第13話 恩返し②
一ヶ所に集まって互いに身を寄せ合い震えている村人達。その中から出てきたクリシアが、一人で山賊達の前に立った。
山賊に歯向かうかのような行動に、村人達がざわめく。ガレフとモリーも戸惑っていた。
「あぁ? どうした小娘。命乞いでもするつもりかぁ?」
ガラゾフが腕を組みながらクリシアを下目で睨み付けるように言った。周りで控えている山賊達からバカにするような笑い声が聞こえてくる。中にはクリシアに下卑た視線を向けて、あとで自身の欲望をぶちまけてやろうなどと考えている者もあった。
『シア、怖いか?』
『……少し怖いです。でも、師匠が一緒にいてくれるので頑張れますっ!』
強張っていたクリシアの表情が緩み、身体の緊張も取れた。クリシアはサッと右手を払って言い放つ。
「命乞いなんてしませんし、易々と殺されるつもりもありません。私はどこまでも足掻くと決めているんです……師匠と、そう誓ったからっ!」
「師匠だぁ? 何ごちゃごちゃ言ってんのかわからねぇが……てめぇが真っ先に死にてぇってことだけはハッキリわかったぜぇ!」
ガラゾフが一度手を挙げてからクリシアに向かって振り下ろしながら叫ぶ。
「お前らぁッ! 俺達に逆らったらどうなるか教えてやれぇえええええ!!」
「「「ひゃっはぁあああああッ!!」」」
もはや人を殺して奪って蹂躙することに快感を覚えるようになった狂人らが歓喜の雄叫びを上げながら、各々武器を手にクリシアに向かって走っていく。ざっと見渡した目算で十五人。クリシアは精神を整えるように目蓋っを閉じて「ふぅ~」と息を吐く。そして――――
「師匠……行きますッ!!」
カッとクリシアの海のように深い青色の瞳が見開かれる。そして、両手を身体の横に勢いよく突き出すと、周囲に冷気が生み出されて、瞬く間に宙に幾本もの鋭く尖った氷柱が形成された。
それを見たフィンは精神世界の中で僅かに驚きの表情を見せる。そして、それはすぐに喜びの笑みへと変わった。
(修行のときにはこんな規模の魔法は使えなかったのに……シア、ここに来てまた成長したな)
フィンが心の中で感嘆している間に、クリシアが迫ってくる山賊らに狙いを定めていた。
「《アイシクル・ピアス》ッ!!」
クリシアが両手を前方に向けた瞬間、呼応するように宙に生成されていた氷柱が飛んでいく。
「ちっ、ガキが魔法を――がはっ!?」
「くそったれぇえええ!!」
「畜生ッ!!」
押し寄せてきていた山賊らを氷柱が強襲する。無造作に放たれた氷柱は一人の太腿に突き刺さり、また一人の脇腹を斬りつけ、はたまた他の人の肩を撃ち抜いた。しかし、山賊らの勢いはまだ衰えない。前列が壁となって被弾を避けた後ろの方の山賊達が、蹲り倒れる仲間の間を抜けて駆けてくる。
それを見たクリシアが、今度は人差し指を立てた右手を身体の正面に構える。すると、指の先に水球が生成され、小さく圧縮された。
「《ウォーター・ショット》!!」
圧縮された水球が弾丸のように射出される。クリシアによる狙いを定めた精密射撃が、一人また一人と撃ち抜いていく。急所を外しているのはクリシアによる情けか、それともまだ人を殺める覚悟に至っていないのか。どちらにせよ確実に一人ずつ行動不能に沈めていった。
そんなクリシアの信じ難い戦いぶりを目の当たりにした村人達は、皆同様に驚愕していた。
今までクリシアを弱者として虐げ、やがては屈服させて自分のモノにしようとしていたグラッドは両目と口を一杯に広げて固まる。
何でも言うことを聞く家の労働力として道具のように扱ってきたガレフとモリーは、戦っている少女が本当に自分達が育てた子供かと信じられなくなってしまっている。
「お、おい……いつの間にあの子、あんなに強く……?」
「わ、わからん。というか……本当にアレはクリスかっ!?」
モリーが震えながらに紡ぐ戸惑いの言葉に、ガレフはクリシアから目が離せないまま愕然としている。そして、遠巻きにそんな二人の声を拾ったフィンが心の中でフッと笑った。
(シアは弱かったんじゃない。シアを導こうとする者がいなかっただけだ。いくら虐げられても挫けず、屈服せず、堪えて見せていたコイツが、弱いわけがないんだよ)
クリシアが次々と山賊を無力化していく。間合いが詰まってきたら臨機応変に移動しながら攻撃の手を止めない。足元に注意していなければ転んでしまう山の中での修行と比べれば、村の中の平坦な地面の上での身体捌きはもはや目を瞑ってでも行えるほどに容易だった。
三十秒と掛からずに、群れを成していた山賊の大半を制圧して見せたクリシア。フィンは特にアドバイスを掛けてもいなければ、ましてクリシアに代わって身体を動かしてすらない。ゆえにこれは、落ちこぼれと虐げられていたクリシアがフィンと出逢ってから欠かさず取り組んできた修行の成果で、実力だ。
「はっ、はっ、はっ……」
まだ息はあるが満身創痍の状態で地面に倒れる山賊らの真ん中で、荒い呼吸を整えながら顎に伝う汗を拭うクリシアが真っ直ぐガラゾフへと視線を向けた。そして、クリシアにしては珍しく、口角を持ち上げて挑発するような笑みを作った。
「どうしましたか、賊長さん。命乞いでもしてみます?」
「ちっ……小娘が粋がりやがって……!!」
最初に自分が言った言葉をそのまま返されるような形になり、ガラゾフが不愉快そうに表情を歪めた。そして、これまで腕を組んで立ったまま静観していたガラゾフがようやく動く。腕を解いてゆっくりと歩き出し、後腰に吊るしていた反りの大きな片刃の剣――タルワールを右手に持った。
「俺はこの国の北方では割と名が知れていてなぁ。これまでお前みたいに粋がったガキを含めて何百人とこの剣で斬ってきた……てめぇも今日その一人にしてやるぜぇえええ!!」
グッと片足を一度強く踏ん張った瞬間、ガラゾフが他の山賊らとは比較にならないスピードで駆けて迫ってくる。明らかに常人の走力を逸した――魔力による身体強化が成せる技だ。
「っ、速い……!」
クリシアは速やかにバックステップで間合いを保ちながら、人差し指の先から放つ《ウォーター・ショット》で射撃を試みる。しかし、ガラゾフの動きがクリシアの射撃を翻弄し、水の弾丸がガラゾフを捉えきれない。
「おらおらぁあああ!! そんなしょぼい弾なんざ当たらねぇぞぉおおお!!」
「それなら避けられないよう攻撃するだけ――《アイシクル・ピアス》ッ!」
クリシアが右手を振ると、宙に鋭利な氷柱が多く生成されて放たれる。広範囲にまとめて降り注ぐような攻撃で、先程のように動き回ることで回避するのは困難。クリシアが捉えたと確信したその瞬間――――
「甘いな、ガキ」
「なっ……!?」
ガラゾフは予想していたとばかりに余裕な笑みを浮かべると、自分の身体に当たらないと判断した氷柱を無視し、可能な限り身を捻って被弾を避ける。そして、躱しきれないものをタルワールを巧みに振るって氷柱を弾いた。
予想外の状況に、クリシアの動きが一瞬固まる。その隙を見逃さなかったガラゾフが一気に間合いを詰めた。
「くたばれぇえええッ!!」
「……ッ!?」
頭上から振り下ろされるタルワール。
クリシアに圧倒的な死の予感が押し寄せた――――
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