悪魔だからっていいじゃないか

酸味

1.いちにちめ

「だぁかぁらぁ言ってるだろ! なんだってキミらみたいなのを捕食しなきゃならないんだ!」

 近頃ぼくは精神的に疲労しきっていた。頭だけは良くて魔界で一役人をやっている小悪魔なのだけれど、そもそも魔界というところは最近まで力で他者を征服し支配するという風潮が強かったおかげで、役人というものにあたりが強い。魔界で一番強い魔王による治世の結果なのだけれど、一般悪魔どもはそこのところを理解する知能を持ち合わせていない。

 だから連中は「なんでお前みたいなちびに指図されなければならないんだ!」と騒ぎ立てる。こっちだってお前みたいなバカと話もしていたくないよ。

「人間みたいなまずいものを食べてたのは、数百年も前の事なんだよ!」

 そのうえそもそも悪魔というのに性悪が多い。それは一般悪魔どもに限らず、ぼくの同僚たちもそうである。特に女は性格が悪い。もともとコミュニケーション能力に難ありのぼくが飲み会やら、おしゃべり会やらを避けていたら、いつの間にかひそひそと悪口を言われるようになった。「若いだけで調子乗っている」だの「顔も見て話せない無礼者」だの。後者は事実だとしても、口にしなくたっていいと思う。

「今時、キミらみたいに家畜食べたり農作物食べたりしてるよ、馬鹿が」

 ついに精神的疲労が極限に至り、ぼくは年増どもに罵詈雑言をぶつけコーヒーをぶっかけた後、数か月分の有給休暇申請書をぼんくら上司に投げつけてやった。そのままの勢いで昔からのあこがれだった人間界旅行を挙行。数日間の準備を経て、先日魔界から人間界にやってきた。

「……そうですか」

「そうですか、じゃないよ! なんで人間界でも役人はこうなんだ!」

 しっぽを隠し、角を隠し、翅を隠して完璧に人間に寄せた格好で人間界に降り立ち、そうして一つの街に入ろうとした。わくわくした気持ちで、いやな気持など一切忘れて、その一歩を踏もうとした。その瞬間、耳障りな警戒音が鳴り響いた。

 途端、囲まれるぼく。

 泣きわめく人間。

 まともに筋力など持ち合わせていないぼくは数秒で捕縛され、薄暗い場所に連行された。

「ぼくはただ観光しに来ただけなんだよ。というか考えればわかるだろ、人間の可食部位とかどう考えたって少なすぎるじゃない。骨と筋ばっかでさ、犬くらいしか食べないよ」

 そうして始まった尋問では、数百年は前の土人じみた悪魔たちを基準にぼくに疑いがかけられた。一度だけ、伝統文化を守るためにと初等学校時代の給食で食べた再現人肉を食べたきり、人肉なんて食べたことがないのに「人を食べに来たのか」と真顔で尋ねられる。正気じゃない。

 しかも見るからに貧相なぼくに対して「万が一魔法でも使われたらたまったものではない」と言って魔力封じの手枷などを付けてきやがる。人間界には無罪推定の原則はないのか。

 そのうえ何かを紙に書き込んでいるだけで目の前にいるおっさんはほとんどしゃべらない。

「……こっちは陰口ばっかり言ってくる年増どものストレスを癒すために人間界に来てるのに、なんでこっちに来てもおっさんのせいでストレスを感じなきゃいけないんだよ」

 バンバン!

 必死に机を叩いても、おっさんは人間が恐れている悪魔の攻撃的行動にびくともしない。

「もはや警戒していないじゃないか!」

「まぁ、そうだな。考えてみればそこいらの兵士で捕縛できたくらいの悪魔だからな」

「人間の、一役人ごときが何言ってんだ! 身の程を弁えろよ!」

 悪魔なんて所詮くそどもの塊だけれど、くそ以下の人間に馬鹿にされるのは許し難かった。必死に手錠をぼろい木製の机にぶつけ、地団太を踏み騒音を掻き立てる。

「元気なんだな」

 おっさんはそう言った後、耳栓を付けやがった。

 結局本当にできることもなく、湿気たその場所でふて寝することにした。

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悪魔だからっていいじゃないか 酸味 @nattou

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