塵芥

杠明

塵芥

「僕を見て笑った気がしたから」

嘘はついてない、すべてを語っていないだけ。


ggez(楽勝の意のネットスラング)

思わずゲームのコントローラーを投げそうになる。

大学に入りオンラインの対人ゲーにどっぷりとはまった。

当初は楽しかったが今はどうも調子が悪い。

今日はこれで七連敗、しかも相手に煽られる始末。

自分のスコア(成績)を見ると負けたのが不思議なくらいだ。

「味方がクソすぎる、やってらんね」

ゲームの電源を乱暴に切る。


時計を見ると10時10分。

「まずい、今日の二限はこれ以上休めない」

既に四回サボっている、これ以上休むと落単だ。

急いでカバンに必要な教材を入れる。

「どこやったかな」

教科書が見つからない。

カビの生えたような老教授は教科書のない生徒を教室から追い出す。

机の上も本棚にもない。

10時20分、走って電車に間に合うか怪しい時間だ。


ようやく教科書を見つけた。

置いた覚えのないベッドの枕元にあった。

一人暮らしである以上自分以外犯人はいない。

最近購入したスニーカーを履き駅まで全力疾走で走る。

靴下を履かなかったせいか踵が痛む。


10時33分、間に合わなかった。

次の電車は54分、授業が始まるのは50分なので遅刻が確定した。

通常なら10分ごとに来るがこの時間のダイヤだけ40分台に来ない。

「チッ走らなきゃよかった」

悪態をつきながら呼吸を整え踵を見ると皮がズル剥け血が滲んでいた。

それを見て痛みが激痛に変わった気がした。


結局大学に着いたのは11時10分。

走ればもう少し早く着いたが足が痛むし、どうせ遅刻には変わりない。

小教室の後方の扉をゆっくりと開け指定の席へ静かに進む。

「おい、君。遅刻だよ」

バレないと思ってたわけではない、だが指摘されるとも思わなかった。

「すいません、遅れました」

教授はわざとらしく時計を確認する。

「10分までなら遅刻だがそれ以上は欠席扱いだよ、シラバス(授業計画)にそう書いてるだろ?」

そんなこと知るか、わざわざ必修のシラバスなんか目を通すか。

「欠席扱いでもいいなら座りなさい。では来週の試験の範囲もう一回言うぞ」

欠席扱い、それが脅し文句であることを僅かに期待しながら席に着いた。


「おいおい災難だったな」

戸田雄平とだゆうへい、食堂に移動すると会いたくない奴と遭遇した。

「どうせ脅し文句だろ、あんまり落第生増やしたって教授もいろいろ言われるんだろ? 大丈夫だろ」

希望的観測を口にし、半ば自分に言い聞かせる。

「どうだろうな、今日あいつ機嫌悪かったから」

落第なら落第と言ってほしい、無駄な試験勉強をしたくない。


「ところで頼みがあるんだけど、一生の頼み」

ほら来た、だからこいつに会いたくないんだ。

「一万だけ貸してくれ、明後日の給料日に返すから」

借りる癖に

そもそも学生が明後日まで生きるのに一万もいらないだろ。

どうせパチンコだろ。

「またかよ、安い一生だな。色付けて返せよ」

なんで断れないんだろ。

まぁ、確かにいつもショボいお礼を付けて返してくれるし損するわけではない。

「ありがとうございます!」

大袈裟に最敬礼をして戸田は食堂を後にした。


食事を済まし三限を受けてるとポケットのスマホが振動した。

大教室の授業なので幸い教授にはバレなかった。

スマホの液晶を確認すると、バイト先からだった。

隙を見て教室を抜け出し、リダイヤルすると店長が出た。

「お疲れ、今日出勤だけどどうした?」

不機嫌そうなガラガラ声、いやな予感がする

「今日僕休みですよ、勘違いしてません?」

「シフト訂正したって書いてあっただろ、確認してないの?」

いつの話だ、見た覚えも聞いた覚えもない。

「すいません確認してなかったです、どこに書いてあったんですか?」

「シフトの備考欄に書いてあっただろ、昨日」

こんなどうしようもないバカが経営者かよ。


結局授業を諦めてバイトに行くことにした。

一度家に戻る必要があるため、駅のホームで電車を待つ。

その間暇つぶし、いやもはや趣味のソシャゲを開く。

「明日までイベント、今日まで石(ゲーム内通貨)を集めに集めて、しかも課金までしたんだ」

狙うは期間限定キャラだ。

願いを込めてガチャを回す。

外れ、外れ、外れ。

迷信めいた願掛けを込めて再起動したり画面を変えたりして再度ガチャに挑む。

ようやく当たったキャラは恒常的に出るものでイベントとは無関係だった。

「最後だぞ、本当に頼んだぞ」

願望をわざと口にして最後の挑戦をする。

外れ。


いつの間にかホームに来ていた電車に乗り込んだが各駅だった。

あと一万あったら天井(救済措置)だったのに。

戸田に貸してしまった、帰って来るのは明後日。

イベントは終わっている。

呆然と椅子に座っていると目の前で女子大生が電話をしている。

他に誰もいないとはいえ、やたら大声で話している。

何がそんなに面白いのかずっと下品な笑い声をあげている。

今、目があった気がする。


ずっと見てたから目が合っても不思議ではない。

自分も他人をじろじろ見て失礼だった、目的もないがスマホを見つめることにする。

先ほどまで大声で笑っていた女子大生はいまはクスクスと声を殺して笑っている。

こいつ俺のこと話して笑ってるのか?

何が面白い? 

七連敗したことか?

遅刻して落第したことか?

毎回毎回ギャンブル中毒者に金を貸してることか?

安い給料でバカのもと働いてることか?

ソシャゲで爆死したことか?

何が面白いんだ?


駅に着き電車には多くに人が入ってきた。

今お前俺を見たか?

お前も見たな?

おい、お前俺を見て笑ったな?

電車は多くの人を飲み込み発車した。


無意識に立ち上がっていた。

気が付いた時には車両には様々な悲鳴が満ちていた。


「僕を見て笑った気がしたから」

嘘はついてない、すべてを語っていないだけ。

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塵芥 杠明 @akira-yuzuriha

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