公平ではなく平等に-3

 翌日、昼過ぎ。

 今日も昼休みからやってきた影狼と駄弁りながら昼食を食べる。

 サラは今朝、「この子の服、流石にボロボロすぎるからショッピングに言ってくるわ!」と言い残して“あい”と出かけていった。久方ぶりの平穏な日常だ。


「そういや、今日はつぼみ来なかったな。本当に大丈夫なのか?」

「ん〜身体はな、少なくとも。俺もわからん、内面の方は。

 でもないんだろ、記憶。大丈夫だと思うぞ、それなら」

「そうか。それなら今日は特に用事なしか?」

「ん、そうだな。終わったし、当分の仕事も。

 遊ぶか、久々に。ゲームしようぜ、お前の家で」

「残念ながら俺の方は仕事があるんでな。でも数時間あれば終わる内容だし、別にいいよ。

 というかお前、昨日サラと“あい”が遊んでるの見てやりたくなっただけだろ」

「そうだが?」

 特に意味のない雑談。平和な証だ。

 一度死地を経験すると、なんて事のない毎日がとても愛おしくなる。ただ平和であるだけで有難い。


……が、残念ながら平和ボケはしてられない。一晩休んで頭痛も回復した今、改めて事件のことを振り返る必要がある。

「うし、そろそろ本題に入るか。

 『霧の殺人鬼事件』───考察編だ」



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「───よし。着いたわね」


 大きなショッピングモールの前で、緋色の女がバイクを停める。

 彼女はバイクから降り、時計を確認する。普段より時間がかかっているのは少女に合わせて速度を落としたからだ。

 藍鼠色あいねずいろの髪をした少女が降りて一刻後、そのバイクは影に沈んだ。


「!? ───! ─_──!?」

「あぁこれ? 貴方も少し特訓すればできると思うわ。

 帰ったら練習してみましょうか」

「─_─!」


 藍鼠色あいねずいろの少女、“あい”は嬉しそうにコクコクと頷く。

 自動ドアをサラと共にくぐり、明るいモール内に目を輝かせて、そしてすぐに走り出した。


「“停止ストップ”」

「───_!」


 首枷チョーカーが一瞬空中に“停止”して、「ぐぇっ」と言いながら(周りには聞こえていないが)少女は尻餅をつく。


「こーら。いきなり走り出したら危ないでしょ?

 これからはちゃんと私と手を繋ぐこと。いい?」

「──────、─_」


 突然のことに目を白黒させてほうける少女だったが、サラが差し伸べた手を掴むと、少し申し訳なさそうに頷いた。




「さて、まずは服を買いに行きましょう。ずっとその服ってのも、ね。あれだから」

「……?」


 少女は首を傾げているが、サラにとっては真剣な問題だ。

 少女の服は綺麗な緋色。その色からわかる通り、サラの能力テンペラで作ったモノだ。一緒にいる時ならまだしも、今後少女とサラが遠くまで離れた際、能力の有効範囲の問題で服が消滅する可能性がある。そうなれば、かなり悲惨だ。

 それに(可能性は限りなく低いものの)、サラが死んだ場合にも同様の現象が発生する。故にこそ、服を買うことが大事だと考えた。


───とはいえ、だ。自身の服すら緋色のうりょく製の彼女は、500年余りの人生で一度も服を買ったことがない。

 仮に生前買ってたとて、数百年も前の話だ。参考にはならないだろう。一般的な服の相場がいくらなのかもわからない。




“───まぁでも、適当に試着して気に入ったのを買えばいいでしょ。”




 そんな考えで、サラは歩き出す。

───なお、店ごとに取り扱っている服の種類が変わることを知るのはこれから約3時間後のことである。



♢♦︎♢



「───?」

「うん。それはちょっと大きすぎるわね」


「──_!」

「ん〜派手す……いや、私のが派手か。いいんじゃない?」


「___」

「っあ可愛い!それも買っちゃいましょうか!」


「……_!」

「そんな服どこから見つけてきたの……?」


 様々な服を試着し、買うものと買わないものに分けていく。

 カラフルなセーター、フリル付きTシャツ、藍色パーカー、七色エジプト壁画柄ジャケットなど、少女の見つけた服を積極的に“買うもの”ケースに入れていった。

 幸い、お金なら困るほど余っている。それにこういう時でもなければ使わないのだし、気にする必要はない。


───それよりも、サラにとっては少女の行動の方が気になった。


 欲しい物の主張に躊躇がない、ということは抑圧された環境ではなかったのだろう。とはいえ服の着用に関する知識は中途半端で、間違った知識も多い。誰かに教えられて覚えたというより、経験から学んだような形だ。

 あらゆる点が歪。彼女の境遇に関して行動から逆算するつもりだったが、結局はわからないことの方が多かった。むしろ彩化物になった原因など、謎は増えたと言っていいだろう。


 ただ、新たにわかったこともある。どうやら彼女の精神構造はらしい。

 少し前まで警戒していた相手に簡単に気を許すなど、“自身の中で主軸となる思考モノに関係がない場合は無頓着になる”というのはすごく彩化物的だ。だが同時に、様々なモノに興味を持つというのはあまり彩化物的ではない。サラも好奇心旺盛だが、それは彼女の元の色が関わっているからであり少々事情が異なる。


 と、そうは言ったものの現状、単に少女がそういう性格なだけという可能性も残っている。故にある程度の予測を立てつつも、断定はしない方向でサラは考えていた。




「……よし。これだけあれば服は十分でしょ。

 それじゃさっさと買っちゃって、ご飯でも食べに行きましょうか」

「───!!! ──_!」

「ほーら勝手に行かない。さっき危ないって言ったばかりでしょ」

「…………__」

「少し待ってなさい。今買ってきちゃうから」


 普通なら両手に抱えきれない程の服をなんなく持ち上げ、サラはレジへ向かう。

 買った服を影の中にしまい、店員の記憶を消して、サラは少女と一緒にフードコートへ向かった。



♦♦♦♦♦



「───よし、それじゃ考察の前に。まずは既存情報の整理だ」

 そう言って、俺はスマホの共有メモを開く。

 スマホの画面では少々見づらいが仕方がない。俺はただの人間なので、サラのように無からホワイトボードを出現させることはできない。


「こういうのはお前のが得意だろ。できるか?」

「ん。こひへする、今。……思ってたからな、必要になるって」

「助かる」

 口の中のハンバーガーを飲み込んでから、影狼がコピペしてくれた。

……いつもハンバーガーだな、こいつ。


「うぃ、完了」

「ありがと。ん~っと、それで……今わかってるのが

1,血痕の正体は彩化物

2,行方不明者と血痕の数は一致する

3,濃霧の直後に血痕が発見されている

4,濃霧の直前に行方不明者が出ている

5,“あい”は彩化物を殺していた

6,“あい”は人間を殺していない

7,濃霧は“あい”から発生していた

8,“あい”は文字通りの孤児。血縁や身寄りのある人物が一切いない

───なるほど……まて、最後の8は知らんぞ」

「調べた、今日。特徴を聞いて、住んでた街の。行って、聞き込みだ。

 確かにいた、覚えてる人は、彼女のこと。ただいなかったんだよ、知ってる人。家族のこととか、家のこと。名前もだ、なんなら」

「さっすが影狼……ただそうなると、余計に彼女の出自が気になるな。

 半分人間で半分吸血鬼、明らかに普通じゃないだろ。サラも不思議がってたことから考えるにおそらく前例もないのだろうし……」

「孤児だぜ、普通の。多分だけどな。

 赫くなかったみたいだし、聞き込みした感じ、彼女の眼は」

「じゃあ元々は普通の女の子だったわけか。そうなると、今度は逆に彩化物になった経緯が気になるが……それは既存の情報からじゃわからなそうだ。一旦保留するとしよう」

 どうせ考えてもわからないことだ。それにうだうだ時間を使うぐらいなら、わかりそうな情報について使った方が有意義だろう。


「それじゃ、まずは1と2。まだ確定じゃないとはいえ、行方不明者は彩化物になったって考えてよさそうだな。

 たしか、行方不明者以外の死亡した人物の死因は全部わかってるんだっけか?」

「そうだな。喧嘩による殺人1件、交通事故1件、工事中の事故2件。全部無関係だ、彩化物とはな」

「おーけー。なら次だ。

 3と4……これは昨日お前が言ってた内容だな。書いてある通りだから一旦いいとしよう。

 それじゃ次の5と6……あぁなるほど、5だけなら彩化物と一緒に人間も殺している可能性があるが、行方不明者以外は全員死因が判明してるんだもんな。なら6も確定情報として扱ってよさそうだ」

「可能性はある、彩化物に変えた、彼女が行方不明者を、ってのが一応な。

 ただ───」

「4と7、だろ? ───『濃霧の直前に行方不明者が出てる』と『濃霧は“あい”から発生していた』ってやつ。

 この二つを合わせて考えれば、あの子が関係している可能性は低い。順番がおかしくなるからな」

「そう。むしろ後処理だな、考えるに、順番から」

「後処理、後処理ねぇ……」


 まぁ、そうだよな。一番引っかかるのがそこだ。

 濃霧の順序としては、“あい”が彩化物を発生させている可能性は低い。それよりも影狼の言う通り、既に発生してしまった彩化物を後処理する形で彼女が動いていると考えた方が自然だ。

 ただそうなると───


「…………厄介、だな」

「同感。嫌な予感がするな、数時間後ぐらいに、そうなると」

「はぁ〜……やっぱそうか……」

 予想はしてた。だが、最悪な答えだ。

 今夜にもう一悶着ありそうなら、あらかじめサラに伝えておくか……。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「……んむ?」


 サラがうどんを食べる手を止め、携帯を開く。

 横では“あい”がお箸の代わりにフォークを使って、星空のように輝いた目でうどんを食べている。


「……なるほどね。警戒しておきましょうか」

「___?」

「ううん、なんでもないわよ。

 それより、うどん美味しい?」

「──?」

「そうそれ。美味しい?」

「─_!」

「そ、ならよかった」


 優しい顔で、少女のこぼしたスープをタオルで拭う。

 少女の食べ方に関しては、これまで孤児だった身だ。仕方ないと割り切って、まずは行儀より心を開いてもらう方を優先している。……もっとも、すでに開いていると言って良さそうだが。



♢♦︎♢



「……さぁて、うどんも食べ終わったことだし。今度はショッピングして回りましょうか!」

「…………」

「ん? どうしたの?」

「……、───。───!」

「あぁ、あそこが気になるのね?

 今度は勝手に走らなかった、えらいわよ!」


 サラに褒められ、少女は誇らしげに胸を張る。

 ついさっき感じた違和感のことなど忘れ、サラと一緒にワクワク気分でショッピングを楽しむのだった。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「……よし。それじゃ、俺たちはどうする?」

「早退だな。間に合わんし、遠いから。良さそうだ、急いだ方が」

「はぁ……あんま学校は休みたくなかったんだけどな。しょうがないか。

 それなら、早く先生に伝えに行かないとな」

「うぃ」

 たしか、今日は宗一郎先生がいたはずだ。あの人なら「家の用事」と言うだけで伝わるはずだし、説明の手間が省ける。


「あとはまぁ……葉美に挨拶だけしてからだな。

 勝手にいなくなったら心配するだろうし」

「オーケー。俺がいくよ、先生のとこは。頼んだ、葉美は」

「いや、先生のとこには俺が行くよ。せっかく来たんだし、葉美と話してこい」

「そうか? たしかに、良いかもな、お前のが。普段しないし、早退」

「おう。じゃ、早速行って来るよ。

 終わったら俺も葉美のとこ行くから、それで合流しよう」

「ん。りょうかい」

 屋上から出て、そのまま影狼と別れる。

 半ば無理やりだったが、ただでさえカゲは学校に来ないんだ。なるだけ葉美とは会話の機会を作ってあげたい。

───にしてもやっぱり少し、お節介が過ぎたか? ……いや、これぐらいなら別にバチは当たらないだろう。少しだけ考えて、俺は職員室へ向かった。

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