第3話 恋する乙女


「ただいまぁ」


「お帰り!! どうだった初日は?」


鬼道課の女子寮。


七課北斗隊の事務所からスクーターで20分ほどの位置にある一室の中では、防衛学校の時からの友人である花笠瀬奈が顔にパックを張り付けて寝ころんでいた。


「愛しの神林様には会えたの?」


「い、愛しのって!! やめてよそういう事言うのッ!!」


「え~? だって事実じゃんか。 奏の頭ん中なんて9割がた神林隊長の事で埋まってんでしょ」


パックを剥がしてからニヤニヤと笑う花笠瀬奈は、ヘアターバンを外して枕の横に放り投げると勢いよく身体を起こした。


「で、どうだったのよ」


「ど…どうって言われても………」


「会えたの?」


「………会えた」


「素敵だった?」


「…………っ」


「あはっ♡ 赤くなっちゃってか~わい~ぃ♡」


ベッドの上で足をバタバタさせる花笠瀬奈に、私は何も言えずに真っ赤になって俯くことしかできなかった。

普段から神林隊長の事を話していたからこういう風にからかわれるのは慣れっこだったけど、いざ神林隊長との再会が果たされた後になると恥ずかしくて仕方がない。

側で働けたら、という思いばかりが今までは胸の中にあったけど、夢が叶ったら別の願望が僅かに芽生えたことは否定できない。


「そ、そういうんじゃないから本当にやめて……今日だってたくさん迷惑かけちゃって……ちょっと凹んでるんだから」


「へぇ……?♡ 奏が凹むとはねぇ……♡ 今日はどんな感じだったわけ? なんか六道先輩が七課に電話かけてるの見たよ?」


部屋の中に入って自分のデスクにカバンを置き、ワイシャツのボタンを外していく。

今日も暑かった。

汗、たくさんかいたけど……汗臭かったろうか。

そういえば何度も不用意に隊長に近づいてしまったかも。


「……現場行かせてもらった。丁度部隊が臨場中で……」


「現場ぁ!? よく行かせてもらえたねそんなの……。 まさか作戦に参加したの?」


「ま…まさかっ! 見学させてもらっただけだよ」


制服のズボンも脱いでアイロン台に置いて、花笠瀬奈が放り投げてくれた汗拭きシートで身体を拭いていくと漸く身体のべたべたした感じが少し消えた。

随分遅くなっちゃったけど、まだお風呂間に合うだろうか。

さすがにこんな状態で布団の中に潜り込みたくない。


「良いなぁ。機動戦見れたって事?」


「そうっ!!私が見れたのは最後の方だけだったんだけど本当に凄かったんだよ!!」


「神林隊長が戦ったって事?」


「そうなのッ!!!」


「声でかいなぁ♡」


「う………」


「かっこ良かったんだね?♡」


「~~~~~っ」


「あははっ♡ 表情忙しすぎっ♡ 可愛いなぁ奏は♡」


デスクに座って鏡を引き寄せると、本当に茹でだこみたいな顔色になっていた。


それを見てますます顔が熱くなったけど、いつまでもからかってくる瀬奈の事は無視してヘアターバンをつけ、化粧落としのシートで顔の化粧をとっていく。

今朝は随分気合を入れてメイクをしていったけど、その時も瀬奈はずっとからかってきてばっかり。

相手してらんないよ。


「でも良かったね、七課に入れて」


「………うん」


「その為だけに必死に首席目指してたもんねぇ。希望が通りやすくなるからって」


「………運が良かっただけだよ」


「何言ってんのよ。いっつも努力してたじゃん。おかげであたしも触発されて成績あがったし。奏様様だわ」


化粧シートをゴミ箱に放り投げてから立ち上がり、寮の備品である衣装ケースからショートパンツとTシャツを取り出す。

ベッドの上に転がってショートパンツを履き、頭からTシャツを被ったところで動きたくなくなってそのまま寝ころんでしまった。

早くお風呂いかなきゃ。 ボイラー止められちゃうかも。


「ていうかさ、他の先輩方はどうだったの? あそこって鹿央先輩いるでしょ? 有名人の」


「みんな優しかったよ。すごくいい部隊だった。 特に鹿央先輩は凄く歓迎してくれて……事務所の説明も全部してくれたし、デスクの準備も手伝ってくれたし……気づくの遅れちゃったんだけどさ、今日の報告書作んなきゃいけなかったのに、それを後回しにして私の世話をしてくれてたんだよね……」


「………まさかまだ働いてんの?」


「うん……手伝わせてもらえなかった。 たぶんまだ残ってると思う」


「北斗隊の先輩方全員?」


「………」


「………奏?」


残っているのは、隊長と鹿央先輩。


山岡先輩と畑中先輩は明日も出勤だからって、隊長と鹿央先輩が残ることになってた。


「鹿央先輩と隊長が残ってる」


「へぇ……噂には聞いてたけど、やっぱ七課って相当ブラックね。 奏も身体気を付けなよ? 大事なお嬢様なんだからさぁ」


「………やめてよ。 お嬢様なんかじゃない」


仲良しだったな。 鹿央先輩と隊長。 すごく距離感近かったし……羨ましいかも。


「奏ぇ、お風呂入んないの? あと30分くらいでボイラー止まるよ?」


「………入る」


「明日も出勤でしょ? 朝のシャワーだと忙しいよ?」


「………うん、分かってる」


私もあれくらい隊長と仲良しになれるかな?

なんだか今日は困らせてばっかりだった。

嫌われたり……してないかな?


「奏ぇ…?」


「………うん」


「寝ちゃうの~?」


「………ぅん」


「もう駄目だね~?」


「………ん」


疲れた。


………はしゃぎすぎたよなぁ絶対に。


明日からもっと頑張らなきゃ。


お仕事早く覚えて、隊長の役に立てるようにならなきゃ。


「お休み、奏」


「………」


パチッ……と部屋の明かりが消される音に、一瞬意識が浮かび上がったけど、


「………」


直ぐに沈んでいく意識の中で、今日間近で見た隊長の機動戦の記憶と、隊長の顔と、昔助けてもらった時の映像がぐるぐると浮かんでは消えていった。


その日見た夢は何だかすごく幸せな夢で、


「………たい…ちょぉ…」


「………奏?」


「………」


「………恋してんなぁ」


こんなにぐっすり眠れたのは、初めてだったかも。


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