共通ルートはまだ続く

 久しぶりに愁は登校した。以前と同じように詩音たち3人と一緒だ。

 半信半疑で校門を通り抜けて敷地内に足を踏み入れると、周りの生徒たちは愁に特段注目する気配もなく、昇降口へ向かって歩いていく。

 辺りを注意深く見渡してみるが、冷たい視線も心無い陰口も全くない。少しの間だけ別の世界線に迷い込んでいたかのようだ。

「……本当に元通りになったんだね。一体どうやったんだろう」

 灯は生徒昇降口へ向かって歩いて行く生徒たちを眺めながら、困惑したように言う。

「俺にも分からん」

 本当に魔法を使ったのか、それこそ集団催眠にかかっていたかのようだ。

「まあでも、また4人でこうしていられるようになってよかったですね。先輩」

「それもそうだな。……そうだ」

 大事なことを忘れていたことを思い出し、愁は立ち止まった。

「どうしたんですか?」

 千沙の問いかけには答えず、一歩大きく踏み出して振り返り、3人を順番に見ていく。

「みんなありがとな。俺がこうしていられるのはその……3人のおかげだ」

 3人に向かって恥ずかし隠しの笑みを浮かべる。

 面と向かって例を言うのはやはり恥ずかしいが、またこうして学校へ通えるようになったのは他ならぬ3人のおかげだ。改めて感謝の意を伝えるのが人間として当然のことだろう。

「やっぱり千沙が『そのままソファの上でだらしなく寝てろ』って言ってくれたおかげかな?」

 詩音が皮肉交じりの口調で言いながら千沙を見ると、

「いやいや、灯のおかげですよ」

 千沙は流し目で灯に視線を送り、全員の視線が灯に集中する。

「そうか。灯のおかげか。ありがとな」

「いえ、当然のこと……なので」

 最後まで来てしまい、『おかげ』を押し付ける相手のいない灯は、おさげを指先でいじりながら照れくさそうに視線を落とした。

「そっか、灯のおかげなんだ。流石私の妹……うん、決めた」

「何を決めたんだ?」

 決意を固めたように頷く詩音に尋ねると、詩音は衝撃的な一言を言い放った。

「愁。別れよう」

「は!? どうしてそうなるんだよ!」

 この話の流れでなぜそうなるのかさっぱり分からなかった。

「詩音先輩、どういうことですか?」

「納得できる理由を説明して」

 千沙も灯も明らかに困惑している。

「今回の件はきっと私だけじゃ何もできなくて、千沙と灯がいたおかげでしょ。だから一度千沙や灯にもチャンスをあげないと不公平かなって」

 冗談かと思ったものの、詩音の表情は真剣そのもので、到底冗談を言っているようには思えない。

「詩音先輩……本気で言ってます?」

「うん。本気だよ」

「ええ……」

 即答する詩音に、困惑の色を強める千沙。

「まあ、3人に平等にチャンスがあったとしても、結局勝つのは私だけど」

 2人を挑発するように、顔を傾けて詩音は笑った。しかし詩音のような美少女がやると嫌味に見えるどころか、逆に絵になる。

「へえ、面白いことをおっしゃいますね。言っておきますが、今までの私は全力からは程遠いですよ?」

「私だって、負けない」

 千沙は引きつった笑みを浮かべ、灯は拳を握り、自分に言い聞かせるようにつぶやく。少なくとも、2人を奮起させる効果はあったようだ。

「いや、ちょっと待てって」

 しかし本人不在で勝手に勝負を始められても困る。たまらずツッコミを入れようとすると、

「――じゃあ、私も加わっていいかな?」

 4人から2メートルほど離れたところに芽依が立っていた。

「会長……? どういうことですか」

 愁には芽衣が何を言っているのか理解できなかった。

 つい先日人を好きになったことがないと聞かされたばかりだし、最後は泣かせてしまっている。少なくとも何かの間違いがあったとしても惚れられる流れではない。

「私、この前愁くんに怒られたとき……なんていうか、ときめいちゃったんだよね。その、私、自分を怒ってくれる人が好き……みたい」

 両手の指先を合わせて落ち着かない様子で動かし、照れくさそうに上目遣いで見てくる芽依は、間違いなく恋する乙女だった。

「ええええええええええ!?」

 今度は4人揃って大声を上げる。

「いやいや、会長……」

 無意識のうちに芽依に向かって力の入ってない手を伸ばすと、芽依はその腕を掴んだ。

「別に3人しか『愁くん』争奪戦に参加しちゃだめな決まりはないよね? それじゃ、一緒に昇降口まで行こっか」

「え、ちょっと、会長!」

「会長じゃなくて、『芽依』って呼んでほしいかな?」

 芽依に腕を引かれ、2人は歩き始めた。

 残された3人は呆然とした表情で2人が歩いて行くのを眺めていたものの、すぐに駆け足で追いつくと、詩音は右手、千沙は左腕、灯は脇腹を掴んだ。

 流石に女の子4人にしがみつかれている状態では視線を集めてしまい、近くにいた生徒たちも困惑した表情で見てくる。生徒会長である芽依もいるのだからなおさらだろう。

 4人の女の子にしがみつかれながら、愁は考えていた。

 詩音公認となった以上、他の3人は気兼ねすることなくアプローチをかけてくるだろう。

 もちろん好きな女の子は詩音ただ1人で、他の子の気持ちには応えられないし、応える気もない。

 とはいえ、詩音以外の芽依を加えた3人の本気の攻勢に一切心が動きません! と言い切れる鋼の心はあいにく持ち合わせていない。芽依は一旦置いておくとしても、千沙も灯も魅力的な女の子なのだから。

 頭を抱えたい気分だった。しかし両腕とも今は塞がってしまっている。

「どうすりゃいいんだ……」

 呑気に雲が流れていく空を眺めながら、ぼやくしかなかった。


 そんな5人を遠目から眺めながら、なにやらブツブツとつぶやいていた男がいた。司だ。

「……よもやハーレムルートに突入するとはな。ここまでが共通ルート、いや、まだ共通ルートの途中だったりするのか? まさか……な」

(終わり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

共通ルートはまだ続く アン・マルベルージュ @an_amavel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ