公平ではなく平等に-4
♦♦♦♦♦
「『解変』」
瞼を閉じて、その言葉を唱える。
視えた景色をなぞるように
「───っかてぇ!」
「任せろ」
ヤツが怯んだ隙を突いて、影狼が回し蹴りで突き飛ばす。
ヤツは道路を転がるように滑った後、重力に逆らうようなスムーズな動きで立ち上がった。こちらを見てはいるが、様子見でもしているのか動く気配は感じられない。
「貴方、動きながらでも
「ついさっきな。無我夢中でやったらできた。
それよりお前、その色どうし───ッ」
「?」
何故か白く変色してるサラの方に眼を向けて、大慌てで顔を背ける。
よく見れば、コイツの緋色に染まった服は一部が白くなっているだけではなく、所々が透明になっていた。
俺は上着を脱ぎ
「え。どうしたの急に。上着なんか渡してきて」
「いーから! 透けてんだよ、その……うん」
「え、あ、本当だ。ありがとうございます」
横で困惑したまま固まってる“あい”を意識して、少し言い淀む。
ただなんかこう、小さい子を前にして露骨に気にしてるのはマズい気がするので、せめて早々に本題に戻る事にした。
「と、というかだ。それ、一体どうした?」
「能力を奪われました。というよりはおそらく心……つまり、色が奪われたのかな」
「心が? ……あー、さっきから口調がお前らしくないのはそういうことだな?」
「えぇ、ある意味昔の私に戻ったというのが近いかもね。
ちなみに、肉体の方も限界が近いです」
「わかってるよ。そんな状況でよくその子を守り切ったな」
「でもごめんなさい。建物は壊しちゃった」
「はぁ? いいよ別にそんぐらい。必要経費だ」
そんなことより俺としてはボロボロになっても戦おうとしてることに怒りたいのだが、彼女は頑張ってくれているのだし、事実サラのおかげで被害は最小にとどまってる。なので文句は一旦心の中にしまっておく事にした。
「さて、こっからどう───」
「待て、動くぞ。正面!」
影狼の言葉に、慌てて構えをとる。
ヤツが倒れ込むように動くと、その姿勢からはあり得ない速度でこちらへ急接近してきた。
「くッ───」
右手の剣を盾に変え、受け止めようとする。
───直前、
「───ぁ、駄目だ!」
影狼が盾を蹴り上げた。
「はっ───ぶねぇ!?」
後ろへ倒れる俺の盾と頭の間を、ギリギリでヤツの腕が掠めていく。
俺とヤツの距離はわずか30cmにも満たない。その間に影狼の脚が割り込み、もう一度ヤツを蹴り飛ばす。
「わぉ、曲芸」
「佐季。駄目だ、防御は。アレは重すぎる」
「ってぇ……なんだって? 重すぎる?」
「あぁ」
影狼が短く頷く。その言葉の意味を問いたいところだったが、吹き飛ばされたヤツがもう一度気持ち悪い程スムーズに起き上がったのを見てやめた。
「……今の話も含めて、色々話す時間が欲しいな」
「私も同感。あと、あまり大衆の前で活躍すると後始末が大変なので移動したいわ」
「じゃあ、あそこだ。逃げるぞ、一旦。ショッピングモールに」
「了解。信じるぞ」
影狼に言われた通り、俺たちはショッピングモールの方へ走る。
“あい”はまだ固まったままだったが、サラが抱きかかえてくれた。
「───来たぞ!」
「寝てろ、邪魔だ」
またも倒れるように接近してきたヤツは、道を遮るように俺たちの正面へ現れる。
それを一歩先へ出て、影狼が殴り飛ばす。
ヤツが地面を転がっている間に横を抜け、俺たちはショッピングモールへ進入した。
♢♦♢♦♢
「さて……とりあえずは大丈夫だな」
「中の人もほとんどいないわね……警備員ぐらいはいると思ってたんだけど」
「連絡しといた、走ってくる途中でな。
電話で、予め。“避難させたら後は逃げろ”って」
「え、気持ち悪……色々怖いんだけど……」
「
楽だと思ったんだが、いない方が。違ったか?」
「いや、そうだけど……むしろだからこそ怖いんだけど……」
「あーわかるわかる。最初はその先読みビビるよな。そのうち慣れて感謝するようになるから今のうちに噛みしめときな」
「え、えぇ……?」
確かに気持ち悪く感じるのも無理はない。カゲ自身、昔はそれで苦労していた。
しかしまぁ、そんなことは今はどうでもいい。とりあえず店をいくつか経由しつつ入口から離れた位置まで走ったが、ヤツがどこから来るのかわからないため、一旦俺たちは近くにあった服屋に隠れることにした。
「───って、サラおまえ。色が戻ってるじゃねぇか」
「え? あ、本当ね。アレと離れたからかしら?」
「じゃあ、奪われた色は一度離れたら戻ってくるってわけだな。よかったよ、お前がちゃんと元通りになって」
「えぇ、ほんとにね。けどまた奪われるかもだし、ちょっと今のうちに着替えておこうかしら」
「そうしてくれ。たのむ」
戦闘中にまた服が透けられては困る。大いに困る。
サラは“あい”に「ちょっと待っててね」と囁き、その辺りの服を適当に何着か手に取りながら(やはりと言うべきかほとんどが赤い服だった)試着室へ向かった。
“あい”は時間がたって落ち着いたのか、先ほどよりは反応を返すようになった。だが、やはりまだ不安そうな表情は抜けていない。
「……それで影狼、さっき言ってた重すぎるってのはどういう意味だ?」
“あい”から目を離さないように、背中を向けたまま質問する。
「あぁ、アレか。……ん~。言えないんだけど、上手く。混ざってんだよ、色々」
「混ざってる?」
「そ。ぐちゃぐちゃなんだよな、あの灰色。なんというか、何枚も重ねたみたいな、薄い色のついたガラスを。そんな感じの色だ」
「なるほどな。……あー、だいたいわかったぞ」
道中、声が共鳴した際に色々うるさく聞こえたのはヤツが実際に混ざっていたからであろう。
あまりにもうるさかったもんだからつい「黙れ」と叫んでしまって、その瞬間から声は一つしか聞こえなくなったのであまり気にしていなかった。
「んで、そうか。色々な人が混ざってるからその分“存在が重い”ってことだな?」
「ん、そういうことだな。ただ、流石に重すぎる。いったいどんだけなんだろうな、犠牲になったのは」
「元の色は知らんが、流石にあの色になるには一朝一夕じゃ無理だろ。
いくら灰色の範囲に収まってるとはいえ、かなり黒かったぞ、あれ」
「……お前が言うのか? それを」
影狼が呆れた声で言う。たしかに俺の心の色は黒らしいが、ヤツと違ってこれは純正だ。そもそも誰も犠牲にしていないので、根本から違う。
「なるほど、そういうことだったのね」
「うわびっくりした!? お前、着替えるの早いな」
「別に、ちょっとすり抜ければいいだけよ。それよりどう? 似合ってる?」
サラはそう言って、笑顔でポーズをとってみせた。
可愛く目元でダブルピースしている彼女は胸元に林檎と蛇の刺繍が入った黒いジャンパーを着ており、いつもは見ない色の組み合わせに思わず驚いてしまう。
そのジャンパーの内側はいつも通りの赤っぽいTシャツを着ていて見慣れた色に安心したのも束の間、その丈が非常に短く、へそが見えていることに気付いてそのあまりの衝撃に再度心を乱されてしまった。
ズボンに至っては丈が短い上にこれまた見慣れない紺色のショートジーンズで、二十の破壊力が俺の心臓を確実に貫いてくる。ふくらはぎから下は赤いハイソックスとスニーカーで隠されているが、それが逆に隠れていない部分を際立たせていてただでさえ高い破壊力を更に増す要因となってしまっていた。唯一普段と変わらないその顔もズルいことに普段通り最上に美しいため、全身どこを見ても俺の心は平静を乱されっぱなしだ。
唯一残念なのは、彼女の美しさを表現するのに的確な言葉がないことだろう。俺の表現力の問題もあるが、これに関しては彼女が規格外に可愛すぎるのだ。
「……どうしたの? 似合ってなかった?」
「え!? あ、いや……似合ってると思うよ、すごく。
動きやすそうだし、この後も困らなそうだ」
クソッ。つい彼女の目を気にして怖気づいてしまった。
いやでも、子供の前で下手に気にしてる様子を見せるのはマズイだろ。だから、俺のこの反応は間違ってないはずだ。そういうことにしておこう。じゃないとちょっと悔しすぎる。
「貴方、なんか私に対してだけ褒めるの下手よね」
「うっ……悪かったな……」
「まぁいいわ。それより、もしかしてなんだけど……“あい”?」
「……───?」
サラに話しかけられ、“あい”は哀しそうな顔でサラを見上げる。
まるで───この後される質問をわかっているかのような、そんな表情で。
「貴方、アレと知り合いでしょ?」
「……え?」
「………………」
藍鼠色の少女は目を逸らすようにして俯く。それはつまり証明だ。この沈黙は否定ではなく、明らかに肯定を意味するもの。
「……はぁ。知り合いって言っても色々あるが、具体的には?」
「ん〜加害者と被害者。親と子、兄または姉と妹。そこらへんだろ、大方。
彩化物にしたのもアレなんだろ? “あい”のことを」
「そうなの、“あい”?」
「……─_」
サラに聞かれて、深呼吸してから“あい”が頷く。
ヤツが“あい”を彩化物に変えた犯人なら、つまりは加害者と被害者の関係になる。だがしかし、反応から察するにただそれだけの関係性じゃなさそうだ。
“あい”の表情や言葉(と言っても実際に聞こえたわけじゃないが)からは、怒りや嫌悪のような感情は感じられない。先ほどから何度も感じてはいたが、やはりその反応は悲哀や困惑のように見える。
「……佐季。原因じゃないぞ、彼女は。逆だ、順番は」
「そんぐらいわかってるよ。それについては学校で話したろ」
「だな。矛盾するからな、彼女が狙いなら。
ただ……そうとも言い切れないかなと思ってる。完全にはな」
「そうなのか? ……どうしてだ」
「アレを見ての所感もあってな、
「所感?」
「あぁ、なんというか───っ!」
───視界が、白く染まる。
不意打ちだ。サラも反応できていない。
この視界に広がる“白銀”が巨大な冷気の塊であると気付いたのは、確かに迫る死を認識した直後だった。
ただ一人反応できた影狼が、近くの服を投げつけ突撃する。
そのまま投げつけた服を盾にしてヤツへ近付き、次の瞬間、冷気は止まり鮮血が飛び散った。
「───影狼!」
「問題ないッ! それより一体どこから、コイツ───」
「……───やばっ、これまずいかも」
ヤツの右腕は右側にへし折れている。ヤツが冷気を右腕から発していたのを即座に見抜き、的確に狙ったのだろう。さすがは俺の相棒だ。
いくら
肉体を意図的に分割すればたとえ腕と胴が離れていようと操作可能らしいが、重要なのは肉体が傷つけられたということ。そこに傷がある限り、肉体の操作は不可能ないし困難となる。
だから彼らは傷を治す。傷自体が生命の維持に直結しないはずの彼らが、わざわざ体力を使ってまで傷を治療/修復するのは肉体を動かすためだ。
つまり、肉体が傷ついた状態さえ作れれば、一時的とはいえ動きを止められる。肉体の動作を起点とした能力が相手なら尚更だ。
なお、これは対彩化物との戦闘では基礎とされるらしい。俺が名目上とはいえサラの組織に所属することになって三番目にぐらいに教えられたことだ。
そんな基礎で教えられるぐらいには当たり前の法則。そして、ヤツの右腕は治療/修復される気配もなく、まだ折れた状態のままだ。
つまりヤツは右腕を動かせず、故に腕の動きを起点とする能力も使用できない。
……それなのに、ヤツは……ヤツの指は正確に、サラと俺を指さした。
───嫌な予感がする。
ほぼ同時にヤツから、妬むような、嫉妬するような目線を向けられた気がして、
「公平ではなく、平等に」
───俺の心は、半分に奪われた。
鮮緋の絵画 どこんじょう @dokonjou
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