第1章 傭兵部隊(1)

 少女は目覚めると、小さく息を吐いた。体の節々が痛い。地面の上で寝たからだ。周りを見回すと、まだ皆は眠っていた。空気の冷たさから、せいぜい夜明け頃だろう。

 野営の天幕の中は雑魚寝で兵士が溢れていた。夜具をもらえれば良い方で、少女は両隣の二人と毛布を共有していた。

 「ん……シュカ……もう朝?」

 隣で寝ていたザリウェンがピンク色の三つ編みをうっとうしそうに払いながら、寝ぼけた声で言った。

「まだ夜明け前。まだ起きなくてもいい」

 シュカと呼ばれた少女だけが天幕のなかで、目覚めていた。小さく足の指を伸ばす。足の甲を伸ばしたり縮めたりして、足首のストレッチをする。

 ―――お城ではダンスの前に、怪我をしないようにする運動だった。

 シュカは4年前のことを思い出す。4年前の12歳のとき、シュカの暮らしていた城は焼け落ちた。シュカの両親―――ネアソ王国の国王夫妻は焼け落ちる城とともに行方不明だ。あの城から抜け出せたのはシュカと侍女ヒリだけで、ヒリも逃げた先で1年後に過労で亡くなった。シュカが13歳の時だった。ネアソ王国の王族に連なる人間のなかで生き残りは、シュカだけだった。

 ネアソ王国は小国ながらも、豊かな土地を持ち、山岳城という天然の要塞もあって、平和に治められている―――。シュカは少なくとも、あの日まではそう思っていたし、今でもそう思っている。ラバレヒ連邦がネアソ王国を支配下に置くために、城を攻めたのだ、と思っている。侍女ヒリが、病気でやせ細るなか、言い続けたのだ。

「シュカ様、シュカ王女様、どうか国王、王妃の無念を晴らしてください。憎いラバレヒ連邦を忘れないでくださいまし。ラバレヒ連邦は、ネアソ王国の富を狙っていたのです。ああ、高貴なネアソ王族の誉れをあんな風に奪って―――」

 シュカは、ヒリのやせ衰えた骨と皮ばかりの手が、自分の手首を砕けんばかりに掴んだ痛みを思い出した。今も痛いような気がして、眉をしかめる。

 もう眠れないな―――

 シュカはもう一度ため息を吐いて、周りの人間を起こさないように立ち上がった。

 寝ている皆は、女性の傭兵ばかりだ。強ければ、武器が使えれば、役立つスキルがあれば、なんでもいい。それがジェンイ傭兵部隊の特徴で、様々な能力を持つ女性の在籍が、二十はくだらない。シュカのような16歳くらいの女性もいれば、20代、30代、下は11歳まで、年齢層は広かった。

 

 「さむ」

 天幕をそっと開けて外に出ると、今まさに日が昇ろうとしているところだった。広大で荒涼とした大地のはるか彼方に連なる山並みが、今は岩肌を青く染めている。何も遮るものの無い風が強い。点々と天幕が張られている。見張りが交代で立っているが、だだっ広い荒野にはジェンイ傭兵部隊の天幕がかたまってあるだけだった。

 シュカは山の端が、一筋の金色の線に変わるのを見つめていた。

 神々しく荒涼とした美しさがそこにあった。

 緑豊かなネアソ王国から遠く遠い土地。

 ラバレヒ連邦へ入る国境地帯だった。

 シュカは、夜明けの雲が紫に染まるのを見つめて、立ち尽くしていた。

 

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王女だったけど12歳で国が滅んだので傭兵になりました。 暁 雪白 @yukishiro-akatsuki

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