ChatGPTとおっぱいの謎

えりちん

ChatGPTとおっぱいの謎

 私の名前は飯田陽菜、高校2年生。女の子ばっかりのほうが気楽なので私立の女子高に通っている。

 小中までは公立だったけど小学校はクラスの半分以上が中学受験で受験する子たちは学校の先生をバカにしてて教室の雰囲気は最悪ですごく荒れていた。いわゆる学級崩壊? 中学に上がると荒れていた子たちはいなくなったけど、雰囲気は引きずっていて良くなかった。新型コロナの影響で修学旅行もなかったし。最低。

 だから、港区の私立の女子校を受験した。入ってみたら中学時代の灰色の学校生活は何だったの?もう!って思うくらい楽しい。学校ではいちおう、朝から日直さんが全員のスマホを預かってロッカーにしまうんだけど、みんな授業でつかうiPadを持っているので、授業中にAirDropで落書きを回したり、休み時間に仲良しのトモちゃんとYouTubeで流行のk-popを流しながらダンスしたり、控えめに言って最高!


 まあ、そんなことはどうでもいい。今は自分の部屋で家庭教師の真緒先生に英語を教わっている。真緒先生は家の近くの理系の大学の情報系の専攻だそうだ。2年前から教わっていて、今は大学3年生らしい。その大学は数学が得意な人ばっかりなんだけど、真緒先生は数学だけでなく英語も得意なのがちょっぴり自慢らしい。髪型はベリーショートで背が高くてかっこいい。マスクを外したところは見たことないけどきっとすごい美人だ。あと、先生はいつもパンツスタイルでスカート姿は一度も見たことがない。最初の頃には医学部の彼氏がいるって聞いたけど、なんだか別れたらしい。その後は聞いてないけど。

 ちなみに、私は英語にはちょっと自信あるけど数学は壊滅的。いいんだ、行きたい大学の受験科目に数学ないし。でも、学校の成績が最悪だと評点に響くので教えてもらってる。


「陽菜ちゃんはもうちょっと単語覚えれば、2級受かると思うから、頑張ってパス単の単語おぼえようか」


 と、真緒先生は私の模試の答案を見ながら言った。高校1年生のときに真緒先生に教えてもらってすぐに英検準2級に合格した。ので、今は2級に向けて勉強中。両親、主に母の真緒先生に対する信頼は絶大。


「はーい、がんばりまーす」


「じゃ、次の英作文やったら少し休憩しよっか」


 真緒先生が示した問題を読んで英文を考える私。ああ。こんなのDeepL使えばカンタンなのに。


「先生、DeepLってAIなの?」


 作文の添削を受けた後、休憩時間に真緒先生に聞いてみた。DeepLって英語から日本語、日本語から英語、よくわからない言語、スロバキア語とスロベニア語の違いなんてわかる? を、簡単に翻訳してくれるサイトだ。機械学習を使って、なんて聞いたことがある。機械学習ってAI?


「お、陽菜ちゃんいい質問だね」


 先生の目がきらりんと光った。あ、これ長くなるやつだ。そういえば真緒先生理系大学の情報専攻で専門分野だったのかも?


「そもそも、ChatGPTなんかが普通にAIと呼ばれているからAIって呼んでいいんじゃないかなあ? と私は思うよ」


「えー、ChatGPTってAIだよねえ?」


 ChatGPTって知ってる。今年に入って急にバズったやつだ。学校でもトモちゃんと一緒に遊んでみた。普通に聞くとまともな答えをしてくれるけど、ときどきちょっとズレてて面白いやつ。


「そもそも、どちらも機械学習という仕組みを利用しているんだ」


 と、真緒先生はスマホでGIFアニメみたいなのを表示した。英文がGPT-3って箱に入ると単語が下から出てくるやつ。この単語が入れた英文の次に来る単語らしい。画像を表示したまま話を続ける。


「信じられないくらいたくさんの文章を細切れにしてコンピュータに入力して、穴埋め問題を解かせる感じ? で、間違いが少なくなるように、これまた信じられないくらいたくさんのパラメータを調整していくわけ。この穴埋め問題を解く仕組みが動物の視神経の構造を参考にしてるからニューラル(神経)ネットとよばれるんだ」


 AIは穴埋め問題が得意と。何となくわかった。


「じゃあ、じゃあ、英語が日本語に翻訳できるのは?」


「穴埋め問題の応用で、もとの英語と正解の日本語の組み合わせを、死ぬほどたくさんコンピュータに入力して、学習させるわけ。単語単位の対比だけじゃなくて、文章を任意の一で区切ったときのそれぞれの意味も合わせてね。英語も日本語も一つの単語に接頭辞がついただけで文の意味が変わっちゃうことあるでしょ」


 あー、なんとなくわかるようなきがする。でもさ、ChatGPTは違うと思う。


「ChatGPTは質問したら答えてくれるよ? 穴埋め問題ってレベルじゃないよね」


 真緒先生はニヤリと笑った。


「結論から言うと、壮大な穴埋め問題なんだよね。基本的には、こういう文章であれば次にどういう文が来る確率が一番高いかって計算して回答しているわけ。だから、こういう問題にはどういう回答をすれば、と、考えているというより、こういう問題の回答としてどのような文章が来るのが最も確率が高いかと計算して出力するから、人間にはそれが答えに見えてるわけね」


 だんだんわからなくなってきたぞ?


「しかも、元の文章を丸のまま回答とするんじゃなくて、数百万とかそれ以上の細切れから出力を作るから、今までは存在していない文章になるんだけどね、これは画像生成AIとか見てるとイメージしやすいんだけど」


「AI絵師騒ぎのこと? 勝手学習反対とか炎上してたやつ。使ったことはないけど騒ぎになったのは知ってる」


「そうそう、それ。絵にしても文章にしても今のAIは学習データとして入力されたものに近いものを出力するというか、外れないこと、穴埋め問題の間違いを損失っていうんだけど、損失が少なくなる方向にみんな頑張ってるわけね。だから、限界は見えてるわけ」


 ふう、と真緒先生はため息を付いた。


「えー、だってそんな、みんなAIで仕事効率化がはかどるとか、仕事奪われるとか大騒ぎしてるのに」


 だってだって、AIがいろいろ考えてくれたら、配達とか接客業とか体動かす仕事しか残らなくない?


「回答として穴埋め問題の回答として確率が高いものを答えるって言ったけど、逆に言うと今のAIは新しいものを作れないんだ」


「どういうこと?」


 真緒先生はスマホでサイトを開いた。URLにopenaiとある。あ、ChatGPTの画面ってこんなだったっけ。背景が白で下に入力できる、何の変哲もないサイトだ。


『「いっぱい」の「い」を「お」に変えてください』


 と入力した。しばらく待つと、緑のアイコンが付いた回答が出てきた。


『「おっぱい」になります』


 え、先生やだ、えっち、小学生男子並、というか、これAIのほうがえっち? なんか恥ずかしくなってきた。


「わはは、ごめんごめん。うちのガッコ男子ばっかだからガサツで。で、これはね、ほんとうは『おっぱお』が正解なわけ。なんで回答がこうなったかというとAIは質問を理解しているわけではないんだ。質問を理解していたら文字の置き換えとかAIじゃなくてもコンピュータには簡単に解けるからね。つまり、『おっぱお』という言葉は一般に出てくる確率がとっても低いから、ふつうに出てくる確率の高い『おっぱい』が回答として出力されたわけ」


「へ、へぇー」


 あ、やだ、声が震える感じがする。学校で友達とふざけてて「おっぱい」とか言うの平気なのに、なんで。


「他にも、敬語で話すと回答の精度が上がる! とか新発見みたいに言ってる人いるけど、正確な回答を含む文章は丁寧な文体で書かれていることが多いから、自然にそうなっているわけ」


 少し落ち着いてきた。


「じゃあ、まねっこは得意だけどピカソみたいな新時代を開拓するようなものはつくれないって事?」


 真緒先生はニッコリと笑って答えた。


「その理解で正しいね。今AIはすごい騒ぎになってるけど、結局どこかで見たような文章しか作れないヤツだって皆がわかっちゃった段階が今回のAIブームの終わりかなあ。でもね、今回のブームでもいろいろな技術が蓄積されたから、ブームは終わっても役に立つ技術としては残っていくんだよね。で、次回のAIブームが来たら、もっとすごいものが出来るはずだよ」


 さて、と真緒先生は背伸びをした。


「休憩時間も過ぎたし、次回のAIブームに向けて数学の勉強をしようか」


 私の目の前は真っ暗になった。


完 

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