あんもらりーあんもらる

宮塚恵一

不道徳的不道徳

 ──君ってさー、女の子と寝る時に申し訳ないなーみたいな気持ちってないの?


 急にミヤコからそんな風に聞かれて、一瞬意味を理解するのに脳みそが固まって、それから改めて日本語を咀嚼して、質問に返す。

 ──え、なくない?


 僕の返答を聞いて、今度はミヤコの方が固まった。それからうーん、と小さく唸った後に得心した、とでもいう風にして。

 ──ごめんごめん、主語が足りんかった? かな? 彼氏のいる女の子を寝取って申し訳なさとかない? って話。


 それでようやく、ああそういうことか、と理解した。

 僕はセックスの相手を彼氏持ちかどうかを基準に選ばない。ああ、この娘良いな、と思ったら声をかけてみて、イケそうなら寝る。それで相手に彼氏がいることは少なくないので、そんなことを聞かれたのだ。


 ──ミヤコ、彼氏に罪悪感とかあるの?


 だから僕は逆にそう聞いた。そこのところははっきりしておいた方が良い。

 ミヤコには遠距離恋愛をしている恋人がいる。だから、もしもその彼に対する罪悪感の方が大きいのならば、僕は自分との関係を無理強いする気はない。


 ──特には。ただ、そういうこと考えないのかなー、ってそう思っただけ。


 考えなしの発言だったらしい。

 それはそうか。いきなりだったからびっくりしたぜ。


 ──考えるよ。考えるから、僕はいつもちゃんと同意を取るでしょ。


 スパイス程度の罪悪感ならむしろ歓迎するところだ。そこのところはバランスである。

 ただ、口ではそう言っていても、急に「やっぱりこんなのおかしい」と言う女子もいるのでそこは慎重になる。因みに経験上、彼氏とヤるよりも気持ちいいみたいなことをほざく女子は要注意だ。

 メンヘラ気質が祟って関係が拗れることが多い。たまたま彼氏とうまくいっていない期間に僕に声をかけられてコロリという女子とは絶対に寝ない。そういうのはヤバい。相手の様子を見て、キープするか連絡先を抹消するかを決める。

 あまり遊びすぎている女子も病気持ちだったりすると怖い。まあこれは確率の問題だから、それをあまりある魅力があればやっぱり手をつけるのだけど。


 二股は、まあ二股くらいなら別に普通にする。四人を超えてくるとこっちの気持ちが持たないので、多くても三股が限度だったと思う。

 今もミヤコ以外にも月一でセックスしている女子がいる。こっちは女子大生でミヤコよりおっぱいが大きいのが好き。


 まあセフレに◯股って表現を使うのはあまり正しくない気がするけど。


 せっかくなのでそういう話をミヤコにすると。

 ──君も色々考えてるんだねー。

 などと中身の特にない言葉を返された。こういう、ミヤコみたいな女子は基本的に無害だ。だから好き。


 ミヤコの彼氏は彼女の大学時代の先輩だった男らしいのだが、仕事を始めて距離も離れ疎遠になっても別れを切り出すつもりはなく、普段はメッセージのやり取りもしないのにたまに返事を寄越す時は必ず彼氏ヅラをするのだそうだ。

 ウケるよねー、なんて笑い混じりでミヤコも愚痴を言っていたけど、彼女もすすんで別れようという気持ちもないらしく、僕は別に口を出さない。


 そんなことを考えているとミヤコのことが愛おしくなって、手を握った。嫌がらなかったので、そのまま首筋をギュッと抱いた。顔を見つめ合わせていたら、ミヤコの方からキスをしてくれた。


 ゴムを取り出して、そのまま次の試合に突入した。

 明日も早いというのに。欲望には逆らえない。エクスタシーを目一杯に感じてからシャワーをして、着替えるとミヤコは布団もかけずに眠っていた。


 ──おーい、起きろー。


 ミヤコの肩を揺らしたが、返事がない。爆睡かよ。僕は思わず笑って、下着くらいは履かせてやってから掛け布団をかけてやった。

 ミヤコのスマホのメッセージに「帰るよー」とだけ入れて、ミヤコの家の鍵を閉め、鍵はポストに入れた。

 そういえば、合鍵も作らない主義だ。向こうがこっちを締め出すようなことがあれば僕も諦めて身を引くため。


 ミヤコは用が済んだらさっさと眠りこけたけど、こっちは眠くならないのでコンビニで酒を買って一杯家で飲んでから寝ることにした。養命酒が欲しいところだが、コンビニには当然売ってないので経験上悪酔いしないハイボールにする。

 微妙に小銭が余ったので募金箱に投入してコンビニから出ると、酔っ払いが駐車場で座り込んでいた。車の通り道なのでかなり迷惑だ。


 ──こんなところで寝てたら危ないですよー。


 酔っ払いの男に声をかけたが、日本語にもなってないよくわからかい罵声を浴びせられた。

 仕方ないので適当に話を聞いて相槌をして、肩を貸して近くのバス停前にあるベンチに座らせた。男は秒で横になったけれど、まあここなら迷惑もないだろう。


 そこではたと気がついた。


 誰かが僕のことをじっと見ている。振り向くと、見知らぬ女がいた。


 ──えっと、何?


 僕が尋ねると、女は急に激昂して僕を指差した。


 ──あんたこそ何? サキと付き合ってるくせに他の女ともヤるっての? それなのに酔っ払い助けて善人ぶって?


 サキというのは、ミヤコとは別に関係のあるおっぱいの大きな女子の名前だ。

 サキの友達か誰かか。友達が悪い男に引っかかってる話を聞いて、その様子を見に来たってところか。この手の相手もそれなりに処理したことはある。そのまま絆してセックスしたこともあるけど、この娘のキレ具合を見ているとそれは無理そうだし、僕もこんな真夜中に友達のセフレ相手をストーキングするような精神の女はごめん被る。


 ──あのさ、何か勘違いしてるみたいだけどさ。


 僕もサキは恋人ではなくて──と、ストーキング女に近づいて説得を試みようとしたら、全身に電撃が走った。


 ──死ねクズ。


 女の手にはスタンガンが握られていた。どうやら躊躇なく通電部分を近づいてきた僕の腹目掛けて突き出したらしい。反対の手にはトンカチを持っている。


 ──あんたみたいなクズにサキは相応しくない。

 女は倒れた僕の頭をトンカチでガツン、と叩く。


 ガツンガツンガツンがツンガツンガツン。


 繰り返しトンカチによる打撃を受ける僕の脳天から、温かい血が流れてくるのがわかった。


 あー、油断したな。そんな風に余裕じみた思考が頭を過ったが、こういうこともあるかもしれないなー、とは思ってはいた。相手が女子なのは、あんまり想定していなかったけど。


 僕は小さく溜息をつく。


 僕が死んだらミヤコとサキは悲しむかな、そんな関係じゃないんだし、二人ともあまり悲しまないで、ミヤコは今の彼氏としっかり話し合って、サキは僕を踏み台にもっと良い男を見つけられたら良いな、なんて──。




──完。

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あんもらりーあんもらる 宮塚恵一 @miyaduka3rd

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