第2話 大好きです



「改めまして逢坂奏と申します。どうぞよろしくお願いいたしますッ!」


夕方になって多少は涼しくなってきた事務所の中、現場を他の部署に引き継いで帰投した帝都陰陽庁防衛部鬼道七課北斗隊の面々は、勢いよく敬礼した新人に向けてパチパチと拍手を送っていた。


拍手、と言ってもその反応は様々。


隊長である神林啓介はやや気の抜けた顔、副隊長である山岡隆二はニコニコとした顔、平隊員の畑中洋平はやや鼻の下を伸ばし、同じく平隊員である鹿央美弥子は憮然とした表情を浮かべていた。


「にしても防衛学校の首席ってすげぇな。エリートじゃん」


「えっ……あ、い…いえっ! 私が首席を取れたのなんて運が良かっただけで……」


「………あんまり謙遜するのも感じ悪いわよ。せっかく頑張って取った成績なんだから胸張ってれば良いじゃない」


フン…と鼻を鳴らした鹿央美弥子はポニーテールを解いた髪をかき上げながら憎まれ口を叩いていたが、部屋の中に飾られている『ようこそ鬼道七課北斗隊へ!』というファンシーな飾りは彼女が手作りしたもの。

「なんにも無かったら歓迎されてないみたいで可哀想でしょ」と不機嫌そうにしながら作っていたものの、この激動の三日間の貴重な休憩時間を全て費やしていた飾りは中々の出来だ。


「ま~たそういう言い方する。素直に後輩が出来て嬉しいって言えよ」

「はぁ? 別にそんなんじゃないわよ。 先輩だの後輩だの馬鹿らしい」

「ごめんねぇ逢坂さん。こいつ本当にぶっきらぼうでさぁ。悪気はないから許してやってね」

「いえっ!私鹿央先輩のファンですから!許すも何も、一緒に働かせていただけるなんて光栄の極みです!」


ましてや相手が入ってきた新人は、過去に彼女が手にした栄光の瞬間を見ていたらしくぞっこんだ。

ふてくされたような表情を浮かべているものの、少し耳が赤く染まっている様子を見ている限りまんざらでもない事がよくわかる。


「お時間がある時にKARAKURI機動についてご教授いただきたいですっ!」


なんて言われれば、しどろもどろになりながら「べ、別に良いけど………」と言うことしかできやしない。

元々心配などしていなかったが、少なくとも鹿央の方は新人をいたく気に入ったようだった。


「それにしても、あんた本当に自分から七課への配属を希望したの? なんだってこんな場末の部隊に……」


「鹿央。隊長の前で言っていい事と悪いことがあるぞ」


「なによ。事実じゃない。馬鹿みたいに危険な現場ばっかり任されて。その割に大物の作戦の時には周囲の警備ばっかり。こんな部署にいたんじゃ手柄の一つも立てられやしないわ」


気難しい人物ではあるものの、鹿央美弥子は根の悪い人間ではない。

ちょっと正義感が強すぎるきらいがあるから、不正や習慣化している不条理に対してすぐに噛みつく傾向があるだけ。 迎合しない性格も相まって、実力で配属された鬼道一課では上司と連日の衝突を起こして七課へと左遷させられた。


「手柄とかは私は別に良いんです」


「あら、じゃぁ社畜願望でもあるの? うちの仕事なんて多忙薄給のボランティアすれすれだもの」


「神林隊長の下で働きたかったんです。大好きだったので」


「………」


「………」


「………なに……どういうことおやっさん」


「………いや俺だってわからねぇよ畑中」


ただ、そんなじゃじゃ馬娘よりもこの天然の新人は性質が悪い。


一点の曇りもない眼できっぱりと言い切ったセリフに、事務所の中は一瞬シン…と静まり返った。


「…………隊長。あんた、どういうつもりよ」


「俺に聞かれても困る」


「どこでこんな可愛い子に手ぇ出したわけ? 公私混同も良いところじゃない?」


「俺は無実だ。何も知らん。逢坂隊員とも初対面だ」


ギンッ…!と凄まじい眼光で神林啓介を睨みつけた鹿央からは凄まじい殺気が立ち上っていた。

いつもならそんな鹿央の態度を冷やかす畑中すら口をつぐむほどの迫力に、神林啓介も胃が痛む様な思いである。


「初対面じゃ……ないんですけど………覚えていませんよねやっぱり」


しかも新人は聞き捨てならないセリフを吐いてシュンと俯くなどという余計な事をしてくれる。

どこをどうしたらそこまでこの場を荒立たせる行動ができるのか聞いてみたいものだったが、セリフの直後に一気にヒートアップした鹿央美弥子を宥める方が先ではある。


「神林啓介ェ!!! 未成年の内に手ぇ出したって事かコラァッ!!!!」


「馬鹿な事言うなッ!! おい逢坂君ッ!!! 誤解解いてくれッ!!!」


「ご、誤解ですか?」


「誤解だろっ!!! 鹿央は俺と君が男女の関係だって言ってんだぞッ!!」


「だっ……!!?」


ボンッ!! と音が鳴りそうな勢いで赤くなった逢坂奏はそれはまぁ魅力的な美しさで、なぜかそれを見た鹿央美弥子まで真っ赤になっていた。

ただまぁ赤くなった後の反応は正反対。

逢坂奏は途端にモジモジとして恥ずかしそうに上目遣いで神林啓介を見つめ、鹿央美弥子の方はいよいよ悪魔のような目つきになって神林啓介を睨みつける。


「ち、違うんですっ!! そんな……私は……えっと………」


「言い淀まないでくれッ!!」


「だ、男女の関係とかじゃありませんッ!!」


「もう一声ッ!!!」


「昔隊長に助けて頂いてっ……!! それからずっと……ずっと……神林隊長の事を………」


「………」


「………」


「………」


「………」


「ずっと……追いかけてたんです………」


部隊の最終防衛ラインである山岡隆二ですら言葉を失って見つめた逢坂奏は、


「だ、大好きで………」


完全に、恋する乙女の表情で神林啓介の事を見つめていた。












 

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