第18話 お試し期間最終日

いよいよ今日は、坊っちゃんやミケと暮らすお試し期間の最終日だ。

ママさんは、緊張のせいか普段より1時間も早く目覚めた。が、坊っちゃんが太ももの上に寝そべっており、動くと起こしてしまいそうなのでそのまま考え事を始めた。

「坊を引き取れるかどうかは、最終的に判断を下すのは児童相談所だから回答を待つしかないけど、ミケさんは私達のこと、どう思ってるかしら。まだ2日間しか一緒に過ごしてないけど、ミケさんいい人(正しくは、いい猫)そうだしこんな訳アリ家族わざわざ選ばなくても、いくらでも働き口ありそうだしな…でも、ミケさんが家に来てくれないと、坊の受け入れ態勢もまた考え直さないといけないわよね…あぁ、今朝ミケさんに高級キャットフードでも出してご機嫌取らなきゃ!」

何でもお金やモノで解決しようとする所が、ママさんの悪い所だ。無論、本人は罪悪感の欠片もなく

「今時はタイパが最優先なのよ、タイパ!費用対効果を考えたらこの程度の支出は必要経費なのよ!」

と豪語しているのだが。


しばらくして、パパさんも目覚めた。いつも勝手に起き、朝食は取らずにシャワーを浴びて出社のついでにゴミも出してくれる。昼食も社員食堂で取るので弁当も必要ない。改めて手のかからない夫だと感じたママさんは、

「パパ、いつもありがとうね。」

と口からひとりでに言葉が出た。

「えっ!?朝からそんな事言って貰えるなんて、僕もう今日死んでも後悔しないよ…ていうか、パパって呼ばれるのママと恋人同士じゃなくなるみたいで最初は正直嫌だったんだけど、なんかこういうのもいいよね。坊っちゃんも捨て子の割には良い子だし。じゃあ、用意出来たら会社行ってくるね。ママに1秒でも早く会いたいからさっさと仕事片付けて帰ってくるね!」

コイツ、やっぱり救いようのないアホだわ…と内心毒づきつつも、無言でパパさんの方に笑顔を向けた。昨日のコロッケ事件も、パパさんには伝えていない。自分は5分も一人でまともに坊っちゃんの面倒を見れない癖に

「それってミケさんは何してたの?ていうか、そんな行儀悪い子を本当に引き取るの?」

等と騒ぎ立てるのが関の山だ。

確かに、これから先にもっと酷い「試し行動」をされる可能性は大いにある。だけど、坊を引き取りたいー


ママさんが、そんな事をぐるぐる考えていると、ミケが目覚めた。

「ママさん、おはようございます。」

「ミケさん、おはよう。じゃあ、私朝ご飯用意してくるから、坊が起きるまで添い寝しておいてくれる?」

「承知しました。」

坊っちゃんを起こさないように、そぉっとベッドを出てママさんはキッチンへ向かった。

ミケは、坊っちゃんの背中をトントンしつつ

「あ、お試し期間今日迄か…昼頃にはママさんに返事しなきゃ。」

と呟いた。正直、この家に派遣されると知った時はお手伝いペット派遣会社の社長を恨んだ。

いくら「無難なミケさん」で通っているとはいえ、こんな訳アリな家庭での業務(しかも住み込み)はレアケース過ぎる。

坊っちゃんに対しては、今の所「可愛い」という感情しかないが、心に傷を負っている分、どう扱って良いのか困る部分も正直ある。お手伝い学校で学んだことが、坊っちゃんに対しては不正解になることも多々あるかもしれない。

それに、パパさんやママさんだって、今は坊っちゃんを「お客さん」扱いしているはずだ(その割に、ママさんの怒鳴り声はなかなかの迫力だったが)。二人がいざ正式に坊っちゃんを引き取った時、今のような楽しい暮らしが続けられるのかも分からない。

辞めるなら、仲良くなり過ぎない今の内にした方が、坊っちゃんの為だ。でも、坊っちゃんが幸せになれるか見届けたい気もする。

猫の寿命上、坊っちゃんが大人になる迄は面倒見れないけど、坊っちゃんが自分で一通り身の回りの事が出来るようにしてあげれれば、周りの人とそれなりにやっていける程度の常識を教えてあげれれば、運の良い子だから何とか生きていけるんじゃないかー


ミケもママさん同様、色々考え事をしていたら、坊っちゃんが目を覚ました。

「ミケー、だっこー。」

「坊っちゃん、おはようございます。ギューしますね。その後、一緒におトイレ行きましょう。」

「ちっこー。」

トイレを済ませ、二人はキッチンへ向かう。

「あら、坊おトイレ行ったの!おりこうさん!」

「アイシュたべるー。」

「おりこうさんだけど、アイスはおやつの時間ね。」

「アイシュー!!」

坊っちゃんが泣き出した。朝から2歳児の泣き声はなかなか頭に響く。

「坊っちゃん、バナナがありますよ!うわぁ〜いいなぁ〜…ミケが食べても良いですか?」

「ダメ!!」

坊っちゃんは慌ててバナナの皮を剥き始めた。

ひもじい思いをしてきた事が、こんな所で功を奏するとはーママさんとミケは、朝から少し暗い気持ちになった。

「坊っちゃん、よくカミカミしてね。」

「ミケ、こうえんいく!」

もう、アイスは忘れたらしい。

「いいですよ。ご飯食べて、ウンチうーんして、お支度したら行きましょう。」

「こうえん!こうえん!」

「こらこら、ご飯食べながら踊らないよ。じゃあ、ミケさんが公園に連れて行ってくれている間に私は坊の帰り支度しておくわ。」

「…承知しました。」

坊っちゃんが施設に帰る、と聞いたミケは彼の顔を再び見た。残り少なくなったバナナを大事そうに味わいながら食べている。

「…ママさん、あの。」

「ミケさん、どうしたの?」

「私が住み込みで働かせて貰ったら、坊っちゃんはこのお家で暮らせるんですか?」

「うーん、それは私には分からないんだよね。決めるのは児童相談所だから。勿論、坊にとって、施設での暮らしの方が楽しいなら、私もそっちを選んでくれれば良いと思ってるし。でも、ミケさんが住み込みで働いてくれる、ってなると"子どもを養育するのに相応しい環境が整備されている"と判断されるから、大きなプラスになることは確かよ。」

少し考えた後、ミケが再び口を開いた。

「ママさん、私、坊っちゃんが戻って来てくれたらここで働きたいです。」

「え、本当に良いの!?こんな訳アリ家族なのに!?勿論、私は嬉しいけれどミケさんならもっと条件の良いお家でも引く手数多なんじゃ…」

口では謙虚な事を言っているママさんだが、心の中ではガッツポーズだ。

「正直言うと、私も悩んだんですが、坊っちゃんが可愛くて…」

「ミケさん、ありがとう!じゃあ、児童相談所や役場の人にも伝えておくわ。今日で一旦お別れだけど、また会えるように祈ってるから!」

ママさんはミケさんの手をがっしりと握った。

「坊、ご馳走様したら公園行くお支度しようか!」

「こうえん!ブランコ!」

坊っちゃんとミケが出発した後、部屋で一人、坊っちゃんの小さな衣服を畳みながらママさんは涙を流していた。

「…また来てくれるといいな。」


2週間後、ミケの元へ再びこの家から住み込みでの依頼が来るのだが、それはまだ神のみぞ知る話である。

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坊っちゃんとミケの他愛もないけど幸せな日常 焼き海苔大好き @f063

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