第17話 ママさんの葛藤

コロッケだらけの夕食を食べ終わり、坊っちゃんのお風呂を済ませたミケがリビングに戻ってきた。

「ありがとうね、ミケさん。今日パパ遅い日だから、お風呂入れて貰って助かったわ。」

「いえいえ、仕事ですので。ママさんお忙しいでしょうし、寝かし付けも頼んで貰って良いんですよ。」

「にゅーにゅー!」

ママさんは、坊っちゃんとミケさんがやって来て、一気に家の中が賑やかになったと感じている。つい3日程前は、夫の帰りが遅い日はビール片手にハンドメイド作品の新商品のデザインでも考えていたものだ。


「はい、坊っちゃんどうぞ。牛乳です。」

「ありがとー。」

「あら、坊はありがとうが言えて偉いわね。」

坊っちゃんがニコっと笑う。

明日が、坊っちゃんを正式に我が家に迎えるかを判断するタイムリミットだ。勿論、坊っちゃんの方が嫌だと言えばご破算になるのだが、今の所、帰りたがる素振りはない。

夫は、この子を迎えることをどう思ってるのだろうか…とママさんは考えたが、恐らくさほど深くは考えてないだろう、という結論に至った。

昔から、良くも悪くも周りの人間に関心が薄いタイプの人だ。恐らく、私が引き取りたいと言えば金銭面や健康面の不安はさほど無い為、反対はしないだろう。代わりに、面倒もあまり見ないし干渉もしないことは容易く想像できる。 ひどい言い方だが「捨て猫を保護する」のと、あの人の中では大差ない話だ。

それでも、元の家に戻るか、然るべき施設で暮らすよりは私達がこの子を幸せにしてあげられるんじゃないだろうかー。この子に何の罪も無いのに、放置子と周りの大人達から煙たがられたり、参観日に誰も見に来ない、という目には遭わずに済む。それにまたいつ捨てられるか分からない、という恐怖もなくなる。

いや、それはただの驕りであって、「知らないおじさんとおばさん」と暮らすのはあの子にとって、苦痛以外の何物でも無いのだろうか。

今も無邪気に振る舞っているように見えるが、常に私達の顔色を伺っているのかもしれない。

そもそも、昼間の「コロッケ事件」もいわゆる"試し行動"だった?ー


ママさんがこんな考え事をしていると、ミケが

「ママさん、まだお忙しいようでしたら坊っちゃんの寝かし付けもしますので。」

と、気持ちを察してくれたかのような声をかけてきた。が、その時

「ダメ!みんなでねんねなの!」

と坊っちゃんが口を挟んだ。

「…ミケさん、それは契約的にOKなのかしら?」

「あ、一応契約時間内に寝床につけるなら問題無いです。あとは、お布団やベッドに私の毛が付くのが嫌じゃなければ…」

「坊、良かったね。ミケさんも一緒にねんねしてくれる、って。」

「やったー!」

「それじゃあ、坊っちゃん急いで寝る前のブクブクうがいしましょう。ママさんは、洗い物終わったら来て下さい。」


ママさんが寝室に戻ると、坊っちゃんとミケはもうベッドで横になっていた。

「ミケ、えほんー!」

「はいはい、昔々或るところに、お爺さんとお爺さんが…」

どんだけ仲良しなお爺さん達なんだよ、とママさんは内心突っ込んだ。やはり万能でもそこは猫、あと5分で本日の契約終了のミケは、もう睡魔に襲われている。

「坊、ママが交代するから絵本貸して。ミケさん、今日もお疲れ様。」

「あ、ママしゃんすみましぇん…」

とママさんがベッドに入って1分が絶っただろうか、突然地鳴りのような

「ぶふぅー、ぶふぅー」

と大きな音がした。坊っちゃんもママさんもびっくりして飛び起きたが、ミケはぴくりともしない。ママさんが耳を近づけると、再びミケから

「ぶふぅー、ぶふぅー」

と音がした。どうやら、ミケの寝息らしい。

「ミケ、うるちゃい!」

と坊っちゃんがミケを叩こうとしたが、ママさんが止めに入った。

「ミケさんねんねだから、優しくトントンしてあげてね。…まあ、ウチのマンションなら近所に音漏れって事は無いはずだけど、なかなかいいイビキねぇ。」

「ミケ、ねんねー。」

ミケの背中をポンポンしていた坊っちゃんだが、いつの間にか眠りについていた。

「あら、今日は寝るの早いわね。やっぱり昼間のコロッケ事件で坊も疲れたのかしら…でも、ミケさんのイビキって改めて聴くとうるさい割に落ち着くわね…」

こんなことを考えている内に、ママさんまで眠りについた。


日付が変わる頃に帰宅したパパは、ベッドを見て

「うわっ、何かいっぱい乗ってる!しかもこの"ぶふぅー"って音は何なの!?」

と驚いたが、遅い夕食や風呂を終え、再び寝室に戻ると恐る恐るベッドの端の方に寝転んだ。

「はぁ〜今日も疲れたぁ。しかも、ベッド狭っ。ミケさん、猫の割にデカくない?お手伝い猫、ってこんなもんなの?もう少し早く寝れそうだったけど、ママ台所も風呂も綺麗にしとかないとうるさいもんなぁ。まあ、ママの笑顔が見れるならその位喜んでするけどね…それにしても、この音ミケさんのイビキ?うるさいけど、嫌じゃないんだよなぁ…あ、洗濯機の"予洗い"スタート押すの忘れてたから行かなきゃ…」

パパまで、ミケのイビキをBGMにストンと眠りについた。翌朝、ママの

「ちょっとぉ〜、何でちゃんと"予洗い"押してないのよ!」

という文句が目覚ましになることなど、知る由もなく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る