第24話 聖剣・ト・乙女

 体育館の扉を蹴破った瞬間、俺は状況を直ぐに理解する。


 鮮血を流し倒れるラビット、勝ち誇ったように剣を振り下げようとしたメルブルク。

 頭が働く前に身体が動き即座に生み出したインフェルノ・ブレードを投擲した。


 不意打ちとして飛来した灼熱の剣を前にしてメルブルクは反応が僅かに遅れる。

 迅速な動きで紙一重に回避に成功するも彼女は信じられないと言わんばかりの表情で俺を見た。


 今の回避を見る限り……奴の剣は高速移動の能力を持っていると思うのが妥当だろう。


「立ちなさい。お眠りの時間は終わりよ」


 ラビットの手を掴み立たせると頬を軽く叩いて意識を呼び覚ます。

 生気を失いかけていた彼女の瞳には再び光が取り戻されていく。


 だいぶやられているが持ち前の図太さで何とかなってるみたいな状況か。

 

「これはどうも暴力的な女王様、随分とウチの仲間を可愛がってくれたじゃない」


「貴方は……ラソードの子孫の右腕」


「ゼロよ、覚えておきなさい。世界を知らない箱庭の女帝さん?」


 挑発するように名乗るとメルブルクは警戒するように眉を潜める。

 威圧なのか、それとも畏怖なのか、俺の瞳を絡め取るように見つめながら笑った。 


「その目……天使のように美しい、でも人形のように生気がなく感情を模倣したような眼差し……まるで人の皮を被った悪魔」


「奇遇ね、私も貴方を悪魔に似た性悪女と思ってたわよ」   

   

 まぁ、人の皮を被っているというのはあながち間違いでもない訳だが。

 俺の中身を見透かしたかのようにメルブルクの額からは汗が零れ生唾を飲み込む。

 

「感じるわ、真の脅威という強者の匂いを貴方から。私と似ている」


 身体を歪ませ視界から消えると瞬時に背後へと回る。

 機鋒を研ぎ澄ました刃によって首筋へと放たれた一閃を俺はノールックで弾き飛ばす。


「えっ?」


「私と似ている……?」


 同事的に逆手に持ち直した剣で足を振り払い、彼女の腹を勢いよく踏みつけた。


「ぐふっ……!?」


「質の悪いジョークね」


 苦痛に悶える表情は実に滑稽で見下ろしながら冷静に言葉を紡いでいく。

 内臓狙いで溝を抉るように足を動かすと堪らずメルブルクは高速移動で脱出する。


 視覚による映えは派手。

 高速移動というシンプルな能力には複雑なロジックが存在しない。

 知能や罠で攻略するのは寧ろ難しく、純粋な強さは相手の心をへし折りやすい。


 だが、それは弱者に対しての武器。

 強固な精神、またはそれを凌駕する力を有する者に対しては……。


「意味を為さない、そんな小手先の力」


 プライドを揉みくちゃにするよう俺は知る限りで最大の見下した笑顔を捧げた。

 鏡で見なくてもブチ殺したくなるほど憎たらしい作品になってるはずだ。


 現に、目の前で腹部を抑える彼女は苛つきを隠せていない。


「この女……!」


 見える憤怒の表情。

 隠し玉を持つ素振りはない。


 メルブルクは再び身体を歪ませると俺の視界から消える。

 辺りを高速で動き回る影、強襲の為に意味もなく動いて俺達を錯乱してるつもりか。


 だが、こちらからすればこれは好都合、ここらで教育といくか。


「ラビット、視覚を頼るな」


「視覚……?」


 背中合わせに言葉をかけると不思議そうに聞き返す声が耳朶に触れる。

 

「視覚は感覚を鈍らせる、見える物だけを追っても奴には辿り着けない。気配だ、目をつぶり一瞬だけ変化する気配を捉えろ」

  

「気配……って、そんな感覚の話じゃ」


「準静電界、人は常に微量の静電気を発している。その僅かな電気が肌で伝わると気配としての現象が生まれる。スピリチュアルな話じゃないのよ」


 もちろん全ての仕組みがそうじゃない。

 あくまで一部の要因というだけ。


 何度も言うがラビットに必要なのは経験と揺るぎない自信を生む成功体験。

 ラオ・リーの時は失敗したが……ただで転ぶほど俺は脆くない。


「仕組みが分かれば。貴方の潜在能力なら容易にね」 


 あの戦いで彼女の仕組みが分かった。

 それは「意外と出来る」と言う言葉に錯覚しやすく奴は自信がつくということ。

 その錯覚に惑わせられれば……こいつは天性のセンスで物にしてしまう。


「そこで観察してなさい」


 お手本とばかりにラビットを突き放すと俺は瞳をゆっくりと閉じた。


「この小娘ッ!」


 鼓膜に響く罵声。

 徐々に迫りくる熱気と僅かな静電気。

 見える、見えてなくても奴が何処におり、何処から迫ってくることなど……。


「見える」


 刹那、瞼を開くと同時に背后へと目掛けて迷わずに剣を横に薙ぐ。

 風を切ると共に何かが弾かれる鳴りが響き渡った。

 

 即座に回し蹴りを叩き込むとメルブルクは吹き飛び壁に激突する。

 

「本能を受け入れろ、過去の幻想を殺したいなら奴をぶちのめしてみせなさい」

 

 振り向きざまに放った俺の言葉にラビットは血を拭き取り笑顔を浮かべた。

 自信に溢れ、最初に巡り合った時の劣等は消え失せ闘争に溢れる感情を見せる。


 そうだ、その顔だ。


「見ててよゼロっち、ちょっとやり返してくるから」


 瞳からは閃光のようなモノが走り、天を見上げると安らかに深呼吸を行う。

 アビス・クライを構えるその姿勢はラソードを彷彿とさせるものがあった。


 懐かしさと不快感という相反する心緒が渦巻いていく。


「……死に損ないが」


「それはこっちのセリフです」


 分かりやすい舌打ちの後に、メルブルクは再び姿を消しラビットの背後を取る。

 彼女の首を刈り取るべく紅の刃を振り下ろすが先程とはまるで違う結果が訪れた。


 放たれた真横からの強襲はラビットによって容易く防がれる。

 まるでその場所に来ることを予期していたかのように無駄のない動きでメルブルクの強襲を相殺した。


「見えない世界こそ、真実」


 無表情。

 生気のない人形のように無機質な形相。

 合理的な声色で微弱に呟くとラビットは瞳を素早く動かす。


 華麗に、だが最低限の動きで剣を弾くと間髪入れずに反撃の刃を振るう。

 今この状況で場を支配しているのがラビットなのは周知の事実だ。


「何なの……一体?」


 焦燥に駆られたように表情を歪ませながらメルブルクは剣撃を避け続ける。


 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃。

 振るわれる度に剣閃は鋭さを増していき、加速していく。

 

「このッ!」


 劣勢を打破するべくメルブルクは高速移動するも容易に見抜かれ、ラビットの峰打ちが腹部に叩き込まれる。

 

「もう、逃げられない」


 決着をつけるべくアビス・クライを上段に構えると大きく息を吸い込み、勢いよく吐き出す。


「黒蓮乱華」


 美声によって放たれた詠唱。

 黒蓮乱華、先に言わせてもらうが……メルブルクは確実に敗北する。

 この技は絶対に逃れられない、いくら速くとも絶対にだ。


「私は……あの人を殺さなくちゃいけないんだァァァァァァッ!!」

 

 裂帛の叫びと共にアビス・クライは勢いよく振り下ろされる。

 呼応するように無数の黒き焔を纏った花弁のような斬撃がメルブルクへと襲い掛かる。


「花弁ッ!?」


 高速移動で避けようとするも、それは意味を為さない悪手。

 追尾機能により花弁はメルブルクの行く手を先読みしながら徐々に追い込んでいく。


 行き場を失い始め囲うように花弁はメルブルクを閉じ込める。


「爆ぜ……ろッ!」


 手を握りしめた刹那、メルブルクは四方から迫る爆発に包まれる。

 耳をつんざくような爆音が轟き炎が消えると同時に、メルブルクは膝を崩す。


「こんな……これが……ラソードの」


「ラソードじゃない、私の名は……ラビットです」


 眩く真っ直ぐに歪んだ瞳。

 大英雄の孫とは思えぬその形相にメルブルクは微笑しながら倒れ伏す。


 念のため奴の身体に触れるが既に意識を手放し安らかに瞳を閉じていた。

 脈は動いている、衝撃による反動での気絶だろう、死んでないのなら問題はない。


「やった……やったゼロっ」


 笑みを見せながら崩れ落ちるように脱力する彼女を受け止める。

 同時に鼻血が吹き出し自らの制服を染めるように汚す。

 

 その姿は滑稽ながらも達成感に満ちあふれており悲壮的なモノはまるでなかった。


「全くまた調整を考えずにアビス・クライを使って、鼻血出まくりじゃない」


「ヘヘッ……及第点はいったっしょ?」


「……そうね、よくやった」

  

 頭を撫でるとラビットは子供のように嬉しさを噛みしめている。

 やはりこの黒兎にはラソードを超える力がある、そう希望的観測をしてもいいはずだ。


 少しばかり俺より重量のある彼女を担ぎ俺はその場を離れる。

 後処理は学園側がしてくれるだろう、しないのなら理不尽の極みだ。


「ゼロさんッ! ラビットさんッ!」


 道中、瓦礫に塗れた通路から響く声色。

 視線を向ければ俺達の姿に喫驚の表情を見せるアリエストがこちらへと駆けていた。


「ど、だ、え、だ、大丈夫なんですか!? メルブルクは!? 執行闘争はッ!?」


「うるさ……安心なさい、全部終わらせた、そっちはちゃんと治したんでしょうね?」


「えっ? あ、あぁ……一応爆発に巻き込まれた生徒の治療は終えました。明日には回復するかと」 


「上出来、これ勝ったら何すればいいの?」


「が、学園長への報告後、現場検証によって認められた場合に勝者の判定がつきます」


「あっそ、ならメルブルク派の後処理よろしくね、私達は休憩のお時間だから」


「えっちょゼロさんッ!?」


 雑用を任せるようで申し訳ないがこれ以上動く気にはなれない。

 アリエストに後を任せ保健室へとラビットを運ぶ中、彼女は唐突に口を開く。

 

「ゼロっち……やっぱ私って天才?」


「自惚れんなバカ、まだまだ発展途上よ」


「厳しいなぁ……でも大丈夫、必ずゼロっちをブッ殺せる人間になる……から」


 その言葉を最後にラビットは穏やかな表情で意識を手放し安らかに眠る。

 まだあどけなさが残る顔立ち、だがその内に秘めた才覚が雰囲気から醸し出されゆく。


「ったく、世話が焼ける」


 空を見上げれば雲一つない晴天が広がっており、心地よい風が肌をくすぐる。

 

「絶対に殺せるわよ、貴方なら私を」


 誰に聞こえるわけでもない呟き。

 少し緩んだ口角を直さず俺は彼女への期待を抱きながら歩を進めた。

 

 

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聖剣乙女の黙示録 〜300年の眠りから目覚めた最強の聖剣、美少女となり学園にて勇者の子孫に殺される〜 スカイ @SUKAI1234

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