9・逆風を掴め 肆 戦国帆船考察 其之二 帆柱と帆桁、そして帆

 さて、船を作るにあたって考えるべき点は大きく分けて二つ。一つは帆、もう一つは船体だ。

 だが、セイルについて語る前に帆柱マストについて確認しておくべきだろう。

 それはマストは船体に固定されているものではないと言う点。いや、固定しないと倒れてしまうので固定はされているのだが、一般的に帆船のマストは根本で船体にガッチリと固定されていると思われているのではないかと言う点だ。

 実際には船底にマスト台と言うマストを立てる為の平らな台があり、マストはその上にただ乗っているだけなのである。これはマストを立てたり倒したりして運用する帆漕併用の船に限らず、全帆走船でも同様だ。


 では、どうやって固定しているかと言うと、マストの上から支索ステイと呼ばれるロープを船体各所へ前後左右にピンと張って支えているのである。

 西洋帆船を例に取れば、前方に張る前支索フォアステイ、後方に張る後支索バックステイ(装備する帆の形に因っては無い場合も有る)、そして左右に張る横支索サイドステイ(シュラウド)だ。

 この内一番イメージし易いのは、最後のサイドステイだと思う。ネズミの会社の海賊映画やら海賊王になりたい漫画なんかで、マストの横にある縄梯子みたいな部分から水夫がワラワラと上へ登って行く光景が思い浮かぶだろうか。

 あの縄梯子みたいな部分の縦のロープがサイドステイである。大型の船では複数のサイドステイが張られ、その間にマストへ昇り降りする為の足場用として横向きのロープを張っている訳だ(この足場のロープが張られたサイドステイをシュラウドと呼ぶ。)。

 つまり、サイドステイの梯子としての機能は二次的な副産物であって、根本的な役割はマストを横から支える事にあると言う事だ。


※資料 帆船概説①:マストとステイ

 https://kakuyomu.jp/users/24zm/news/16818093088588641902


 因みに何でそんな事になっているかと言えばマストは案外簡単に折れるからだと思う。急な突風や強風下での帆走等で、現代の金属製やカーボンファイバー製のマストを使っている船でも折れるのだから木製マストでは言うに及ばずだ。 

 そもそも、何故折れるのかと言えば風の力を受けたマストが曲がって折れるのだ。上部をステイで支えた場合はその曲がりに対してロープが抵抗するので、曲がる事自体を抑制する事が出来る。勿論、ロープが耐えられる力まではだが。

 では、下部を固定し、上部もステイで支持すれば良いかと言うと、これがそうとも言えない。ステイが支えきれなくなった時に、マスト下部が船底に固定されていると、その場所に過大な負荷が掛かり最悪船底に穴が開く事も考えられる。

 更に、下部が固定されていなければ風が想定外に強くなった場合にはマストを外す事も容易になるし、折れた場合も交換が容易になる。何せ揺れる海上で作業するのだ、楽な方が良いに決まっている。


 次に、船体に垂直方向に取り付けられる帆柱マストに対して、水平方向へマストに取り付けられるのが帆桁ヤード(帆の上を支える場合はヤード、下を支える場合はブームと呼ばれる。)だ。

 セイルが直接取り付けられる部分で、このヤードの向きを変えることでセイルの向きも変え、風を掴んで船が進むのだ。


 さて、何故長々とマストの構造について説明したかと言えば、このヤードの向きを変える点に関係するからだ。マストにヤードを取り付け、その角度を変えて行くと、ヤード、セイル、またはそれを操作固定する為の多くのロープ類の何れかが何処かで支索ステイ(特にサイドステイ)に干渉する事になる。

 つまり、帆桁を、ひいては帆を向けられる角度には制限があると言う事を理解しておく必要があるからなのだ。


※資料 帆船概説②:横帆と縦帆 【横帆船と縦帆船】

 https://kakuyomu.jp/users/24zm/news/16818093088599097793


 さて、これで漸く第一の問題、セイルについて考える事が出来る。

 まず帆船がどの様にして推進力を得ているかと言う点であるが、一般的には帆を風で押して貰って前へ進むとイメージしている人が多いのではないだろうか。

 それが全く無いとは言わないが、それだと真後ろからの追い風でないと前へ進めない事になってしまう。横風を受けて横に進んで貰っては困るのだ。


 ではどの様に推進力を得ているかと言えば、飛行機が空に浮かぶのと同じで、風によって揚力を得て進んでいるのである。

 飛行機が翼で上向きの揚力を得るのと同様に、帆で前向きの揚力を得るのだ(因みに揚力が発生すると自動的に抗力と言う力も発生するらしいのだが、これについては話が複雑になり過ぎるので割愛する。)。


 これについて細かな説明を始めると切りがない無いし、正直流体力学の細かな所まで説明出来る知識も無いので詳細は避けるが、簡単に言うと帆の前後に気圧差を生じさせる。

 こうなると気圧の高い方から低い方へ空気が流れようとするのだが、その間にセイルが有る為に、セイルが気圧の低い方、つまり前方へ吸い寄せられる状況になるのだ。結果、船が前へ進むのだのだ。


 真後ろから風を受ける場合が一番想像し易いと思う。

 真後ろから風を受ける場合は帆を真横の向きに張る。そうすると風は帆に進路を阻まれるるが、次々と後ろから吹き寄せる風がどんどん吹き寄せるので、その場で空気が圧縮されて行く。

 これに因って、帆の前方の気圧は変わらないが、帆の後方の気圧は前方に比して相対的に高くなり、帆が、延いては船が前へ引き寄せられる事になる。


 問題はこれ以外の方向から風を受ける場合だ。

 真横から風を受けるのに真後ろからの風でした様にセイルを真横へ向けたとすると、吸い寄せる力も真横に向いて発生する。これでは船は横へ進むばかりで全く意味が無い。

 その為、セイルの風上側の縁を前へ出して斜めに風を受けるのだ。


 こうするとセイルはセイルの後方に風を受けるが、受けた風はセイルの後面に沿って流れ、セイルは丸みを帯びる。一方で当然セイルの前方にも空気が流れる。

 すると、セイルの膨らみに沿って流れる空気は、セイルの前後を流れる距離に違いが出る。前方の空気の方が長い距離を流れる事になるのだ。

 これに因り、前後の空気の速度差、密度差が生まれ、船は前へ吸い寄せられる事になる。


※資料 帆船概説③:揚力と抵抗と進路

 https://kakuyomu.jp/users/24zm/news/16818093088604559666


 これはレーシングカーのウィングの形状と効果と全く同じと考えて貰えれば良い。あちらは下向きの揚力(ダウンフォース)を得る為、帆は前向きの揚力を得る為の違いだけだ。


 因みに、セイルの角度は概ね風の角度の半分が良いとされる。

 船の舳先を0°とした場合は真後ろからの風なら風の角度は180°、それに対してセイルは真横、つまり90°の向きにする。

 真横からの風なら風の角度は90°だから、セイルの角度は半分の45°だ。

 前方45°からの風に対してはセイルの向きは22.5°の角度となり、現代でもこれ位の角度がセイルで風上に進める限界とされている。

 これ以上風上に向けるとベクトルの向きが横に向きすぎて、分解した前方への揚力が小さくなり過ぎてしまう。結果、船体の前方に受ける水の抵抗に揚力が相殺されて横へ流されるだけになってしまうからだ。


※※※


瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集

https://kakuyomu.jp/works/16818093085974751276

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