第14話 これが剣の極致!
「くたばれぇえええッ!!」
「……ッ!?」
頭上から振り下ろされるタルワール。肉薄する刃に死の恐怖を感じ、ぞわっと凄まじい悪寒が襲うが、クリシアは反射的に氷の剣を作り出して刃を交えた。しかし、今のクリシアのレベルの魔法で作り出した氷では、到底金属の刃の硬度には及ばず、一瞬の拮抗のあと呆気なく砕け散ってしまう。
クリシアは咄嗟に身を捻ってガラゾフの振り下ろした刃を寸前で躱すが、体勢が崩れたところにガラゾフの回し蹴りが飛んできた。純粋な筋力だけでなく身体強化によって格段に威力が上乗せされた蹴りは、クリシアの華奢な身体を容易に吹っ飛ばす。
「きゃぁ――ッ!?」
何度か地面を弾むように滑り、そのまま横たわるクリシア。念のため魔力で肉体強度を上げていなければ今頃肋骨は粉砕され、内臓のいくつかは潰れていただろう。
『シア! 大丈夫かっ!?』
「し、師匠……うぅっ……!」
ダメージを負った身体に鞭打って無理矢理立ち上がろうとするクリシア。しかし、先程ガラゾフから向けられた殺意とそれによる死の恐怖が、細く白い脚を生まれたばかりの小鹿のように震わせる。
「だ、大丈夫、です……私はまだ戦えます……!」
クリシアは先程蹴られた左脇腹を右手で押さえながら、タルワールを肩に担いでこちらに余裕の笑みを向けてくるガラゾフを油断なく見据える。しかし、その言葉は震えており、虚勢であることは明らかだった。
『シア、これ以上は無理だ』
「そんなことありませんッ!」
クリシアは声に出してフィンの言葉を否定する。周りからは突然一人で叫び出したように見えているが、そんなことに構わずクリシアは叫ぶ。それはまるで駄々をこねる子供のように。
「私は強くなりました……師匠が強くしてくれましたッ! 私の二年間はっ、この程度じゃありませんッ!」
『シア……』
気付けばクリシアの両の瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。ポタポタと地面に湿った斑点模様を描く。精神世界の中でも、クリシアは同じようにして俯き泣いていた。フィンはそんなクリシアの小刻みに震える肩に優しく手を乗せて言った。
『シア、お前の頑張りは俺が一番よく知ってるぞ。最初は村の子供達にされるがままだったのが、今じゃこうして村人を守って立派に戦えるくらいにまで強くなった。充分過ぎるほどの成長じゃないか』
クリシアが涙に濡れる顔を持ち上げて、無言のままその青い瞳をフィンに向ける。
『けどな、シア。今はまだ足りないようだ、あのガラゾフっていう男を倒すにはな。このまま無理したら本当に殺されかねない。シアには未来があって、この先もっと強くなっていくはずだ……だからこそ、こんなところで終わるわけにはいかないだろ?』
『師匠……』
『安心しろ。今は無理でも、シアはすぐにあの男より強くなる。そして、いずれは俺よりもな』
『私が、師匠よりも?』
『当然だ。弟子は師匠を越えて行くものだからな? いつか俺にお前の背中を見せてくれよ、シア。だから、そのために今は師匠の俺を、頼れるだけ頼ってくれよな』
『……へへ、わかりました。いつか師匠に、師匠を越えた自分の姿を見せるため、今は甘えさせてもらいますね』
そう言いながらフィンの胸に顔を埋めてきたクリシア。フィンは満足そうに笑みを浮かべながら、クリシアの頭をそっと撫でてから、身体の主導権を交代した。
そして――――
「さてさて~? そろそろ終いにするかなぁ!?」
ククク、と笑いながらガラゾフがタルワールを肩に担いだまま、悠々と歩み寄ってくる。もうクリシアに抵抗する気力はないと判断し、その表情は愉悦に満ちている。
しかし、ガラゾフは知らない。この場にいる全員が知らない。今、クリシアの身体の主導権を握っているのが、かつて魔王をその手で倒した名もなき英雄――フィンであることを。
「そうだな、終いにしよう」
「……は?」
ガラゾフは立ち止まって間抜けな声を漏らした。ついさっきまで視線の先にいたはずのクリシアの声が、今、自身の背後から聞こえたのだから。
しかし、ガラゾフもこれまで多くの戦闘経験を積んできた身。突如背後に現れた気配を敏感に察知し、咄嗟に振り向きながら腕を身体の前で交差し、防御姿勢を取る。そこへ、クリシアの――否、フィンの蹴りが飛んできた。
「ぐぅ……ッ!?」
明らかに先程までのクリシアとは異なる気配、別格の力に戸惑いながら、ガラゾフは靴底を地面に滑らせるようにして大きく後退した。そして、蹴りを捌いた両腕がジンジンと痺れているのを感じながら、ガラゾフは油断なく警戒しながらフィンを見据える。
(どういうことだ……!? 明らかにさっきまでと強さが違う。今まで手を抜いてた? いや、そんな顔はしちゃいなかったはずだ。何が起こった……!?)
ガラゾフが思考を巡らせる先で、フィンは地面に倒れて既に事切れているジャンの護衛の騎士の傍に落ちてあった長剣を拾い上げる。そして、こちらを睨むガラゾフに構わず、目立った刃こぼれがないか確認し始める。
(いや、考えるな! そんなことより、今アイツは油断してやがる……強さの底はイマイチ見えねぇが、殺るなら今が絶好の機会ッ!!)
ガラゾフが右手にタルワールを構え、思い切り前傾姿勢に倒れ込むと、身体強化でありったけ自分の脚力を上昇させる。そして――――
「死ねやぁぁあああああッ!!」
身体の輪郭が霞むほどの勢いで、ガラゾフが瞬く間にフィンのすぐ傍まで踏み込んできた。そして、その勢いをタルワールに乗せて、思い切り振り下ろす。
ガキィィイイイン!
内心ガラゾフが勝ったと思った瞬間、視界に散らばる火花。フィンが手に持った剣でガラゾフの斬撃を正面から受けたのだ。身体強化をありったけ乗せたガラゾフの渾身の一撃を、涼しい顔で。そして、フィンが一瞬瞳をカッと見開くと、魔力が衝撃波を生み出してガラゾフを吹き飛ばした。
「ぐわぁあああああああ!?」
「ガラゾフ。確かにお前は強く、その剣にも芯を感じる。その力を人を守ることのために使っていれば、こうならずに済んだんだ」
フィンはゆったりと剣を頭上に垂直に持ち上げる。すると、魔力が胎動し、その刀身に青白い輝きが灯る。
「けど、何よりお前は俺の可愛い弟子を傷付けた。これから俺がお前に剣を振るう理由は、それだけで充分だ――」
刀身の輝きが爆発的に大きくなり、最高潮に達する。夜闇を切り開くようなその光は、剣を象るように天蓋へ伸びていく。
「剣の極致のその一端をもって、消し去るッ!」
「なるほどなっ! てめぇがそのガキの、師匠ってワケ、か――」
フィンが光り輝く剣を振り下ろしたその刹那、この辺り一帯を昼より明るく白熱させながら、ガラゾフに向かって圧倒的な力の奔流が迸った。そんな単なる剣の斬撃なんていうものを遥かに超越した技は、ガラゾフを消し飛ばしただけでなく、村の地面に一筋の大きな切り傷を刻み付けた。
そんな光景を目の当たりにした村人達は絶句し、残りの山賊らは泣き叫びながら逃げ去って行った。
「さて、俺の役目はここまでかな。あとはシア、自分の言いたいことをきちんと自分の口から言うんだな」
フィンはそう言ってクリシアに身体の主導権を返す。クリシアはフィンの言葉に「ありがとうございます」と優しく微笑んで答えてから、こちらを見詰めて固まっている村人達――その中にいるガレフとモリーへ視線を向けた。
「……捨て子だった私をここまで育ててくれて、ありがとうございました。お義父さん、お義母さん。ですが、私の生きる道は私自身が決めます。私は貴方達の道具じゃない。こうして育ててくれた恩を返した今、私は自由です。私は村を出ます」
そう言って、クリシアは右手に持っていた長剣を手放す。先程のフィンの攻撃の負荷に耐え切れなかったようで、その刀身は跡形もなくなっていた。
『シア、もうここに思い残すことはないか?』
『はい、ありません。私はもう後戻りしない……師匠と一緒に生きていくって決めてますからっ!』
『お、おまっ……そういう誤解を招くことをだな……』
『えぇ? 誤解なんてないですよ?』
『そ、それってどういう……?』
クリシアはそんなフィンの問い掛けに答えることはせず、可笑しそうにクスクスと笑いながら歩いていった――――
魔王討伐後勇者パーティーの仲間に裏切られ殺されたら、イジメられている辺境の村娘に憑依転生しました⁉~剣を極めた無名の英雄は、落ちこぼれ村娘を最強に鍛え上げる!!~ 水瓶シロン @Ryokusen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます