KARAKURI ~鬼道七課北斗隊奮闘記~
@kanazawaituki
鬼道七課 からくり機動兵部隊 北斗隊
蝉の声が煩わしい昼下がり。
帝都陰陽庁鬼道七課北斗隊隊長、
年は今年で30。少し長めの髪を適当にオールバックにして撫でつけていて、どこか気怠そうな眼は、よく言えば優し気、悪く言えば無気力そう。第2ボタンまでだらしなく開けられた半袖の隊員服の袖には、彼が部隊長であることを示す赤色の腕章がずり落ちそうな角度でつけられていた。
事務所の部屋の中は手狭で、安物の事務机が6つ並んで島を作っており、その内の一つは物置にでもされているのか段ボールの山が積まれている。
それ以外の机も一つを除いて雑然と書類の山が積まれ、神林啓介が足を乗せている机もその例外ではなかった。
チリンーーーーーーー
となるのは全開に開け放たれた窓に吊り下げられた金魚型の風鈴。
音に反応した啓介がギョロッとした瞳を向けたそれは、つい先日、部隊の女性隊員である
クーラーすらも支給されない底辺部隊である北斗隊の職場環境を何とか改善しようと日々奮戦してくれる美弥子ではあったものの、風鈴の涼し気な音もこの暑さの中では焼け石に水。
頼みの綱である2台の扇風機も最近ガタガタと怪しい音を立てるようになってきていて、隊員たちは暑いのにヒヤヒヤしながら毎日の業務に当たっている。
「はぁ~~~………」
ギシッ………という音を立てながら手に持っていたアイスの最後の一口を口に押し込むと、神林啓介は「どっこいせ………」とおじさん臭い掛け声とともに椅子から立ち上がった。
古臭い壁掛け時計を見ると12時50分を指している。
本庁での辞令交付が終わったら13時までには来るとは言っていたが、本当に時間通りに来るのだろうか?
陰陽庁から新人が配属されるという話が来たのがつい三日前。その知らせを聞いた美弥子が大慌てで事務所の掃除を始めたは良いものの、生憎と七課にはこの三日間連続で出動命令が下っていた。
結局七課の面々はこの三日間殆ど事務所にも帰ってくることができず、新人の出迎えの為に隊長である神林啓介一人だけがここに帰ってくる羽目になったのだった。
どんな奴が配属されたのかは知らないが、選りにもよってこんな場末の部署に配属されるなんてついてない奴。
そんな思いを胸中に浮かべつつ、神林啓介が追いアイスを食べるかどうか迷っている時になって、部屋の窓からは安っぽいスクーターのエンジン音が遠くから徐々に近づいて来たのだった。
◇ ◇ ◇
「
「あ~………」
ぜぇぜぇと肩で息をしながらバイクのヘルメットを脇に抱える逢坂奏は、キラキラとした希望に満ちた瞳で敬礼をしながら神林啓介の事を見つめていた。
新品の白と黒の隊服に身を包み、ヘルメットで癖のついたセミロングの髪をぼさぼさと跳ねさせるその容姿は見目麗しいとは表現しづらいものの、整った目鼻立ちやすらりとしたプロポーションは美女と言って差し支えない。
選りにもよって前途ある若者がこんな場末の部隊に配属されるなんて………と言ったら鹿央美弥子は「私だって若者ですけど!!」と怒り狂うだろうか。
20歳という年齢でこんな部署に来るからには美弥子同様に上司に嚙みついて左遷されるような跳ねっ返りが来るのかと思ったが、第一印象だけだとそうではなさそうだった。
「逢坂君ね………俺はこの隊の隊長を務めさせて貰っている神林啓介だ。以後君の直属の上司になる」
「ハッ!! 御高名は兼ねがね!!」
「ご………おい、適当な嘘を言うな」
「エッ!? い、いや嘘じゃありませんよっ!?」
いちいちうるさい奴………。
神林啓介が腕組みをしながらあきれた視線を向けると、逢坂奏は泣きそうな顔になりながら敬礼を解き、胸の前で手を握りしめてオロオロし始めた。
どこの世界にこんな場末の部隊の隊長の名前を把握している奴なんかがいるのか。
元気は良いがおべっかは下手くそ。
何だかわかった気がする。
こいつ、さては天然か? 大方悪げなく適当な発言をして本庁の誰かを怒らせたに違いない。 経歴と容姿を見た時は何かの間違いかと思ったが、どうやら問題児であることは………
「わ、私は神林隊長がいらっしゃるから七課への配属を希望したんですッ!!」
「………」
問題児だこいつ。
「何言ってんだお前………」
「は?………え? な、何でですか?」
再びオロオロとし始めた逢坂奏を見ながら、神林啓介は大きなため息をついた。
もう胸の内でこいつに同情することも馬鹿らしい。
こういう天然娘は相手にするだけ疲れるっていうのは過去に嫌というほど経験させられた。
「もういい………それより辞令は?」
「は、はいっ! こちらにっ!」
「そこにコピー機があるからコピーしてくれ。あと君のデスクだけど…まだ片付けが済んでねーんだ。悪いがその段ボール床に下ろしといてくれ」
「へ?あ………りょ、了解ですッ!!」
………いちいち敬礼しなくても良いんだが。
ビシッ!と初々しい敬礼をする逢坂は相変わらず気合の入った視線をこちらへと向けてきている。
あまりにもジーっと見つめてくるものだから渋々敬礼を返すと、途端にパッと花が咲いたような笑顔を浮かべてから、上機嫌に机の段ボールを事務所の隅の空いたスペースへと運び出した。女性としてはかなり長身の部類に入るであろう逢坂奏ではあるが、人懐っこい笑顔を浮かべてちょこまかと動くさまは小動物を連想させる。
「こちらにおいてよろしいですかっ!?」
「………どこでも好きな場所においてくれ。デスクが明いたら辞令のコピーな」
「ハイッ!!」
「それで………済まないけど俺はこの後ちょっと事務所を出る」
「ハ………え!?」
「他の部隊員に紹介してやりたいところなんだけどな。生憎と今は全員出動中なんだ。片が付いたら全員戻ってくるからその時に紹介する。悪いけど君は電話番しといてくれ」
「しゅ、出動………AYAKASIが出てるんですか?」
「あやかしな。何でそこだけ発音良いんだよ」
「は? い、いえ………でも………AYAKASIは世界共通の言葉で………」
「あ~はいはい………じゃぁもうAYAKASIで良いから………とにかくそれが出てるから対応中なんだ。申し訳ないけど君は事務所で――――――
「行きたいですッ!!!!」
「………はぁ?」
段ボールを床に置き、胸の前で辞令のコピーをギュッと握り占める逢坂奏の瞳は、それはそれは綺麗に光り輝いていた。
「わ、私も連れて行ってくださいませんかッ!! どうかお願いしますッ!!!」
一方で、それを見つめる神林啓介の瞳は突然の申し出にどんよりと曇り、心底面倒くさそうな表情。
ただでさえ急な配属で装備の支給もまだだと言うのに、実力も分からない新人をいきなり現場に連れて行くなんて冗談じゃない。
「却下だ」
「そ、そんなッ!! どうかお願いしますッ!!!」
「馬鹿なこと言うな。現場だって言ってんだろうが。 いきなり君を危険に晒せるわけないだろ。」
「邪魔をしないようにしますからどうかっ………」
その時、
―――――――リリリリリリリリン………
と事務所の古ぼけた黒電話がなり、逢坂奏の必死の懇願を突っぱねようとしていた神林啓介は言葉を飲み込んだ。
舌打ちをしそうになるのを我慢しつつ鹿央美弥子のデスクに乗っている黒電話へと腕を伸ばそうとすると、横から逢坂奏の腕が伸びてきて黒電話の受話器を搔っ攫っていく。
こいつ勝手に………と逢坂奏を睨みつけようとしたものの、涙目になって上目遣いにプルプルとしている彼女を見ると文句を言う気も霧散してしまった。
まだ出会ったばかりではあるが、とことんこいつと相性が悪い予感がする。
元気いっぱいな所とか、その割に泣き虫っぽいところとか、勝手な行動を取る所とか。今までこの世で出会う女性の中で一番相性が悪いと思っていたのは鹿央美弥子だったが、もしかしたらこの子が記録を更新してくれるかもしれない。
なんにせよとんでもない新人が来たもんだ。願わくばこの劣悪な環境に耐えきれず、1か月も持たずに異動希望を申し出てくれますように。
「はい!こ、こちら鬼道七課北斗隊事務所ですっ!!」
これはもうとにかく電話番を押し付けるしかないな。
幸い電話の受け答えはちゃんとできそうではあるし。
現場にすぐに出たがるような奴が窓際に干されれば、あっという間にやる気をそがれるに違いない。
そうだそうしよう。
と神林啓介が人知れず心の中で固い決意を抱いたところで、何やら電話の相手に受け答えをしていた逢坂奏がオズオズと黒電話の受話器を差し出してきた。
「………誰だ?」
「えっと………本庁の………六道さんからです………」
「り………
その名前が出た瞬間に神林啓介の顔は面白いくらいに引きつり、
「………おう………あぁ、今のがそうだよ………知ってるよ、見たからな………おう………んなこと言われなくても………は?………いや、そうだけど………あぁ………え?………いや、ついて来たいとかいうから俺は………」
受話器を受け取った神林啓介がしどろもどろしながら電話に応対をするのを、逢坂奏が小動物の様な目でジーっと見つめて暫くした後、
「はぁ!? 何言ってんだッ!! 馬鹿言うんじゃねぇぞッ!! 怪我でもさせたらどうすんだよッ!!!………はぁ? お、おい待てッ!! おいっ!!!麗華!!!」
「………」
「くそっ!! 何だってんだ一体ッ!!!」
結局、彼女は初出勤にして初出動の権利を勝ち取るに至ったのだった。
◇ ◇ ◇
からくり、グローバルに言い表すならKARAKURIという機動兵器は、近年人間があやかしに対抗するために生み出した搭乗型の機械兵器だった。
古くからあやかしの出現に悩まされてきた人類が爆発的に世界中に進出したのは、ひとえに帝国の前身となった国がからくりを生み出したことに端を発する。
「畑中ぁ!!!!援護ォ!!!」
「ま、待ってくれよッ!!!速いんだよッ!!!」
長い年月をかけて徐々にその形態を変化させていったからくりは、やがて現代の機械産業と合わせて世界へと進出してKARAKURIと呼ばれるようになり、この国の生産業の根幹を支える事業となった。
「1撃破ァ!!! 畑中左から旋回してあやかし群に突っ込んで!!」
「無茶言うなよッ!! からくり壊れるわッ!!」
「だぁぁぁ意気地なしッ!! 良いわよあたしが突っ込むッ!! 援護ォ!!」
一般的なKARAKURIの頭頂高は約3m。タイプ毎に異なる重さの平均値は約600kg。あやかしに有効とされるニセアカシアを表層装甲に用い、パイロットの身体を守る内面装甲には特殊合金が使用されている。
小型化されたエンジンと電子制御によって駆動するパワードスーツを成し、からくりの形にリンクするように搭乗するパイロットが機体を制御する。
『鹿央!畑中!!隊長が今こっちに急行してるからなッ!!もうちょっと堪えててくれ!!引きながら戦え引きながらッ!!』
「無線うるさいッ!!!あんな奴の助けなんかいらないわよッ!!! 行くぞ畑中ァア!!!」
「無茶すんなってぇえええ!!!」
そのKARAKURIが相手をするのがあやかし。こちらも帝国の呼称が世界の共通言語となり、各国でAYAKASIと表記されて認識されている。
現在数十種が確認されているAYAKASIが、歴史上初めて確認されているのは今から1800年ほど前。
当初の文献には『全身の毛がむしられた屍犬』という表記が残っており、まさにその表記通りの様相を呈したあやかし10体が今、埠頭の廃倉庫群の中で鬼道七課北斗隊の鬼道隊員二名を取り囲んでいた。
「オラァアアアッ!!!」
「鹿央ッ!!!速すぎるッ!!!足並み揃えてくれッ!!!」
「あんたが遅いのよ畑中ァッ!!!」
正式名称はブラッドハウンド。
毛がない代わりに厚くなった表皮を持ち、狼の様な体躯と四足歩行、疾走の最高速度は時速90kmを超える。皮膚は所々が焼けただれたように膿み、燃え上がるような赤い瞳は獰猛な視線を鬼道隊員の駆るからくりへと注いでいた。
「鹿央ッ!?」
「ぁぐっ…!!」
「馬鹿ッ!! 下がれ鹿央ッ!!」
「このっ……!!!! 馬鹿犬がぁっ!!!」
AYAKASIの発生原因は謎に包まれていた。
神の祟り。
人の怨念。
付喪神。
様々な憶測と伝承が人の間に広まり、この帝国ではそれらを打ち払い、厄を遠ざける存在として陰陽師と呼ばれる集団が結成された。
「きゃっ………!!」
「鹿央ッ!!!くそっ……!! おやっさん!! 隊長はッ!!?」
『もう着くッ!!鹿央を守ってくれ畑中ッ!!!』
「だぁぁぁぁッ!! 鹿央ッ!! おいっ!! しっかりしろ鹿央ッ!!」
結果として分かったことは、分からないという事。
共通することは霧の様に現れて人に害を成し、霧の様に消える事だけ。
まさに今鬼道七課の二名が対峙しているあやかし達も突如としてこの埠頭に現れ、そこに働く人々を攻撃して10名にも及ぶ死傷者を出していた。
「うぐっ!!! ぐっ………だらぁぁああああっ!!!」
「は、畑中っ………」
「早く起きろかおぉぉぉおおう!!!」
「くそっ!!! おやっさん右脚部が動かないッ!!! 遠隔で起こしてッ!!」
『駄目だ回路が潰れてるッ!! 防御姿勢で耐えろッ!! 今隊長がそっちに入ってったッ!!』
「っ!!? あぁもうっ!! くそうっ!! 畑中ァッ!! 隊長が来るから後10秒耐えてッ!!!」
「言われんでもやってるわぁッ!!! 先走った奴が指図すんなボケェッ!!!」
そして何よりも彼らが厄介だったことは、通常の兵器では有効打を著しく与えづらい事。
からくりの表層にも使われているニセアカシアに依る打撃や、神道において祈祷された特殊な護符及びその類似品、もしくは同じ過程を踏んで制作された特殊弾丸でないと、死体が霧散せずに活動を再開してしまう。
ニセアカシアを主軸とした兵器以外は生産が遅すぎるため量産化できず、結果として各国はこれを用いたKARAKURIを治安維持の主軸に据える事しかできなかった。
「畑中ッ!!! 隊長が来たッ!!!離脱してッ!!!」
「隊長遅いよぉおおおおッ!!! 鹿央の馬鹿が突っ込んだせいで散々だぁあああっ!!」
「あんたの援護が下手すぎるせいでしょうがぁっ!!!!!」
現場はひどい有様だった。
整備費用も馬鹿にならないからくりの一機がダウンし中破。
もう一機も奮戦中だがAYAKASIに嚙まれまくって小破。
また本庁に向けて始末書を何枚も書かなきゃいけない羽目になる。
「畑中、防御姿勢」
「はっ!? ちょまっ……!! 待ってぇぇぇええッ!!!」
からくりの機体が耐えうる限界速度ギリギリで突っ込んでいくその機体は、通常の隊員では到底制御できないような動きで一気にあやかし達の中央へと突入していった。
「うわぉ………動き気持ちワルっ………」
「隊長待ってぇぇぇええッ!!!」
『二人とも後で始末書な。後、隊長にちゃんとお礼言っとけよ』
「はぁっ!!?」
両の手に握る圧縮したニセアカシアの巨大な木刀を回転させるようにして薙ぎ払ったその剣劇は、モーターが焼き切れるような激しい駆動音と共に周囲の空気を一閃した。
「…………わぁぉ」
「ぎゃぁぁぁぁあああああああっ!!!!」
一撃で吹き飛んでいったのはその隊長機が突っ込んでくるのを迎撃しようと飛び込んできたあやかし6体と、こちらも巨大なシールドであやかしの攻撃を受け止めていた隊員の機体。
剣閃に弾かれて飛んで行ったシールドと、その衝撃を殺しきれずに後ろ向きに転倒した隊員の機体が地面での動きを止める頃には、
「ぐぅう………な、何で俺までぇ………」
最初に突っ込んでこなかった4体も、倉庫の壁まで弾き飛ばされて霧化を始めていた。
◇ ◇ ◇
「す、すごい………隊長………本当に凄いですっ………わ、私感動しちゃって………!!」
「あ~はいはい……良かったね機動戦見れて………今現場検証中だから大人しくしててね………あとできればこっち来ないで指揮車の中に居てくんない? 安全確認終わってないんだけど」
「お、お手伝いしますっ!!! なんでもご命令くださいッ!!!!」
結局、KARAKURI二機に被害が出ただけで隊員たちは大した怪我もせずに今回の任務を完了するに至った。
現場検証を行ったのは機体もパイロットにも一切の損傷がなかった部隊長である神林啓介のみ。
残りの三名は何をしていたかと言えば、
「………何あれ?」
「あぁ、今日新人が配属されるって言ってただろ。あの子がそうらしいぞ?」
「んなこと分かってんのよおやっさん。どうして配属一日目の新人が現場なんかに来てんのかって聞いてんの」
「うるせぇなぁブツブツ文句言いやがって。隊長が連れてきてんだから文句いってんじゃねぇよ」
「あんたに聞いてないのよ畑中ぁっ!!!」
大した怪我は無い、とはいっても身体中がすり傷や切り傷だらけ。
特に機体が中破した鹿央美弥子の方は脚部の打撲もあり、七課所有の指揮車の側で後方支援を担当している
神林から治療と休憩を命じられた三人は、現場検証をしている神林と何やらその周りでピョコピョコ飛び跳ねている美少女を眺めて三者三様の表情を浮かべていた。
入隊20年、今年で45になる山岡はニコニコと人の良い笑みを。入隊5年目、今年で25になる畑中洋平は横目で盗み見るような表情を。そして異動から1年が経ち、今年で23になる鹿央美弥子はあからさまに不服そうな表情を。
特に鹿央美弥子の視線の強さは他の二人よりも強力で、激しく睨みつけるような視線はどちらかというと隊長である神林啓介に突き刺さり続けていた。
「なによ。デレデレして。自分の歳を考えなさいよね歳を。もう30になるってのに一回り近く下の新人に鼻の下伸ばしてんじゃないわよ。気持ち悪い。ロリコンかっつうの」
「あれのどこが鼻の下伸ばしてんだよ。誹謗中傷はやめろよな。それとも焼きもちでも焼いてんのか?」
「はぁっ!!!!? ぶっ殺すわよあんたッ!!!!」
「はぁん………? 随分顔を赤くしてお怒りになるんですねぇ? 図星だった?」
「殺すッ!!!! 立て畑中ぁッ!!! 勝負しなさいッ!!!」
「やめろよ二人とも………ほら見ろ、隊長がこっち見てるぞ………」
「ぐっ………!! お、覚えておきなさいよ畑中ぁっ………!!」
ふん、と鼻を鳴らしながらせせら笑った畑中洋平は、身体は比較的細身ながら引き締まり、やや切れ長の目をした黒髪単発の好青年。
一方でその畑中洋平を歯ぎしりしながら睨みつける鹿央美弥子は、明るい茶髪を背中程まで伸ばし、今はそれを頭の高い位置で結んでポニーテールにしていた。
「なんでもあの子、鬼道防衛学校で首席とったらしいぞ」
「は………はぁ!? なんでそんな子がうちみたいな隊に配属されんのよ?」
「んなこと言ったらお前だってそうだろうが。 どうして一課のエースって期待されてたのに七課まで飛ばされたのか忘れたのか? あの子もなんか事情があんだろ」
「いちいちうっさいわね畑中ぁっ!!! あんたじゃなくておやっさんに聞いてんのよッ!!」
そしていがみ合う二人をまぁまぁとなだめ続けている山岡隆二は、身長2m近い位置にある頭頂部をつるりとしたスキンヘッドにし、ややたれ目がちで人のよさそうな目を苦笑いに歪めていた。
この隊の構成員はあと一人いるのだが、残念ながら直前の作戦で怪我をして入院中。
後1週間ほどの入院で済む予定ではあるものの、その間にAYAKASI達が出現することを待ってくれるはずもなく。
普段は後方支援2名、前線3名で任務を遂行している七課北斗隊は、1名欠けた不慣れな陣形で作戦任務に当たり続けなければいけないのが隊の現状だった。
「あ、おい。鹿央。どこ行くんだよ。隊長に休んでろって言われただろ」
「………別に。ちょっと新人に挨拶しにいくだけよ。あいつ新入りのくせに自分から挨拶もしに来ないんだから」
「いじめんなよ?」
「いじめないわよッ!!」
日頃の任務をこなすだけでもてんてこまい。
1名減っているといっても業務が減るわけでもなく、隊員は家に帰る暇もなくて宿直室に寝泊まりするような毎日が続いている。
なのにこんな状況で新人の配属だ?
ふざけんじゃないわよ。しかも現場までノコノコ出てきやがって。
と頬を膨らませながら鹿央美弥子が近寄って行った時、長身セミロングの黒髪美女はまだ嬉しそうにピョコピョコと右往左往し、神林啓介の後ろで現場検証の邪魔をしていた。
「あ、あのっ……お手伝いを………」
「あ~……良いから良いから……さっきも言ってたけど指揮車に行っててね。ほんと危ないからね」
「で、でも………あの………現場検証のやり方なら私も習ってきましたしお力に……」
「邪魔だって言われてんのよ。隊長の邪魔しないでくんない?」
二人の背後にたどり着いた鹿央美弥子が「いじめない」と宣言した割には随分辛辣な口調でそう言うと、今までピョコピョコ跳ねていた黒髪美女はビクリと肩を震わせ、慌てて鹿央美弥子を振り返った。
改めて近くで見るとすげぇ美人ね………。
まつ毛長いし目も大きいし、脚もアホほど長い。
胸は………うん……まぁ………あたしの圧勝。
「か………」
「………何? 聞こえてんの? 現場検証の邪魔だって言ってんの」
「鹿央先輩ッ!!!」
ビビるかと思って凄んでいたのに、ビビるどころかその新人はグワッ!!と接近してきたかと思うや否や、突然鹿央美弥子の手を握った。
むしろビビったのは鹿央美弥子。
「な、何っ!!?」とのけ反ったは良いものの、ガッシと手を掴まれているので距離を取ることもできず、「御高名はかねがねっ!!!!」と随分なセリフを吐く新人の迫力に完全に及び腰にならざるを得なかった。
「二年連続で鬼道武術大会で優勝された時、会場で見てましたッ!!! 同じ隊に所属できるなんて光栄の極みですッ!!! 大ファンだったんですッ!!!」
「は、はぁっ!?」
「あ、も…申し訳ありませんッ!! 私、本日付で鬼道七課北斗隊に配属されましたッ! 逢坂奏と申しますッ!! 鬼道隊員としての配属になりますので以後ご指導ご鞭撻の程どうぞよろしくお願いいたしますッ!!!」
「あ………う………え、えっと………鹿央…美弥子よ……よ、よろしく……」
ビシッ!!と初々しい敬礼をしてくる逢坂奏の勢いに押され、鹿央美弥子は反射的にヒョコッ…と様にならない敬礼を返した。
腹が立ったのは、こちらに背を向けたまま現場検証を続けている神林啓介が小さく「ふふ…っ」と鼻で笑ったことである。
このよく分からない新人がいなければその背中に蹴りの一発でもお見舞いしてやりたいところではあるけれど、配属一日目から新人にそんな光景を見せる訳にもいかない。
カッ!…と頬が熱くなるのをぶるぶる堪えた後、鹿央美弥子は何とか怒りを鎮めながら改めて目の前の逢坂奏へと視線を戻した。
「あなた……防衛学校で首席だったって聞いたわ」
「はいっ! 頑張りましたッ!! 運も味方してくれた結果ですがッ!!」
馬鹿な事言わないでほしい。
運が味方するだけで首席がとれるなら苦労しない。
勿論相当な努力もしたんだろうけど、それ以上に才能に恵まれていたに違いない。
「優秀なのはありがたいけど……隊長もさっきから言ってる通り今は邪魔だから指揮車に乗ってなさい」
「え………で、ですが………何かお役に立てればと………」
「学校で習った知識だけなんかじゃ無理よ。とにかく今はまともな戦力は隊長だけなんだから面倒ごと増やさないであげて。そういうのはこれからゆっくり教えてあげるから、とにかく今は安全確保を優先しなさい。」
「で、でも………」
「でもは一切禁止。 防衛学校で習わなかった? 先輩命令よ。 指揮者に戻りなさい」
「ぅ…………は…はぃ………」
ガクン…とうなだれた逢坂奏は、完全に涙目になってスゴスゴと指揮者に向かって歩き出した。
どんな奴かとは思ったけど、あんな可憐な見た目をしておいて結構意地っ張りではあるらしい……なんていうのは偏見か。
そういうものの見方をされるのは嫌いだったはずなのに、立場が変わると自分の中にもそんな考えが湧いて出てしまうのは悪い意味で新鮮な気持ちだ。
「はぁ………」とため息をついて頭を抱えると、またくぐもった笑い声が聞こえてきたから今度こそその背中を睨みつけてやった。
「助かったよ。 結構面倒くさそうな新人だろ?」
「………本当にね。 でも良い根性してるんだろうとは思うわよ? あたしはあんな後輩ごめんだけど、鬼道隊員としては向いてるんじゃない?」
「俺は君がここに配属されてきた時にも同じこと思ったけどな」
「はぁ? どういう意味よ」
「そのままの意味だ」
そういって立ち上がった神林啓介はニヤニヤとした笑みを浮かべながら振り返った後「現場の保存したら帰るぞ」と言ってからさっさと指揮者に向けて歩き出してしまった。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよッ!!」
「上司に向かって話すときは敬語で話すようにな? 新人に悪い影響を与えるぞ」
「うるさいわねッ! 待てッ! 待ちなさいったらッ!! さっきの機動戦の話を聞きに来たのよ!」
「はいはい。 後で気が向いたらな」
「~~~~ッ!!」
引き留めるのも聞かずにあっという間に自分から距離を離していく神林啓介を睨みつけながら、鹿央美弥子は苦虫をかみつぶしたような顔になっていつまで経ってもその場に立ち尽くしていた。
世界各地への人の進出と共に、世の中へあやかしが溢れかえった時代。
そのあやかしから人々を守るために奮戦した、とある弱小部隊の一幕であった。
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