! 金で新人売ったわねっ!!? 最低ッ!!!」
なんとでも言うがいい。
実際の問題として結局はどこかの課が受けなきゃいけない事案だったんだ。
それが偶々うちだっただけ。
事務所の整備にも回せる予算として組み込まれた資金は、正直な話滅茶苦茶助かる。
「そんなに怒るなよ。 何もすぐに実戦投入しろって言われてる訳じゃない。 安全チェックと新人教育を兼ねられるからうちに配備されただけだろ」
「実戦と訓練の時の負荷値なんて天と地ほど違うわよ。そんな甘言に騙されるなんて最低よ。見損なったわ」
凄い眼光で睨みつけてくる鹿央美弥子に肩を竦めて見せると、彼女はフンッ!!と鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
いつもの事だがすぐ怒るやつ。
怒りが持続するタイプではないものの、いちいち相手をしなきゃいけない上司としては胃が痛くて仕方がない。
逢坂と鹿央が混ざって半分になれば丁度よさそうなのに。
「隊長」
「なんだおやっさん。 なんかセットアップに問題が?」
そのタイミングで山岡のおやっさんが汗を拭きながら近づいてきてくれて正直助かった。
横の鹿央からは相変わらずジトッ…とした視線を感じるものの、もう無視しよう。
「いや、そうじゃなくてOSの方は畑中だけで行けそうだから機体の方のチェックに行きたくてな。一応許可をもらいに来たんだが……なんだ? 鹿央のお嬢ちゃんとまた喧嘩か?」
「喧嘩なんかじゃないわよッ!!!!!」
「お~お~……怒っちゃってまぁ……なんだよ、何があったんだ?」
時間の経過以外で鹿央が怒りを鎮められるのは、こうやって山岡のおやっさんが話を聞いてくれる時だけ。
正直おやっさんがいなかったら、北斗隊の空気はもっと険悪なものになっていたに違いない。
「あの機体の事よ。あんな実績ゼロの最新機を実験するみたいに新人に支給するなんて……最低よ」
「あ~………そういう事か………」
ぼりぼりとスキンヘッドをかいたおやっさんが苦笑いをしながらこちらを見てきたので肩を竦めて見せると、彼はその視線をふてくされる鹿央に向けて人のよさそうな笑みを浮かべる。
おやっさんが来た途端に鹿央の怒りのトーンが落ち着き始めるあたりは流石というかなんというか、自分にもそのスキルがいつか身につくことを願うばかりである。
「お嬢ちゃん。隊長があの子の配属前にずっと遅かったの知ってるだろ」
「おい、おやっさん」
「まぁいいじゃねぇか隊長さん」
「………」
「………はぁ? それが何の関係が――――――
「本庁とずっと喧嘩してたんだよ。旧型配備しろって言ってな」
「………っ!?」
本庁からの答えは「NO」の一点張りだった。
「どうやっても聞いてくれなかったみたいでな。最終的に新型は隊長かお嬢ちゃんに回して旧型を新人に使わせろって要求したんだけど……それも通んなかったんだよな?」
「………通らんかったな」
「………」
俯いて唇をかみしめる鹿央の怒りは収まってくれたらしい。
ギュッと握られた拳は、鹿央が冷静に努めようとし始めた時の癖。
「結局最終的に勝ち取れたのは通常の三倍の訓練期間。その間あの新人ちゃんは指揮車でサポートだ。緊急事態のサポートアップも絶対にさせねぇって条件も大喧嘩して取り付けてくれたからな」
「~~~~っ……」
「交渉は惨敗だったなぁ隊長」
「………そうだな」
「………」
がははっ!と笑った山岡のおやっさんを睨みつけた後に鹿央に視線を移すと、彼女は明らかに気まずそうな顔になってこちらを上目遣いに見つめてきていた。
余計な事言いやがって。
「だからお嬢ちゃん達には頑張ってもらわねぇとな。杵柄の嬢ちゃんが戻ってきても機体がぶっ壊れたままだし、しばらくは本当にサポートアップ無しだ。この間みたいに中破したら本当に命の危険がある。」
「………気を付けるわ」
「うん、そうだな。通常業務に加えて新人ちゃんの訓練も相当厳しくやんなきゃいけねぇ。万が一もねぇように機体を仕上げなきゃいけねぇからな。忙しくなるけど…まぁ頑張ってくれや」
「………うん」
ニコニコとした表情を浮かべる山岡のおやっさんに頷かれた鹿央美弥子は、すっかりしおらしくなって俯いてしまっていた。
笑い声をあげながらおやっさんが新人の所に戻っていった後も、何だかやたらと気まずい時間が流れてまた胃が痛い。
「………ごめん」
「………何がだよ」
ジロリと睨みつけた鹿央美弥子の顔は何だか泣きそうな表情に見えたものの、
「………あたしが悪かったわ」
「………気にすんな。結果だけみりゃぁやっぱり俺の責任だ」
「…………」
そのまま無言で背中を向けて歩き出して姿を消した鹿央美弥子が次に倉庫に顔を見せた時、彼女はいつも通りにふてぶてしい態度だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます