公平ではなく平等に-3.5

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


“色、収束、黒、”


“混合、極点、零、”


“彷徨い、[一人称]、何処いずこ。”



“消滅、“ねがい”、溶ける、”


“星、希望、導き。”



“あゝ、どうして[一人称]は星を視た。”


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「───こう、なんで苦手なタイプが三連続で続くかな……」


 濁った水晶のように赤白くなったサラが、少女を片手でかかえながら膝をつく。

 額には切り傷が、腕には凍傷が、脚には火傷が。一目見るだけでも大量の様々な傷が全身に刻まれている。


「──………─?」

「大丈夫。大丈夫だから、じっとしてなさい」


 抱えられている少女は震えた体で虚空を見つめている。それは怯えているというより、どうも───と、そんなことを考える暇もなく、サラの顔を氷弾が掠めていく。


「───っぶない」

“どこにいおまえはじゃいらなぜんぶこわれムカつはらだたしいかおしてわたしはまだどこからみばくはつしちゃのじかんでぜったいにころしちがそんなつもまだまつぶしてやクソやろうがおぼやるきにみちあふギラギラしいやだこなどうしてきのまよいだったんでうだうだうるっせぇなおになにがわかんだにくいにくいにくいだいっきらいだよおまえなんなぐって”

「───っ、うるさい声が……」


 サラの脳内にぐちゃぐちゃの音声が流し込まれる。というより、ソレと出会う直前から、幾千もの人の声が常に脳内で鳴り響いている。

 ただ、何故か最初は気づかなかった。根源的で不思議なこそ感じはしたが、それ以上は何もなかった。明らかに聞こえていたのに、攻撃されるまでは普段通りの思考しかできなかった。

 ソレの姿も見えていたはずなのに、明らかに異常な匂いがしていたのに、気付けなかった。自分の知覚機能からだがおかしくなったのかと思ったが、少女も似た様子だったあたりどうやらおかしいのはソレの方らしい。


 というか、そうだ。何もかもがおかしい。まず一つ目に、この声だ。

 さっきまで認識できなかったことは置いておくとして、今これが聞こえている理由ワケはおそらく『共鳴』だろう。

 緋色に近い色───赤色や橙色など───と対面したことで、サラに相手の心の声が聞こえているわけだ。

 それなら、こんなに多くの声が聞こえているのはおかしい。それにこちらから見える相手の色は灰色だ。おそらく、聞こえてない共鳴していないだけの声もあるだろう。


 そして二つ目。場所と時間だ。

 現在の時間、午後2時49分。どう考えても彩化物が現れるにはあまりにも早すぎる。彩化物が白より生じた存在である以上、白を象徴とする“太陽”の前では色褪せて消えてしまうのが必然。

───たしかに、建物の中など太陽光の当たらない場所……つまるところ、であれば日中でも活動は可能だ。

 だが此処は日陰ではない。サラは早々にショッピングモールを飛び出したが、ソレは建物を出ても構わず世界いろを行使する。


 まだまだおかしい点は多い。

 ソレの姿立ち振る舞いは大人びた青年なのに、何故かうら若き乙女や紳士然とした老人、妖艶な美女や筋骨隆々とした大男のようにも感じてしまう。

 こんなにも声が聞こえるのに景色は変わらず、彩蝕世界は展開されていない。

 彩蝕世界が展開されてないのに、理法や魔法を無視した独自法則ルール違反を使用している。


……これでもほんの一部だ。これ以上はそれこそキリがない。

 今上げた点のどれも、既存の常識から大きく外れている。頭の中は既に疑問で埋め尽くされている。

 だが、何よりもおかしいのは───




「───なんで貴方が緋色ソレを使っているんですか」

「…………──────『アンフォルメル』


 ソレは答える代わりに、緋色の爆発を繰り出した。

 いつもより薄い壁を生み出して、サラは攻撃を受け止める。


……ソレの発した言葉を聞いた時ぐらいからだろうか。体がどうしようもなく重たくなった。いや、体だけではなく思考もだ。

 まるで、心の半分が持っていかれたような感覚。それが感覚ではなく事実だというのは、ソレから聞こえる声に自分のよく知る声が混ざっていることで理解できた。




───


 それはつまり、自我や心の色を奪われたということだ。

 ならば体や思考が重たいのも道理。エネルギーになるはずのものが半分無くなったのだから、純粋に出力不足というわけだ。

 同じ理由で、彼女の能力チカラも普段の半分程度しか使えない。代わりに、残り半分はソレが使用している。

 それに、彼女自身は気付いていないが髪や服の色も抜けていた。濁った水晶のような白色はいろを奪われたことの証明だ。


(奪われた心はちゃんと戻ってくるのかな……いや、今はそんなこと考えても仕方がない。そんなことより、あれの原理は……)


 重たくなった思考をフル回転させ、必死にソレの能力を考察する。

 しかし、絶えず聞こえる煩い声に意識を散らされつつ、少女を抱えて、一般市民を守りながら戦うのは至難の技だ。

 実際、既に彼女の体はボロボロである。もうそろそろ彩蝕世界の展開が可能になる程に傷を負ってはいるが、半分になった心で正しく展開できるかはわからない。


 少しずつではあるが、着実に追い込まれている。このままじゃどうやっても勝ち目はない。そもそも、自分より遥かに黒に近い灰色を相手にしているのが間違いだ。

 いっそのこと、さっさと諦めて殺されてしまった方が楽かもしれない。


 けれど……彼女は思考を止めない。

 自分の色が薄れていても問題ない。

 相手が灰色だろうと、灰色がどんなに黒に近かろうと、諦めない。


 。何故なら───











「『』」


───正真正銘の黒は、灰色なんかよりずっと強いのだから。

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