或る魔女の話

ナナシマイ

 この手記をお読みの皆様には是非とも、「ケセンレ・ルナ」という名前を覚えていてもらいたい。彼女が極悪非道で、子供や若い女や老人なんかには唾を吐きかけるくせに見目のよい男にはめっぽう弱く、とにかくプライドだけが高いような、処すべき魔女であることとともに。

 十四年も続いたゲデラ地方の紛争。それもルナが裏で糸を引いていたというのはもっぱらの噂だ。

 終戦から五年経った今も各地には傷跡が残っている。行き渡らない食料。半壊した建物の隙間を縫う怨嗟の声。生きるために盗みをはたらく子供たち。……本当に、痛々しいことこの上ない。

 ルナが極悪非道の魔女であることは真実だが、しかし、魔女として薬の調合の腕が確かであることもまた真実であった。

 彼女に作れない薬はないと言われ、事実、王宮専属の医者が使う薬箱の中にはルナの紋章入りの瓶がいくつも並んでいる。それはつまり彼女が命を救った人数が多いことも示しており、此度の紛争における責任の所在を明確にしようとルナの名前が挙がったときにも少なくない人が彼女を擁護したほどだ。

 結果、王はその擁護の声を無視しきることができず、魔女が持っていた国におけるさまざまな権利をはく奪したうえで、ゲデラ地方にある森にて一生を過ごすことを命じたのであった。勿論、今後は国のためだけにその力を使わせるために――


       *


 ふと、家の外に人の気配を感じた私は、そっとペンを置き手帳を閉じた。窓の外を見ると傾いた日が葉を散らした枝を照らし淡い影を作っている。もうそれなりの寒さがしているだろう。左手の指をすっと動かすと、背後の暖炉でぼうっと熱が生まれた。

 やがてコンコンと控えめなノックがして、また同じく控えめに「ごめんください」と舌足らずな子供の声がする。

 背もたれに無造作に掛けていたケープをひらりとまとい、ゆっくり玄関へ向かう。誰何もせず扉を開けて、そこにいた小さな姉弟を見下ろした。

「ルナ様!」

 安心したような、嬉しいような二人の笑顔に、私の頬も緩みかける。それをなんとか微笑にとどめて続きを促すと、姉のほうの顔がきりりと引き締まった。

「『疫病の治療薬をこの前と同じだけ、それから、紋章入りをひと箱』、お願いします」

「わかったわ。……ほら、おあがりなさい。準備をするあいだ、そこにいては寒いでしょう」

 中を示すと、弟妹はよく似た顔を見合わせてにっこり笑い、それからこちらに視線を戻し神妙な面持ちでこくりと頷いた。

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