三十六計スタートダッシュ
野原に寝転がって流れる雲を眺めていると、そういえば昔のアニメでよく雲がなにかしらの形に見えてあははと笑い合うシーンがあったよな……と思う。
思った瞬間、やばいと緊張が走る。
だが時すでに遅し。
空に浮かんだ雲は魚やソフトクリームや動物の形を描き出す。後になって知ったことだが、これを瑞兆と受け取った近隣国は改元を行ったらしい。
「天候操作までできるんかい……やばすぎて逆にわかりにくいよ」
「君の心象風景を天候になぞらえたら、嵐のひとつでも起こせるだろう」
「あー、それ、感情の誤謬っていうらしいよ。私はあんまり好きなやり方じゃないなあ」
なにをのんびりふたりで空を眺めているのかといえば、それが私が引き起こす被害を最小限にとどめておくための方策だと判断したからだ。
私がイメージするだけで、この世界は簡単に様相を変える。雲がソフトクリームの形を描くように。
この世界全部が、私にとってはぐにゃぐにゃの飴細工みたいなものだ。なにか余計なことを考えたばかりに、本当に嵐が発生してはたまらない。
触れるものみな傷つけるギザギザ状態の私は、ならばできる限り被害を起こさないようにと、ぼんやり空を眺めることにした。
結果的に雲が形を変えてしまったが、急激な気圧の変化やスコールといった被害は現状起こっていない……と思う。
蝶のはばたきが竜巻を生むのだから、この規模の天候操作がなにを引き起こすのかはわからないが、それを言い出したら今すぐ首を掻き切って死ねということになってしまうので、バタフライエフェクトまで気を回すことはしないでおく。今のところ私は死にたくないので。
そもそも私の存在自体がこの世界にとっては歩く終末兵器なので、バタフライエフェクトもクソもないという話ではある。
下手したら、私が一瞥した時点で世界が終わる。
隣で佇んでいる魔女――マナの目的はそのものずばりの世界の破壊らしいが、手を貸してやると決めたわけではない。
そんな物騒なこと、できれば関わり合いたくない。
だが一方で、私がこの世界で頼れる相手が今のところマナしかいないのも事実で。
もしこの世界のまともな感覚の持ち主が私の素性と持っている危険性を知ったら、一も二もなく殺すだろう。
世界を好き勝手に弄くり回せてしまうような力を持った人間は、存在を許されない。許してしまっては世界は立ち行かない。
異世界転生ものの
私は駄目だ。現状、完全に詰んでいる。
その完全におしめぇになっている私を、おそらく唯一受け入れてくれるのが、マナ・テラーという女なのだ。
マナは世界を破壊したい。私の存在は世界を破壊しかねない。
マナにとって、私は実に都合のいい女だということになる。
そもそも、だ。
私はこの世界について知らなすぎる。
マナが最初に語った世界設定以外、私はこの世界についての情報を持っていないと言ってよかった。
ゴブリンがいたり、河童がいたりするのも、私の想像力のせいでした、と言われてもおかしくない状況なのだ。
まず、私がいま置かれている状況だ。
マナが町ひとつ消し去って、私をこの世界に転生させた。これはマナの口から語られた情報。
目隠し耳封じ全身拘束されて頭陀袋に梱包された私を、ふたりの男が荷馬車で王都に運ぼうとしていた。ここからは、私が読んだ情報。
男たちに依頼をしたのは魔術師のような怪しげな風体の女で、けっこうな額の金を払っていた。契約には、積み荷の中身を見るなという条件が含まれていた。
つまり、これって――。
「マナが私を王都に運ぼうとしていたの?」
私が思い描いたのは分業制のテロだった。私という爆発物を、安い人足を使って中身を明かさずに王都の中まで運び込み、頃合いを見計らって解き放つ。その間に何人もの工作員を噛ませて、首謀者の姿を眩まし、計画の露呈を遅らせる。
「いや、違う」
だがマナは即座に否定する。
まあ見た感じ仲間とかいる感じに見えないし、明らかに社会性なさそうだもんな……と思いつつ、なんだかいやな予感がしてくる。
「私は君の転生には成功した。その代償として私は五十三回の生涯分の魔力を持っていかれた結果、肝心の君の身柄は奪われてしまった。私はずっと君を追ってきたんだ」
「えっ」
「君はまず王立調停騎士団に拘束され、王都に連行されたのち処刑されるはずだった」
「待っ――」
「だが調停騎士団から君を奪った集団があった。〈終末の黄昏〉と名乗るテロリスト集団だ。連中は君を体のいい爆弾として使おうとしていた。その運び屋として利用されている人足を探し回り、やっと君を取り戻すことができた」
「待って待って待って。それってつまり、私を血眼になって探してるやつらが現在進行形でいっぱいいる……ってコト?」
「当たり前だろう。
空を眺めていた私の目に、影が差す。
「いました! 〈十夜の騙り部〉マナ・テラーと、おそらくは
上空で声を張り上げている者がいる。私が見上げていた空には、今では複数の生物が旋回しながらこちらの様子を窺っている。
「竜……?」
翼を広げて空を舞う生物。その背中には甲冑姿の騎士たちが乗っている。竜騎兵だ。
「ああ。お前たちのせいで今の竜は乗り物やモンスターとしての竜と、上位存在としての竜に分かたれている。だが竜は竜だ」
上空で旋回する竜。その一番高い位置を飛ぶ竜の背中に乗った騎士が、こちらを見下ろしながら声を張り上げる。
「聞こえるか! マナ・テラー! 我々は王立調停騎士団。私は騎士団長のルーシー・〝デクレアラー〟・ファース。ただちに抵抗をやめて投降せよ!」
「抵抗もなにも、私たちはただ寝転がって空を眺めていただけだが?」
「それが抵抗だっつってんだよアホマナ!」
急に砕けた口調になった騎士団長のルーシーは、大きく咳払いをして竜騎兵たちと、地上に展開している部隊に指示を出す。
門外漢の私でもわかる。「待て」だ。
「マナ・テラー。即刻武装解除をしなければ、我々調停騎士団の一個師団が全兵力で貴様らを殲滅する。頼む、マナ……」
「ルーシー、その勧告はまったく無意味だ。私も
「だったら、なんで……!」
地上で立て続けに爆発が起こる。竜たちが驚いて羽ばたき、高度を上げる。
「わはははははは! 景気よく死ねぇー!」
原付らしき二輪車に乗った集団が周囲に爆発をばら撒きながらこちらに迫ってくる。
「わはははははは! 〈終末の黄昏〉の首魁、ベリル・〝アーク〟・オーウェン様が通るぞー! 道を空けろー! 空けても空けなくても死ねぇー!」
原付の先頭で手放し運転をしている小柄な女が凶悪な顔つきで笑っている。その後ろを走る部下たちの表情は真剣そのもので、テンションがおかしいのはこの首魁を名乗るベリルだけなのだと即座に理解する。
調停騎士団と〈終末の黄昏〉。
どちらも「獲り」にきている。
ほかならぬ、私という災厄を、だ。
「あのイカレポンチどもっ! 負傷者の手当を第一に行え!
ルーシーの下を飛ぶ竜が炎を上げて落下していく。ベリルが担いだロケットランチャーが火を噴き、竜を次々と墜落させていた。
これは――なんだかすごいことになっちゃたぞ。
調停騎士団に捕まれば処刑。
テロリストに捕まればさっきと同じ状態に逆戻り。
うーん。
無理じゃね? これ。
「さて、と」
マナが立ち上がる。服についた草や土を払い落とす。服についていた返り血は、いつの間にか綺麗になくなっていた。
「ずいぶんと他人事のような顔をしている」
マナがかがみ込んで、寝転がったままの私の顔を覗き込む。
「うん。まあ、聞いた感じだと、ここ、フィクションの世界なんでしょ?」
「そうだとも。お前たちにとっては取るに足らない想像力の廃棄場だ。それでも、私たちにとっては、これが現実なんだよ。残念なことにな」
マナが小さく唇を噛んだのを、私は見逃さなかった。見逃せなかった。
「立て。五百井サイ。君がこの世界を破壊し尽くすまで、私には君を守る義務がある」
「守ってくれるの? マナ」
「ああ。死んでも君を守ろう。サイ」
私はマナの手を取って立ち上がる。爆煙と竜の悲鳴、そして炎が広がっている。
これが私たちの旅立ちか。
「じゃあ、行くぞ」
「えっと、どこに?」
「決まっている」
マナは私を自分の腕で抱え上げ、一気に駆け出した。
「まずは逃げるんだよ」
えええええええええ!?
私の絶叫が木霊する。
ひょっとしてこいつ、なにも考えてねぇ――!
想像世界で唯一現実の私は強すぎて本来出禁らしいんですけど!? 久佐馬野景 @nokagekusaba
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